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藤沢家で正月を家族全員で祝っていた。
「あけましておめでとう」と隆は妻の志保と娘二人洋子、紀子にいって、屠蘇を飲み干した。
通販で取り寄せたおせち料理を娘たちは黙々と食べる。
顔を赤くした志保がいった。
「天気が良い正月で良かったですね。帰りが遅かったので、先に寝てしまいましたが、オフ会はどうでしたか」
「天気も良く、行列に参加できたことを皆喜んでいたよ。幻想的でなかなか良かった。あんなに見物客も集まろうとは思ってもいなかった」
「それは良かったわね」
その夜、夕食を終え、家族でテレビのニュースを見ていた。
ニュースが一連の各地の正月の模様を伝え終わると、
「音無親水公園で狐の面を被った和装の女性の死体が発見されました。今だ、名前等は分かっていません」とキャスターが読み上げたのを聞いて、洋子がいった。
「正月早々から縁起悪いわね」。
「正月早々からいやね」と志保が隆に向かっていった。
隆はうなづいた。
正月も過ぎて、屠蘇気分もすっかり抜けた連休最後の五日になった。
朝の散歩中に隆の携帯が鳴った。
「王子警察署の大木というものですが、羽鳥雅子さんについて伺いたいのですが」
「えっ、はるちゃんがどうかしたんですか」
「そうか、はるちゃんはハンドルネームですね」
「亡くなられました」
「事故ですか」
「はっきりしたことは分かっていません。羽鳥さんについて、いろいろお伺いしたいことがありますので」と大木刑事は隆の住所を聞いた。
隆は待っていると返事をして、震える指で電話を切った。
隆は、‘タカ’という ハンドルネームでSNSの‘輝け!シニア’というコミュで、管理人をつとめている。
今年最後の散歩会ということで、『王子狐の行列』に参加するのをメインとした催しを計画した。
その計画は、JR東十条駅午後二時集合して、富士神社、十条野鳥の森緑地、名主の滝公園、王子神社、音無親水公園、王子駅前で休憩と食事を取り、王子稲荷に行き『王子狐の行列』に参加する予定であった。
昨日、タカは東十条駅北口改札口前に午後一時時三十分頃に着いて、参加メンバー七人を待った。
まず、副管理人の野球帽をかぶった山ちゃんがきた。続いて、虎さん、青葉さん、そして、女性のメロンさん、キャロルさん、みゆきさんそして最後集合時間5分前に、はるちゃんが来て、全員が揃った。全員が連絡通りに和服姿であった。
簡単な自己紹介をすませて、露店の並ぶフジサンロードを通り、富士神社に入った。
ここは、十条冨士塚とも呼ばれているようだ。
もともとは古墳であったようだが、江戸時代に富士山に直接行けなかった庶民たちが、塚を富士山に見立て参詣した。
塚には富士山の溶岩が配され、実際の富士山と同じように、中腹に小御岳神社の祠があった。
「江戸時代の富士信仰により作られたものだと思います。富士山のミニチュア版ですね。あちらこちらで富士塚は見られますよ。今でも毎年山開きにちなみ、六月三十日と七月一日には祭礼が行われているようです」とタカはしらべてきたとおりに説明した。
次に、十条野鳥の森緑地に入った。
地域住民の方が整備をしている庭園ということだが、野鳥の保護区域からなる緑地で綺麗に手入れがされているのには皆驚いた。
「寒い、寒い」と言いながら枯れ葉を踏みながら、次の見学地である区立名主の滝公園に行った。
「休園だよ」と先頭を歩いていた副管理人の山ちゃんが叫んだ。
「えっ。まさか」タカが驚いた。
「年末だからしょうがないよ」メロンさんがいった。
「すみません、もっとよく調べておけば良かったんですが」タカが皆に詫びた。
気を取り直して、タカは先頭になって王子神社を目指して歩き始めた。
王子稲荷を通り過ぎて、王子神社に着く。
王子神社は中世に熊野信仰の拠点となった神社で、高い格式を持ち最盛期には飛鳥山も支配地としていたようだ。
「事前調査に来たときは、熊手市だったんですよ。熊手って、本当に美しいのに驚きました」タカが隣にいたメロンさんにいった。
「見てください」モバイルノートPCに山ちゃんがその時の市の写真を写しだして皆に見せた。
「本当に綺麗」と皆がうなった。
「八月に民俗芸能の王子田楽を奉納する祭礼があるそうです」タカがいいながら大銀杏を見上げた。
「この神社は関神社という神社で、関蝉丸神社の御神徳を敬仰する人たちが、かもじ(髪を結う時自分の髪に添え加える毛)業者を中心として、江戸時代にここに奉斎したことがはじめのようです。また、この毛塚は釈尊が多くの弟子を引き連れて、祇園精舎に入られた時、貧女が自らの髪の毛を切り、油にかえて献じた光が、大突風にも消えることなく煌煌と輝いたという言い伝えから、毛髪を扱う業者によって毛髪報恩と供養のために昭和三十六年に、建立されたとのことです」タカはペーパーを読んだでからいった。
「私はしっかりお願いしていきます」
「タカさんたら」はるちゃんがいうと、どっと皆が笑った。
タカは時計を見て、
「音無親水公園を通ってから駅前でちょっとはやいですが夕食を取りましょう」といって歩き出した。
「寒い、はやくお店に入りたいよ」手をもみながらみゆきさんがいった。
「熱燗で早く一杯やりたい」虎さんがいった。
「もうすぐですから」山ちゃんが皆に聞こえるように伝えた。
店に入った。
タカは若い女店員に「予約しておいた藤沢です」といって案内を求めた。
「8名様ですね。お待ちしていました。こちらへ」と個室に案内した。
席に着いたタカがいった。
「コースにしていませんので、各自好きなものを注文してください」
「まずはビール」と青葉さんがいった。
「ビールの人」とタカが続いた。
はるちゃん以外の七人が手を上げた。
「生ジョッキ大で良いですか」
みゆきさんは中といった。
「はるちゃんはウーロンハイでいいですか」と確認して、
タカは店員を呼び飲み物を頼んだ。
皆、メニューを睨んだ。
「メロンさんに一任して良いですか」
「異議なし」皆が賛成した。
タカがいつものようにメロンさんにお願いした。
注文を決めたのかメロンさんは呼出しブザーを押し、店員を呼んだ。
「お待たせしました。お決まりでしょうか」
「それぞれ6人前でお願いします。シーザーサラダ、カルパッチョ、フライドポテト、グラタン、焼きたてバゲット、豚ロースのグリル、パスタで以上です」
「パスタは何にしますか」
「ミートソースで」
「承知しました。ごゆっくりどうぞ」
「ちょっと待ってください、生一つ追加お願いします」虎さんが赤い顔していった。
「私は、麦焼酎のお湯割り」
「せっかくイタリアンだからワインを頼みませんか」メロンさんが提案。
「赤ワインをボトルで頼みましょうか」山ちゃんがいった。
「じゃあ、赤ワインをボトルでお願いします」タカが4時30分を示していた腕時計を見ながらいった。
しばらくの間、食べたり飲んだりで時間が過ぎた。
「これからの行列参加について連絡します」とワイングラスをおいてタカがいった。
「ここを8時に出て、途中で狐のお面を買ってから本部で確認手続きします。そこで提灯と参加証札を受け取ってください。
それからの予定ですが、午後十時時三十分、装束稲荷前で篝火年越し開始、参拝記念に御餞米配布されます。そして、鏡割式です。午後十一時三十分に狐の行列整列開始で、午前十二時に狐の行列の出発です。午前一時三十分頃に王子稲荷神社到着の予定です。解散は混雑すると思われますので、全員集合することはせずに、各自適宜お帰りください。以上です」
「タカさん、装束稲荷ってどの辺にあるのですか」頬を赤く染めたキャロルさんが手を上げていった。
タカがナップサックから地図を出して装束稲荷と王子稲荷神社の位置関係を説明した。
「どちらにしても行列整列の十一時三十分までは皆さん一緒に行動しましょう」
皆、了解と返事した。
「しかし、紋付き袴なんて、結婚式に着て以来だ」と虎さん。
「私も着物を着るのは何年ぶりかしら」とみゆきさんは恥ずかしそうにいった。
「レンタルも結構な値段だった」と先ほどからキャロルさんと話が夢中だった青葉さんが口を挟んだ。
「お金持ちが何をケチなこと言っているのよ」とキャロルさんがいった。
タカの左隣に座っているはるちゃんがその隣のみゆきさんに声を荒げて、なにか言い争っているのに皆が気づいた。みゆきさんの隣の虎さんが困った顔をしていた。
タカが静かにするようにと注意すると、二人は我に気づいて黙った。
虎さんとみゆきさんが異常に仲が良いことはコミの中でも有名であったが、コミの主旨に反するとそのようなことを嫌う人間も少なからずいた。その筆頭がはるちゃんだった。
腕時計を見てタカが
「そろそろ精算して、出発しましょう」といった。
メロンさんが手際よく皆からお金を徴収した。
「タカさん、さっきトイレに行く途中、うちのコミに入っているスバルさんを見たんだが」と山ちゃんがいった。
「他のコミで来たのかも知れませんね」
「しかし、先日のカラオケでは、はるちゃんに人が唄っているのにうるさいと注意されたことに頭にきて、たいそう暴れ回ったので、難儀しましたね」
「はるちゃんの言うことはごもっともですよ。彼は酒を飲まないと紳士なんですがね。退会してもらって良かったです」
その時は二人とも、スバルのことはそれ以上気にしなかった
外に出ると、囃子の音が聞こえてきた。
タカたちは、お面やの前で立ち止まった。
「これかわいい。これ、ください」といって、はるちゃんが店員にお金を渡して、すぐかぶっていった。
「タカさん、どう似合う」
「よく似合うよ」
ほかのメンバーも気に入った面を買い、それを被ってはしゃぎながら歩いた。提灯と参加証札を受け取り、装束稲荷にたどり着いた。
相変わらず、虎さんとみゆきさんは接触するほどに並んで歩いていたが、もう皆は気にせずに楽しんでいた。
寒さにもかかわらず、見学や参列する者たちでごった返していた。
鏡割式も終わり、行列参加者へ整列するようアナウンスが騒音の中に響いた。地元の人たち、子狐衆と呼ばれる子供たち、狐顔や面を被った者、一般参加者たちが順序よく並んだ。
遠くの寺から鐘の音が響いてきた。
30分ほどで列が整い、いよいよカウントダウンが始まった。
「じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ごぉ、よん、さん、にぃ、いち、ぜろ」
「あけましておめでとうございます。狐の行列出発です」のアナウンスと同時に高らかに王子狐ばやしが景気よく奏でられた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「王子稲荷神社までありますが、この混みようなのでここで一旦解散とします。皆さんにとって、良いお年でありますように」とタカがいった。
仲間たちはお互いに挨拶を交わしながら、王子稲荷神社へと歩き始めた。
沿道には見学の人々があふれかえっていた。
「タカさん。人盛り、すごいですね」と山ちゃんが驚いた。
「山ちゃん、皆付いて来ていますか」
「途中で青葉さんがトイレに行ってちょっと抜けましたが、他の人五人は付いてきています」
およそ1時間半の行程で、王子稲荷神社に到着し、お参りを済ませると家に帰る者、飲みに行くもの、どこかに遊びに行く者と皆機嫌良く散っていった。
タカのグループのメンバーもいつの間にか皆、境内を去っていた。
一月一日昼頃、王子警察署に音無親水公園の河原に女性が倒れているとの通報があった。
王子署捜査一課の大和田係長は死体に向かって手を合わせた。
「大和田係長、鑑識によると後頭部を強く打ったのが死因のようです。死亡推定時刻は今日の午前二時から七時の間ではないかと」と先に来ていた大木刑事が報告した。
「仏さんの所持品は」
「財布のみでした。中身は現金二万円とカードが五枚入っていました」
「物取りではないな」
「仏さんの名前は」
「まだ、分かりません」
「祭りの本部に何か預けているかもしれん。確認しろ」
しばらくして、大木が戻ってきて報告した。
「本部の預かり所に一つだけ受け取りに来ないバッグがありました。調べてみましたら、運転免許証から、羽鳥雅子五十五歳で間違いありません。職業は、大友病院の看護師の身分証明書がありました」
「スマホはなかったか」
「見当たりませんでした」
「そうか、第一発見者は」
「散歩していた人が見つけたようですが、電話でしたので、特定できません」
「自殺は考えられんな」
「他殺でしょうか」
「解剖に回してもらおう。周辺に目撃者がいないか聞き込みに行ってくれ」
「分かりました」大木は若い木下刑事を連れて現場を離れていった。
半日駆けずり回った大木たちに目撃情報らしきものは一つもなかった。
防犯カメラの映像を調べている係員からも特段の情報は得られなかった。
大和田は島田刑事と川崎市川崎区の羽鳥雅子のアパートを調べに入った。
「女性の部屋らしく、綺麗に整理整頓されているな」大和田は冷蔵庫を開けた。
「正月用の食料品がたくさん入っている。これだけ準備している人間が自殺するわけはないな。間違いなく他殺だ」
「そうですね」
「島田、鑑識を呼んでくれ」
「はい」
一時間ほど過ぎて、に鑑識課の二人の係員がやってきて、部屋中を調査した。
大和田は島田に部屋にあったパソコンを持って帰って、科捜研に中身を調べるように依頼しろと言った。
しばらく現場確認をしてから大和田たちが、署に戻った時は十九時をまわっていた。
すでに帰って大和田を待っていた大木が、報告した。
「羽鳥雅子は大友病院の看護師ですね。まずは、病院関係の人間を洗ってみます」
「頼む」
翌日。
大木は羽鳥雅子が勤めていた大友病院に聞き込みに行ったが、何一つ成果を得ることはなかった。
「係長、雅子は病院では真面目でいい看護師と大変評判がよく、恨んでいる者は見当たりませんでした」
「そうか、一体誰が、そして動機は何だ」
大和田は、捜査一課長に連れられて署長室に入った。
大和田が署長の青木に今までの捜査経過を説明した。
「初動捜査に遅れが出てはいけない。捜査本部を設置することにしよう」
青木は電話を取った。
本部から二十人近くの刑事が派遣されてきた。署の刑事と合わせて数十人という捜査人員が投入されることになった。
本部長として指揮を執るのは本部の小林刑事部長、副本部長に青木署長、新井事件主任官、池田広報担当官、田中捜査班運営主任官、大和田が捜査班長という編成であった。
小林本部長の挨拶が終わり、実質の責任者の新井が大和田に説明を求めた。
立ち上がった大和田は現在までの捜査状況を説明した。
「羽鳥雅子さんの周辺を徹底的に洗え」と新井が檄を飛ばした。
本部から派遣された刑事たちが再度大友病院を含めた羽鳥雅子の交友関係を洗いざらい調べたが、目新しい情報を得られなかった。
数日後、SNSのコミュに羽鳥が参加していることを大木が突き止めた。
「班長、この間持ち帰ったパソコンから、雅子さんはSNSの‘輝け!シニア’というコミュに参加して、大晦日に狐の行列にコミュのメンバーたちと参列していたことが分かりました。まず、この会の管理人の藤沢隆を調べてみようかと思います」
「分かった、調べてみろ」
大木と木下は京浜急行の金沢八景駅で下車し、十分ほどバスに乗って、藤沢隆の自宅前に着いた。
「昨日電話した王子警察署の大木です」と呼出しフォンへ告げた。
応接間に通された二人に志保が茶を出した。
「早速ですが、藤沢さんは大晦日から元日までどちらにいらっしゃいましたか」大木が聞き、木下が手帳にメモし始めた。
藤沢はSNSのコミュで開催した王子稲荷界隈の散策と狐行列に参加した旨を詳細に説明した。
「このオフ会に参加したメンバーを教えてください」
「山ちゃん、虎さん、青葉さん、メロンさん、キャロルさん、みゆきさん、はるちゃん、そして私の八名です」
「この人たちの本名を教えてもらえませんか」
「このSNSではハンドルネームを登録し、お互いにそれで呼び合うことになっていますので、皆さんの本名や住所、電話番号について私は存じておりません」
「オフ会でメンバーが事故でもあったら、本名も住所も電話番号も知らなければ、一体どのように対応されるつもりですか」
「メンバーには免許証や本名、連絡先を書いたものを所持するようお願いしています」
「ところで、どうやって今度の会にメンバーを誘ったのですか」
「ちょっと待ってください。パソコンで説明します」
藤沢はこのSNSの仕組みについて説明し、藤沢が管理人をしている‘輝け!シニア’のコミュを開いた。
すでに調べてきた大木には目新しいことはまだ藤沢から聞き出していない。
「藤沢さん、電話したときに羽鳥雅子さんの名前を出したら、はるちゃんとすぐ分かったのはどうしてですか」
藤沢はしばらくして答えた。
「以前、カラオケ店のメンバーだった彼女が予約を入れてくれたんですが、その時羽鳥雅子で予約していると私に連絡してくれたことがありましたので」
「そうですか」大木は更に質問を続けた。
「会のメンバーの中で、羽鳥さんを恨んでいた人はいませんか」
藤沢が考え込んでしまったので、大木は質問を変えた。
「今までのオフ会で、何かトラブルはありませんでしたか」
「そうですね。はるちゃんは正義感の強い人でしたので、カラオケで誰かが歌っている時に雑談している人には度々注意をしていました。また、あまりにも目に触るような男女の関係を嫌って、怒ることもありました」
「その方たちはハンドルネームで結構ですので教えていただけませんか」
藤沢は、スバルさん、みゆきさん、虎さんの名をあげた。
「スバルさん?」
「先日は参加しませんでしたが、カラオケはよく来ます。そこではるちゃんと度々もめるのです」
「なるほど。藤沢さん、申し訳ありませんが、先日参加した七名とスバルさんになるべく早い時期に王子警察署に来ていただくよう連絡を取っていただけませんか」
「全員一緒でもかまいませんか」
「一緒でも別々でも結構です」
藤沢は連絡のつかなかった虎さんと山ちゃんを除いた六人を連れて王子署を訪れた。
刑事たちは二手に分かれて、彼ら一人ずつを面談した。
大木と木下は藤沢、スバルさん、青葉さんを担当した。
「ハンドルネームタカ、本名藤沢隆さんですね。年齢、職業、住所、連絡先を教えてください」
「はい、六十七歳で現在無職です。六十歳までは神奈川県立S高校の教師でした」
「藤沢さんがこのコミュの管理人になられたのはいつからですか」
「1年前です」
「その前はどなたがやられていたのですか」
「カッパさんという男性の方でした。彼は退会しています」
「退会の理由はご存じですか」
「他のメンバーさんと意見が合わなかったと聞いています」
「どなたとですか」
「はるちゃんと合わなかったと聞いています」
「どういうことで合わなかったかご存じですか」
「前にも言いましたが、はるちゃんは正義感が強いだけでなく潔癖症で、それをメンバーにも求めるので特に管理人としては嫌気が差したのではないでしょうか」
「藤沢さん、あなたはどうでしたか」
「私はまだ一年を過ぎたばかりですが、彼女とはうまがあうというか衝突したことは一度もありません」
「衝突したらどうしますか」
「私だけなら許せますが他の会員たちに迷惑がかかるようならば、退会してもらいます」
「羽鳥雅子さんと最近トラブルを起こした人はいませんか」
藤沢が黙り続けた。
「藤沢さん、これは殺人事件なんです。一日も早く犯人を挙げなければ羽鳥さんは浮かばれません。どんな些細なことでも仰ってください。ここだけの話にしますので」
「はるちゃんは、カラオケの時、いつもスバルさんと言い争っていました。つい先日のオフ会でも、『他人が歌っている時は私語を慎め』とはるちゃんが言うとすばるさんは『小さい声で話すぐらいなら皆の迷惑にはならない、細かいこと言うな、管理人でもないのに人を注意するなんて出しゃばりすぎだ』と今にも取っ組み合いになりそうことがありました。虎さんとみゆきさんについては先日お話したとおりです」
「最後に一月一日の午前二時から七時までは何をされていましたか」
「私を疑っているのですか」
「そうではありません。どなたにもお聞きしています」
「狐の行列が終わった一時ごろ電車に乗って自宅に帰りすぐ寝ました」
「そうですか、分かりました。今日はこれでお帰りください。ありがとうございました」
藤沢と入れ替わって、スバルさんが緊張気味に部屋に入ってきた。大木からの質問に答えた。
「ハンドルネームはスバル、本名杉山春男六十四歳、T大学助教です」
「このコミュに入って何年になりますか」
「五年になります。タカさんの前の管理人さんの時に入りました」
「羽鳥雅子さんをどう思っていましたか」
「彼女は正義感が強すぎて、私にいつも注意してきました。私とはそりが合わなかったのでしょう」
「彼女を恨んでいませんか」
「それはうるさいと思っていましたよ。メンバーの多くは彼女を嫌っていましたよ。細かいことにうるさいんです。また、一度言ったら、絶対に曲げませんし、人の言うことも一切聞かない。でも、私は殺してはいませんよ」
「あなた以外に特に彼女を嫌っている人は」
「虎さんとみゆきさんかな」
「ところで、杉山さんは一月一日の午前二時から七時までどちらにいましたか」
「私のアリバイですか。行列が終わったらさっさと家に帰って寝ました」
「今日はありがとうございました」
「はるちゃん殺しの犯人は見つかりそうですか」
「きっと、見つけます」
大木は青葉さんを部屋に迎えて、今までと同じように質問した。
「ハンドルネームは青葉で、本名青山善行75歳。今は無職で十年前までS化学株式会社に勤めていました」
「羽鳥雅子さん、コミュの中でトラブルはなかったですか」
「そういえば、今回のオフ会で夕食を駅前のイタリアンレストランで撮っていたときに、はるちゃんとみゆきさんが言い争っていました」
「どんなことで」
「みゆきさんと虎さんがメンバーの前でデレデレしているのにはるちゃんが注意したことについて、言い合ったようです」
「虎さんというかたはその時どうされていましたか」
「いつものことなので、苦笑いしていました」
「度々二人は言い争うのですか」
「ええ」
「虎さんというかたはどのような人ですか」
「歌がうまい方ですが、他はほとんど知りません。そういえば、蒲田に工場があり、そこの社長だと聞いたことがあります」
「どのような工場かご存じありませんか」
「メッキ関係と言っていたかな」
「青山さん、一日の午前二時から七時までどこで何をされていましたか」
「私も疑われているのですか。狐行列が終わったらすぐに家に帰りました」
「お一人で」
「そうです」
「分かりました、今日はありがとうございました」
一方、大和田と島田はみゆきさん、メロンさん、キャロルさんから話を聞いた。
最初に、みゆきさんを部屋に迎えた。
「ハンドルネームはみゆき、本名美濃島ゆき五十二歳。薬剤師で薬局に勤めています」
「美濃島さんはこのコミュに入って何年になりますか」
「まだ一年ぐらいです」
「はるちゃんこと羽鳥雅子さんについてですが、彼女に恨みを持っているような人をご存知ありませんか」
「そうですね。あえて言うなら私、スバルさん、虎さんの三人かしら」
「なぜあなたなのですか」
「彼女はよく私に対して細かいことを指摘して糾弾するの、だから私は彼女を大声で罵るんです」
「どんなことで言い争うのですか」
「私と虎さんがいつも二人並んで歩いているとか、いつもカラオケでは隣の席に座っているとか、妬み嫉妬でうるさかったの。子供じゃないのに」
「それで虎さんもということですね。スバルさんについてはいかがですか」
「彼は他人が歌っている時もお構いなく、人に話しかけて、雑談をし続けるので、歌っている人が不快な思いをするのは度々でした。その時、はるちゃんはスバルさんに厳しく注意をしていましたが、スバルさんは『うるさい、お前が言う権利はあるのか』と怒鳴り返していました」
「美濃島さん、一月一日の午前二時から七時の間、どこで何をされていましたか」
「あら、やだ。私がはるちゃんを殺したと疑っているの」
「いや、このことは皆さんにお聞きしています」
「行列を終えたらすぐに家に帰って、お風呂に入り朝九時まで寝ていました。独り身だからアリバイにならないわね」
「今日はどうもありがとう」
続いて、メロンさんの番になった。
「ハンドルネームはメロン、目黒恵子六十五歳で売れない歌手です」
「羽鳥雅子さんと知り合ったのはいつ頃ですか」
「もう数年ぐらい経つのかしら」
「長いお付き合いですね。その間、羽鳥雅子さんとトラブルが合った方をご存じですか」
「彼女は口やかましかったので、いろいろな方と時々もめていましたよ。最近では、虎さんとみゆきさんたちかな」
「ところで、目黒さんは一月一日午前二時から七時までどちらにいらっしゃいましたか」
「テレビでよく刑事さんが言うアリバイ確認ですね。行列が終わったらすぐに電車に乗って、家に帰りました。そして、朝七時に起きておせちを作って皆で食べました」
「どなたか、証明できる方は?」
「家族しかいませんが、認められませんよね」
「今日はどうもありがとうございました」
「刑事さん、早く犯人を捕まえてくださいね」
次に、キャロルさんが部屋に入った。
大和田の質問に答えた。
「ハンドルネーム、キャロル、本名京極留美五十八歳、独身です。職業は観光業です」
「観光業とは」
「スチュワーデスです。派遣ですが」
「‘輝け!シニア’の会には入って何年ぐらいになりますか」
「そうですね。もう八年ぐらいですか。今の管理人さんと同じくらい古株になりました。タカさんは管理人になってからは一年ぐらいですが」
「羽鳥雅子さんを恨んでいるような人はいませんでしたか」
「彼女は、会を乱すような人に対して、はっきり注意するので私は好感を持っていましたが、注意された人は快く思わないでしょうね。言い方が何といってもストレートに大声でいうものですから」
「注意された方は」
「そうですね。管理人さん以外は一度はやられています。私も何度かカラオケ中にうるさいといわれたことがあります。管理人さんにはだれだれを退会させろとか口を出していたようです」
「ところで、京極さんは、一月一日午前二時から七時までどこで何をされていましたか」
「アリバイですか」
「皆さんにお聞きしています」
「行列が神社で解散になってからは、すぐに自宅に帰りました。疲れていましたので、帰ったらすぐにバタンキュウでした」
「今日はどうもありがとうございました。お帰りください」
「また呼ばれることがあるんですか」
「申し訳ございませんが、またお聞きしたいことがあるときはよろしくお願いいたします」
「そうですか」
京極留美は不機嫌な顔をして部屋を出た。
その夕、定例会議で、大和田と大木によって、オフ会のメンバー五人と杉山春男の取り調べ結果が報告された。
「一月一日の午前二時から七時までのメンバーたちのアリバイは確認できないということだな」と新井事件主任官がいった。
「その通りです」大和田が答えた。
「二人来なかったそうだが」と青木副本部長が大和田に向かっていった。
「ハンドルネームの山ちゃん、虎さんです。SNSであるこの会では各メンバーの住所や電話番号そして、インターネットメールアドレスのやり取りは禁止されているため、この二人に現在連絡が取れていません」
「わかった、皆この二人を至急探すのだ」と小林本部長が立ち上がっていった。
捜査は行き詰っていた。
何の進展もなく数日が過ぎた十時頃。
神奈川県警察加賀町警察署から大和田に電話が入った。
「加賀町警察署の捜査一係の岩隈です。大和田さん、ご無沙汰しています」
「おお、岩隈さん、お久しぶり。今日は何か」
「はい。もしかしたら、今、大和田さんが捜査している羽鳥雅子さん殺人事件に関係する情報かと思いまして」
「それはありがたい」
「こちらの管轄の元町で昨日死体が発見されました。名前は山田健一さん七十歳、元警察官で今は探偵社の代表です。山田健一という名前、ご存じありませんか、大和田さん」
「いや、今回の事件にはでてきていないな」
「では、山ちゃんという名はいかがですか」
「えっ。いまなんと」
「山ちゃんです。実は山田さんの事務所を調べていましたら、一月一日の王子稲荷の狐行列に関する‘輝け!シニア’の会の案内書がありました。彼のパソコンを調べたところ、十二月三十一日から一月一日の王子稲荷神社の狐の行列のオフ会に参加したのではないかと。狐の面も見つかりました」
「それで、山田健一さんはいつ、なぜ亡くなったのですか」
「死亡推定時刻は一昨日の一月六日の午後六時から九時です。彼の机の上に、ワードで印字された遺書らしきものに、‘はるちゃんに交際を迫りましたが、かたくなに断られて、挙句の果てに罵声をあびさせられたので、カッとして彼女を川辺に転落させ死なせてしまった。元警察官として恥ずべきことをしてしまったので、死んで罪を償うことにしました。令和二年一月七日山田健一’と書かれていました。ところが死因は青酸カリ中毒で間違いありませんが、司法解剖の結果、青酸カリの入ったビールを飲んでおり、スナック菓子も食べていたことがわかりました。自殺する人間がつまみまで食べるものでしょうか。また、遺書らしきものには山田さんの指紋がついているのですが、それが不自然なつき方なのです」
「岩隈さん、これからそちらに伺ってもいいですか」
「もちろんです」
大和田と島田は王子駅から京浜東北の快速に飛び乗り、一時間ほど揺られて、石川町駅で降りた。
そして、数分ほど歩き加賀町警察署に入った。
岩隈が大和田たちを迎えた。
「さあ、こちらへ」
岩隈は大和田たちを応接室へ案内した。
「これが、今まで調べたことの報告書です」
大和田は丁寧に報告書に目を通した、
「スマホは見つからなかったんですか」
「はい、金めのものはすべて残っていましたが、スマホはありませんでした」
「おかしいな。防犯カメラはどうでしたか」
「今、調べています」
「何かわかったら連絡ください」
「わかりました」
大和田と島田は岩熊に丁重に礼をいって、王子署に帰った。
「どうでしたか」と大木が大和田をつかまえていった。
「山ちゃんは山田健一七十歳で、元警察官で今は探偵社の代表だと分かったよ。探偵社といっても、一人だけで切り回していたそうだ。加賀町署はウエイトを他殺において捜査をしているそうだ。俺も他殺の線が濃いと思う。何か進展があったら連絡してもらうよう頼んでおいた」
「やはり、他殺の可能性大ですか」
翌日、加賀町署の岩熊から早速の電話が大和田に入った。
「大和田さん、事務所の外の防犯カメラに不審な人物が写っていました。よろしかったらそちらのパソコンに送りましょうか」
「是非、お願いします。ありがとう」
岩熊にメールアドレスを伝え、大和田は携帯を切った。
島田がパソコンに張り付いた。
岩熊からメールが届いた。
動画が貼り付けてあった。
「大和田班長、岩熊さんから届きました!」
小林本部長と話していた大和田が島田の脇に立った。
小林本部長も大和田に寄り添って、島田が操作しているパソコンの画面に釘付けになった。
画面に事務所から飛び出してきた男が映っていた。
「後ろ姿じゃよく分からんな」大和田が声を落とした。
「岩熊さんは防犯カメラで男を追っていくことになったので、また何か分かったら連絡すると書いています」
「そうか、よろしく頼むと返信しておいてくれ」と大和田は多少期待を持っていった。
捜査会議が始まり、大和田の報告の後に、他の組の刑事が先日取り調べたSNSのメンバーを更に調べたことを報告し始めた。
「亡くなった羽鳥雅子さんの携帯電話番号が管理人の藤沢隆さんから連絡がありました。そこに電話したところ通じなかったので、今、科捜研にその携帯の場所を調べてもらっています」
その刑事が携帯をポケットから撮りだした。
「羽鳥さんの携帯電話の場所が分かりました。科捜研からです。多摩川の水底で、第二京浜の多摩川大橋の近辺と推定とのことです」
「分かった。明日、朝から署員も借りて羽鳥さんの携帯を探す。また、蒲田署にこれから応援を頼む」本部長がいった。
翌日、多摩川で朝八時三十分から長靴をはいた大和田たちや潜水服をまとった警察官が、羽鳥雅子の携帯を探した。
夕方になり、捜査を終える時間まで一時間を残した時、
「ありました、ありました」と岸辺を探していた島田が声を張り上げ、携帯を揚げた。
皆、安堵して岸に上がった。
大和田たちが集まってきた。
「初期化されています」島田が残念そうに言った。
「科捜研に調べてもらえ」と大和田が言って、車を呼び島田を乗せた
大和田が大木を呼んでいった。
「確か虎さんという男が、このあたりに工場を持っていると青山さんが言っていたな」
「あっ、そうですね。虎さんは本名もどこにいるかもわかっていません」
「それから、山田健一さんの携帯の所在もあわせて、捜査しよう」
「わかりました」
夕方、捜査会議で各担当の説明が終わった。
「虎さんという男を徹底的に洗え」と本部長が檄を飛ばした。
翌日の午後。
藤沢隆から大和田に電話が入った。
「大和田さん、虎さんからミニメールが届いて、彼はインフルエンザで寝込んでしまったので、警察には行けなかったと詫びていました。私の携帯に連絡してもらえないか頼みました。連絡があったら、住所を聞いておきます」
「わかりました。よろしくお願いします」
そのあとすぐに、加賀町署の岩隈から電話があった。
「大和田さん、防犯カメラに写っていた不審な男ですが、JR中央青梅線の昭島駅で降りたことがわかりました。それから先は分かりませんでしたが顔ははっきり映っています」
「申し訳ありませんが、送信してくれますか」
「今、送ります」
大和田は大木のところに行った。
「杉山春男さんの住まいは確か昭島だったな。岩隈さんから山田健一さんの事務所から出てきた不審な男が最後にJR中央青梅線の昭島駅で下車したそうだ。今、映像が送られてくる」
「大和田班長、岩隈さんからの映像が届きました」
島田が連絡に来た。
パソコンの前に大和田、大木そして木下が集まり、画面を見やった。
「T大学助教の杉山春男に間違いありません」大木と木下が声を合わせるかのように言った。
捜査会議が始まった。
大和田が杉山の件を報告し、
「杉山春男を任意同行したいのですが」と最後にいった。
「分かった。すぐにやれ」と本部長が了承した。
大和田は島田を連れて、神田駅で中央青梅線特別快速に乗り換え昭島駅までに一時間ほどかかり、十分ほど歩き、杉山春男の自宅のインターフォンを押したのは午後八時を過ぎていた。
「どちらさまですか」
「警察のものですが。杉山春男さん、いらっしゃいますか」
「主人は先ほど出かけていませんが」
「どちら行かれたかご存じありませんか」
「少々お待ちください」
しばらくして、杉山の妻が玄関の扉を開けて、顔をだした。
「主人に何か」
「たいしたことではないのですが、ちょっとお聞きしたいことがあったものですから」
「中に入ってお待ちになりますか」
「ご主人が帰られたら、ここに電話するようお伝えください」といって、名刺をだし、「夜分、失礼しました」と大和田は低頭して、杉山家を後にした。
「班長、杉山は逃亡したのでしょうか」
「分からんが、逃亡したとしたら、奥さんは気づくと思うのだが」
「そうでしょうか。じゃあ、どこへ行ったのでしょうか」
「今日は遅いから帰ろう」と大和田が島田に言った。
翌日の午前九時過ぎ、杉山から大和田に電話があった。
「何か私に御用ですか」
「お聞きしたいことがありますので、足労いただけせんか」
「分かりました。午後二時ごろでいいですか」
「承知しました。お待ちしています」
2時前にやってきた杉山春男を、大和田は取調室に案内し、杉山がいすに腰掛けるのを待ってから言った。
「杉山春男さん、今日は山田健一さん殺害の重要参考人として来ていただきました」
「山田健一さんって、誰ですか」
「山ちゃんですよ。あなた、彼の事務所に1月6日何しに行かれましたか」
「そんなところ、行っていません」
「杉山さん、嘘をつくと後々困りますよ」
杉山は黙りこんだ。
「杉山さん、本当のことを言ってもらえるまで。何時間でも待ちます」
「タバコ吸っていいですか」
「すみません、ここは禁煙です」
杉山は、上着の右ポケットから手を出してからいった。
「元町の山ちゃんの事務所に行きました」
「なぜ山田さんを殺害した」
「私は、殺してなんかいません」
「嘘をつくんじゃない」
「私が行った時には、すでに山ちゃんは倒れていたんです」
ノックがして、扉が開いて、大木が大和田を目で呼んだ。
取調室を出た大和田に岩熊からかかってきた電話の内容を小声で伝えた。
「あの時間帯に山田健一さんの事務所を訪れた男がもう一人いたことが分かったそうです」
「本当か」
「不審には見えなかったので連絡が遅くなったとか」
「そいつは誰だ」
「送ってきた映像を見たのですが、顔がよく見えません。必要であれば防犯カメラの追跡をするそうですが」
「頼んでくれ」
「承知しました」
(ここは杉山を信じるか)
「杉山さん、今日はお引き取りください」といって、大和田は取り調べから杉山を解放した。
その日の捜査会議は紛糾した。
「杉山春男を徹底的に追求すべきだ」という意見、
「虎さんという男を探し出すことが先だ」との意見で割れた。
大和田が立った。
「まだ二人に絞るのはどうかと思います。しばらくしたら、神奈川県警から山田健一さんの事務所から出てきた杉山以外の男が誰か分かるかもしれません。それを待ってでも遅くはないと思います」
「分かった。大和田班長のいうように神奈川県警からの連絡待ちとしよう。ただ、虎さんという男も至急探し出せ」と本部長がいった。
翌日の朝、大和田に藤沢隆から虎さんの住所が分かったと電話が入った。
「大和田さん、遅くなりましたが、虎さんのこと分かりました。本名は島谷和也さんといい、住所は東京都大田区蒲田二丁目です」
「お忙しいところ、ご連絡ありがとうございました」
大和田と島田は蒲田駅前で昼食をとってから、島谷の自宅を訪ねた。
‘島谷鍍金工業’の古びた看板が二人の目にとまった。
「裏はメッキの工場ですね」と島田が言った。
大和田が玄関を開けた。
「こんにちは。島谷和也さんいらっしゃいますか」いくら呼んでも返事がないので、二人は家の中に入った。
居間に島谷和也が倒れていた。
応接セットのテーブルにはグラスやコップ類はなかった。
大和田は島谷の顔に近づいた。
「青酸カリを飲んだようだな。島田、蒲田署と本部に連絡しろ」
「はい」島田はその場所を離れて、携帯に向かった。
十五分も経たずに蒲田署の刑事らが到着した。
「沼田さん、先日はお世話になりました」と大和田が挨拶し、島田も頭を下げた。
「大和田さんたちにまたお目にかかるとは何かのご縁ですね。島谷和也の第一発見者ですって。あの事件関連の捜査ですか」と蒲田署の沼田が答えた。
「そうです。彼は重要参考人の一人でした」
「大和田班長、こちらへ来てください」大声を上げた島田が机のパソコンを見つめていた・
「どうした」
「班長、これ見てください」
画面にはワードに‘はるちゃんと山ちゃんを殺害したのは私です。これらの罪を償うために、私島谷和也は命を絶つことにいたしました。皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません’とうたれていた。
「おかしいな。青酸カリをどのようにして飲んだのだろう。直接飲んだのか。司法解剖を頼もう」
「そうですね。直接飲んだとしても青酸カリを入れた容器が見当たらない」
「ちょっと失礼」と沼田から離れて、大和田は携帯を耳に当てた。
「分かりました。ありがとうございました」
「沼田さん、今捜査本部長が神奈川県刑事部長に王子署に設置した捜査本部を合同捜査本部に格上げしたと連絡が入りました」
「私の方にも今連絡が入り、大和田班長に協力するようにとの指示がありましたので、何なりと言ってください。鑑識の人たちもよろしく頼みます」沼田が、大和田と鑑識の連中にいった。
「パソコンは私の方で調べても良いですか」と大和田が沼田に行った。
「鑑識の方が終わったら、大和田さんが本部へ持ち帰ってください」
鑑識課員の一人が沼田に報告に来た。
「指紋は被害者のものしかありませんでした」
「すみません。携帯はありましたか」大和田が鑑識課員に聞いた。
「どこにもありません」
「島谷さんの携帯も見つからないのか」
大和田たちが王子署に戻ったのは、午後三時を回っていた。
大和田が携帯を耳にあてた。
「岩隈です。大和田さん、もう一人の男ですが、京浜急行の金沢八景駅で降りています。顔がはっきり映っているものも送りました」
「岩隈さん、たびたび、ありがとうございます」
大和田を呼ぶ島田の声が届いた。
大和田がすぐに島田の後ろに立った。
「班長、岩隈さんから送っていただいた映像です」信じられないという顔で画面に見入っていた。
「どうした」
「これ見てください。この男、藤沢さん、藤沢隆さんです!」
「なんだって」
捜査会議が始まり、大和田が藤沢隆の行動について説明した。
他の刑事から質問がでた。
「杉山春男はどうなんですか」
「まだ、藤沢隆の動機がわかりませんので、参考人として話を聞く必要があるかと思います。杉山春男については、別の班で調べているはずです」
杉山を担当している刑事が立って行った。
「杉山春男ですが、不審な行動をたびたびとっていますが、決定的な証拠をまだつかんでいません」
本部長が立ち上がっていった。
「大和田班長、藤沢隆の周辺を徹底的に洗え」
会議が終わり、大和田の班の連中が別室に集まった。
ホワイトボードに書かれた被害者の羽鳥雅子、山田健一、そして島谷和也の死亡時刻、場所、死因、と参考人の杉山春男と藤沢隆との関係、また、参考人の動機、アリバイについて、大和田が頭の中を整理しながら説明した。
「皆の意見は?」
島田が手を挙げた。
「この三人を殺害した犯人は、同一人物と考えられませんか」
「間違いないだろう」大和田が答えて、話を続けた。
「藤沢に三人を殺害する動機があるのか。メンバーで彼を悪く言う者はいなかった。羽鳥雅子さんとの関係をもう一度洗ってみよう。何か見落としているかもしれん」
大木が言った。
「山田健一さんの事務所に言った理由を、藤沢本人から聞き出しましょう」
「そうだな。その件は、大木に頼む」
「明日一番で彼の家に行ってきます」
翌日の早朝、岩隈が王子署にやってきて、大和田に山田健一の事務所で見つけたUSBを渡した。
「参考になるかと思って、持ってきました」
「ありがとう。島田、すぐ開いてくれ」
島田はすぐにパソコンにセットして中身を見た。
「写真がたくさんありますね」と言いながら一枚一枚送った。
「彼は、人のプライバシーを盗み撮りしていたんだな。それが仕事か」
「班長」
「これは」
狐の面を外した藤沢隆と羽鳥雅子の二人が映っている写真が何枚かあった。
「ここは、音無親水公園じゃないか」
「間違いないです、羽鳥さんの死体があったところです」
「藤沢は山田から脅されていたのかもしれませんね」と島田がいった。
「藤沢と羽鳥雅子さんとの間で何かあって、藤沢が羽鳥さんを殺害した可能性があるな。それを山田が目撃していたんだ。島田、この写真を大木に転送しろ」
「はい」
大木と木下は藤沢隆の自宅で話し始めていた。
「藤沢さん、山ちゃんこと山田健一さんの事務所に行かれたことがありますか」
「はい、何度か行ったことがあります」
「先日、山田健一さんが亡くなられた日に行かれましたね」
「ええ、次のオフ会の相談に行きました」
「ちょっと、失礼」大木が携帯を取り出して、席を立った。
島田からのメールだった。
大木が席に戻って、スマホの画面を藤沢に見せた。
藤沢の身体が震えていた。
「署までご同行願います」
「どうして」と言いながら両手で顔を覆って、むせび泣いている志保を見ずに藤沢隆は玄関を出て行った。
藤沢隆は取調室に入ると、一部始終を涙ぐんで自白した。
「私が管理人になってから、はるちゃんとは男と女の関係の付き合いでした。狐の行列が終わってから話があるというので、人気のなかった音無親水公園まで行きました。そこで、はるちゃんが私と一緒になってくれと懇願してきたのですが、私は家族を捨てるつもりはないと一蹴したらはるちゃんがこれから私の家に行って、私との関係をすべて話すと迫ってきました。ああだこうだと揉めているうちに、私は頭に血がのぼってしまいました。気づいたら、橋の下にはるちゃんが頭から血を出して死んでいました。恐ろしくなって、すぐその場から離れて帰りましたが、翌日、山ちゃんからはるちゃんの件で話があるから元町の事務所に来てくれと電話がありました。事務所を訪ねると、音無親水公園に私たちが写っている写真を見せて、私がはるちゃんを殺害したことの口止め料として一千万円を要求してきました。用意したといって、一月六日の午後六時ごろ訪ねて行き、殺害しました。自殺に見せかけようとしたのですが、警察が他殺の線で捜査を始めたので、青酸カリが入手しやすい虎さんに罪をかぶせようと、彼を殺害して自殺に見せかけたのです。青酸カリの入手はインターネットからで、虎さんのものではありません」
捜査本部解散の打ち上げが行われた。
大和田は大木にいった。
「ハンドルネームっていうのは、人を変えてしまうものかね」
「お互いに素性を知らないので、自分でもわからないうちに今までの自分とは違った行動に出てしまうことがあるのかもしれません」
いつの間にか、島田や木下たち若手が会場を片づけ始めていた。
「片づけが終わったら歌でも歌いに行くか」と大和田が島田たちに大声で言った。
完
「あけましておめでとう」と隆は妻の志保と娘二人洋子、紀子にいって、屠蘇を飲み干した。
通販で取り寄せたおせち料理を娘たちは黙々と食べる。
顔を赤くした志保がいった。
「天気が良い正月で良かったですね。帰りが遅かったので、先に寝てしまいましたが、オフ会はどうでしたか」
「天気も良く、行列に参加できたことを皆喜んでいたよ。幻想的でなかなか良かった。あんなに見物客も集まろうとは思ってもいなかった」
「それは良かったわね」
その夜、夕食を終え、家族でテレビのニュースを見ていた。
ニュースが一連の各地の正月の模様を伝え終わると、
「音無親水公園で狐の面を被った和装の女性の死体が発見されました。今だ、名前等は分かっていません」とキャスターが読み上げたのを聞いて、洋子がいった。
「正月早々から縁起悪いわね」。
「正月早々からいやね」と志保が隆に向かっていった。
隆はうなづいた。
正月も過ぎて、屠蘇気分もすっかり抜けた連休最後の五日になった。
朝の散歩中に隆の携帯が鳴った。
「王子警察署の大木というものですが、羽鳥雅子さんについて伺いたいのですが」
「えっ、はるちゃんがどうかしたんですか」
「そうか、はるちゃんはハンドルネームですね」
「亡くなられました」
「事故ですか」
「はっきりしたことは分かっていません。羽鳥さんについて、いろいろお伺いしたいことがありますので」と大木刑事は隆の住所を聞いた。
隆は待っていると返事をして、震える指で電話を切った。
隆は、‘タカ’という ハンドルネームでSNSの‘輝け!シニア’というコミュで、管理人をつとめている。
今年最後の散歩会ということで、『王子狐の行列』に参加するのをメインとした催しを計画した。
その計画は、JR東十条駅午後二時集合して、富士神社、十条野鳥の森緑地、名主の滝公園、王子神社、音無親水公園、王子駅前で休憩と食事を取り、王子稲荷に行き『王子狐の行列』に参加する予定であった。
昨日、タカは東十条駅北口改札口前に午後一時時三十分頃に着いて、参加メンバー七人を待った。
まず、副管理人の野球帽をかぶった山ちゃんがきた。続いて、虎さん、青葉さん、そして、女性のメロンさん、キャロルさん、みゆきさんそして最後集合時間5分前に、はるちゃんが来て、全員が揃った。全員が連絡通りに和服姿であった。
簡単な自己紹介をすませて、露店の並ぶフジサンロードを通り、富士神社に入った。
ここは、十条冨士塚とも呼ばれているようだ。
もともとは古墳であったようだが、江戸時代に富士山に直接行けなかった庶民たちが、塚を富士山に見立て参詣した。
塚には富士山の溶岩が配され、実際の富士山と同じように、中腹に小御岳神社の祠があった。
「江戸時代の富士信仰により作られたものだと思います。富士山のミニチュア版ですね。あちらこちらで富士塚は見られますよ。今でも毎年山開きにちなみ、六月三十日と七月一日には祭礼が行われているようです」とタカはしらべてきたとおりに説明した。
次に、十条野鳥の森緑地に入った。
地域住民の方が整備をしている庭園ということだが、野鳥の保護区域からなる緑地で綺麗に手入れがされているのには皆驚いた。
「寒い、寒い」と言いながら枯れ葉を踏みながら、次の見学地である区立名主の滝公園に行った。
「休園だよ」と先頭を歩いていた副管理人の山ちゃんが叫んだ。
「えっ。まさか」タカが驚いた。
「年末だからしょうがないよ」メロンさんがいった。
「すみません、もっとよく調べておけば良かったんですが」タカが皆に詫びた。
気を取り直して、タカは先頭になって王子神社を目指して歩き始めた。
王子稲荷を通り過ぎて、王子神社に着く。
王子神社は中世に熊野信仰の拠点となった神社で、高い格式を持ち最盛期には飛鳥山も支配地としていたようだ。
「事前調査に来たときは、熊手市だったんですよ。熊手って、本当に美しいのに驚きました」タカが隣にいたメロンさんにいった。
「見てください」モバイルノートPCに山ちゃんがその時の市の写真を写しだして皆に見せた。
「本当に綺麗」と皆がうなった。
「八月に民俗芸能の王子田楽を奉納する祭礼があるそうです」タカがいいながら大銀杏を見上げた。
「この神社は関神社という神社で、関蝉丸神社の御神徳を敬仰する人たちが、かもじ(髪を結う時自分の髪に添え加える毛)業者を中心として、江戸時代にここに奉斎したことがはじめのようです。また、この毛塚は釈尊が多くの弟子を引き連れて、祇園精舎に入られた時、貧女が自らの髪の毛を切り、油にかえて献じた光が、大突風にも消えることなく煌煌と輝いたという言い伝えから、毛髪を扱う業者によって毛髪報恩と供養のために昭和三十六年に、建立されたとのことです」タカはペーパーを読んだでからいった。
「私はしっかりお願いしていきます」
「タカさんたら」はるちゃんがいうと、どっと皆が笑った。
タカは時計を見て、
「音無親水公園を通ってから駅前でちょっとはやいですが夕食を取りましょう」といって歩き出した。
「寒い、はやくお店に入りたいよ」手をもみながらみゆきさんがいった。
「熱燗で早く一杯やりたい」虎さんがいった。
「もうすぐですから」山ちゃんが皆に聞こえるように伝えた。
店に入った。
タカは若い女店員に「予約しておいた藤沢です」といって案内を求めた。
「8名様ですね。お待ちしていました。こちらへ」と個室に案内した。
席に着いたタカがいった。
「コースにしていませんので、各自好きなものを注文してください」
「まずはビール」と青葉さんがいった。
「ビールの人」とタカが続いた。
はるちゃん以外の七人が手を上げた。
「生ジョッキ大で良いですか」
みゆきさんは中といった。
「はるちゃんはウーロンハイでいいですか」と確認して、
タカは店員を呼び飲み物を頼んだ。
皆、メニューを睨んだ。
「メロンさんに一任して良いですか」
「異議なし」皆が賛成した。
タカがいつものようにメロンさんにお願いした。
注文を決めたのかメロンさんは呼出しブザーを押し、店員を呼んだ。
「お待たせしました。お決まりでしょうか」
「それぞれ6人前でお願いします。シーザーサラダ、カルパッチョ、フライドポテト、グラタン、焼きたてバゲット、豚ロースのグリル、パスタで以上です」
「パスタは何にしますか」
「ミートソースで」
「承知しました。ごゆっくりどうぞ」
「ちょっと待ってください、生一つ追加お願いします」虎さんが赤い顔していった。
「私は、麦焼酎のお湯割り」
「せっかくイタリアンだからワインを頼みませんか」メロンさんが提案。
「赤ワインをボトルで頼みましょうか」山ちゃんがいった。
「じゃあ、赤ワインをボトルでお願いします」タカが4時30分を示していた腕時計を見ながらいった。
しばらくの間、食べたり飲んだりで時間が過ぎた。
「これからの行列参加について連絡します」とワイングラスをおいてタカがいった。
「ここを8時に出て、途中で狐のお面を買ってから本部で確認手続きします。そこで提灯と参加証札を受け取ってください。
それからの予定ですが、午後十時時三十分、装束稲荷前で篝火年越し開始、参拝記念に御餞米配布されます。そして、鏡割式です。午後十一時三十分に狐の行列整列開始で、午前十二時に狐の行列の出発です。午前一時三十分頃に王子稲荷神社到着の予定です。解散は混雑すると思われますので、全員集合することはせずに、各自適宜お帰りください。以上です」
「タカさん、装束稲荷ってどの辺にあるのですか」頬を赤く染めたキャロルさんが手を上げていった。
タカがナップサックから地図を出して装束稲荷と王子稲荷神社の位置関係を説明した。
「どちらにしても行列整列の十一時三十分までは皆さん一緒に行動しましょう」
皆、了解と返事した。
「しかし、紋付き袴なんて、結婚式に着て以来だ」と虎さん。
「私も着物を着るのは何年ぶりかしら」とみゆきさんは恥ずかしそうにいった。
「レンタルも結構な値段だった」と先ほどからキャロルさんと話が夢中だった青葉さんが口を挟んだ。
「お金持ちが何をケチなこと言っているのよ」とキャロルさんがいった。
タカの左隣に座っているはるちゃんがその隣のみゆきさんに声を荒げて、なにか言い争っているのに皆が気づいた。みゆきさんの隣の虎さんが困った顔をしていた。
タカが静かにするようにと注意すると、二人は我に気づいて黙った。
虎さんとみゆきさんが異常に仲が良いことはコミの中でも有名であったが、コミの主旨に反するとそのようなことを嫌う人間も少なからずいた。その筆頭がはるちゃんだった。
腕時計を見てタカが
「そろそろ精算して、出発しましょう」といった。
メロンさんが手際よく皆からお金を徴収した。
「タカさん、さっきトイレに行く途中、うちのコミに入っているスバルさんを見たんだが」と山ちゃんがいった。
「他のコミで来たのかも知れませんね」
「しかし、先日のカラオケでは、はるちゃんに人が唄っているのにうるさいと注意されたことに頭にきて、たいそう暴れ回ったので、難儀しましたね」
「はるちゃんの言うことはごもっともですよ。彼は酒を飲まないと紳士なんですがね。退会してもらって良かったです」
その時は二人とも、スバルのことはそれ以上気にしなかった
外に出ると、囃子の音が聞こえてきた。
タカたちは、お面やの前で立ち止まった。
「これかわいい。これ、ください」といって、はるちゃんが店員にお金を渡して、すぐかぶっていった。
「タカさん、どう似合う」
「よく似合うよ」
ほかのメンバーも気に入った面を買い、それを被ってはしゃぎながら歩いた。提灯と参加証札を受け取り、装束稲荷にたどり着いた。
相変わらず、虎さんとみゆきさんは接触するほどに並んで歩いていたが、もう皆は気にせずに楽しんでいた。
寒さにもかかわらず、見学や参列する者たちでごった返していた。
鏡割式も終わり、行列参加者へ整列するようアナウンスが騒音の中に響いた。地元の人たち、子狐衆と呼ばれる子供たち、狐顔や面を被った者、一般参加者たちが順序よく並んだ。
遠くの寺から鐘の音が響いてきた。
30分ほどで列が整い、いよいよカウントダウンが始まった。
「じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ごぉ、よん、さん、にぃ、いち、ぜろ」
「あけましておめでとうございます。狐の行列出発です」のアナウンスと同時に高らかに王子狐ばやしが景気よく奏でられた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「王子稲荷神社までありますが、この混みようなのでここで一旦解散とします。皆さんにとって、良いお年でありますように」とタカがいった。
仲間たちはお互いに挨拶を交わしながら、王子稲荷神社へと歩き始めた。
沿道には見学の人々があふれかえっていた。
「タカさん。人盛り、すごいですね」と山ちゃんが驚いた。
「山ちゃん、皆付いて来ていますか」
「途中で青葉さんがトイレに行ってちょっと抜けましたが、他の人五人は付いてきています」
およそ1時間半の行程で、王子稲荷神社に到着し、お参りを済ませると家に帰る者、飲みに行くもの、どこかに遊びに行く者と皆機嫌良く散っていった。
タカのグループのメンバーもいつの間にか皆、境内を去っていた。
一月一日昼頃、王子警察署に音無親水公園の河原に女性が倒れているとの通報があった。
王子署捜査一課の大和田係長は死体に向かって手を合わせた。
「大和田係長、鑑識によると後頭部を強く打ったのが死因のようです。死亡推定時刻は今日の午前二時から七時の間ではないかと」と先に来ていた大木刑事が報告した。
「仏さんの所持品は」
「財布のみでした。中身は現金二万円とカードが五枚入っていました」
「物取りではないな」
「仏さんの名前は」
「まだ、分かりません」
「祭りの本部に何か預けているかもしれん。確認しろ」
しばらくして、大木が戻ってきて報告した。
「本部の預かり所に一つだけ受け取りに来ないバッグがありました。調べてみましたら、運転免許証から、羽鳥雅子五十五歳で間違いありません。職業は、大友病院の看護師の身分証明書がありました」
「スマホはなかったか」
「見当たりませんでした」
「そうか、第一発見者は」
「散歩していた人が見つけたようですが、電話でしたので、特定できません」
「自殺は考えられんな」
「他殺でしょうか」
「解剖に回してもらおう。周辺に目撃者がいないか聞き込みに行ってくれ」
「分かりました」大木は若い木下刑事を連れて現場を離れていった。
半日駆けずり回った大木たちに目撃情報らしきものは一つもなかった。
防犯カメラの映像を調べている係員からも特段の情報は得られなかった。
大和田は島田刑事と川崎市川崎区の羽鳥雅子のアパートを調べに入った。
「女性の部屋らしく、綺麗に整理整頓されているな」大和田は冷蔵庫を開けた。
「正月用の食料品がたくさん入っている。これだけ準備している人間が自殺するわけはないな。間違いなく他殺だ」
「そうですね」
「島田、鑑識を呼んでくれ」
「はい」
一時間ほど過ぎて、に鑑識課の二人の係員がやってきて、部屋中を調査した。
大和田は島田に部屋にあったパソコンを持って帰って、科捜研に中身を調べるように依頼しろと言った。
しばらく現場確認をしてから大和田たちが、署に戻った時は十九時をまわっていた。
すでに帰って大和田を待っていた大木が、報告した。
「羽鳥雅子は大友病院の看護師ですね。まずは、病院関係の人間を洗ってみます」
「頼む」
翌日。
大木は羽鳥雅子が勤めていた大友病院に聞き込みに行ったが、何一つ成果を得ることはなかった。
「係長、雅子は病院では真面目でいい看護師と大変評判がよく、恨んでいる者は見当たりませんでした」
「そうか、一体誰が、そして動機は何だ」
大和田は、捜査一課長に連れられて署長室に入った。
大和田が署長の青木に今までの捜査経過を説明した。
「初動捜査に遅れが出てはいけない。捜査本部を設置することにしよう」
青木は電話を取った。
本部から二十人近くの刑事が派遣されてきた。署の刑事と合わせて数十人という捜査人員が投入されることになった。
本部長として指揮を執るのは本部の小林刑事部長、副本部長に青木署長、新井事件主任官、池田広報担当官、田中捜査班運営主任官、大和田が捜査班長という編成であった。
小林本部長の挨拶が終わり、実質の責任者の新井が大和田に説明を求めた。
立ち上がった大和田は現在までの捜査状況を説明した。
「羽鳥雅子さんの周辺を徹底的に洗え」と新井が檄を飛ばした。
本部から派遣された刑事たちが再度大友病院を含めた羽鳥雅子の交友関係を洗いざらい調べたが、目新しい情報を得られなかった。
数日後、SNSのコミュに羽鳥が参加していることを大木が突き止めた。
「班長、この間持ち帰ったパソコンから、雅子さんはSNSの‘輝け!シニア’というコミュに参加して、大晦日に狐の行列にコミュのメンバーたちと参列していたことが分かりました。まず、この会の管理人の藤沢隆を調べてみようかと思います」
「分かった、調べてみろ」
大木と木下は京浜急行の金沢八景駅で下車し、十分ほどバスに乗って、藤沢隆の自宅前に着いた。
「昨日電話した王子警察署の大木です」と呼出しフォンへ告げた。
応接間に通された二人に志保が茶を出した。
「早速ですが、藤沢さんは大晦日から元日までどちらにいらっしゃいましたか」大木が聞き、木下が手帳にメモし始めた。
藤沢はSNSのコミュで開催した王子稲荷界隈の散策と狐行列に参加した旨を詳細に説明した。
「このオフ会に参加したメンバーを教えてください」
「山ちゃん、虎さん、青葉さん、メロンさん、キャロルさん、みゆきさん、はるちゃん、そして私の八名です」
「この人たちの本名を教えてもらえませんか」
「このSNSではハンドルネームを登録し、お互いにそれで呼び合うことになっていますので、皆さんの本名や住所、電話番号について私は存じておりません」
「オフ会でメンバーが事故でもあったら、本名も住所も電話番号も知らなければ、一体どのように対応されるつもりですか」
「メンバーには免許証や本名、連絡先を書いたものを所持するようお願いしています」
「ところで、どうやって今度の会にメンバーを誘ったのですか」
「ちょっと待ってください。パソコンで説明します」
藤沢はこのSNSの仕組みについて説明し、藤沢が管理人をしている‘輝け!シニア’のコミュを開いた。
すでに調べてきた大木には目新しいことはまだ藤沢から聞き出していない。
「藤沢さん、電話したときに羽鳥雅子さんの名前を出したら、はるちゃんとすぐ分かったのはどうしてですか」
藤沢はしばらくして答えた。
「以前、カラオケ店のメンバーだった彼女が予約を入れてくれたんですが、その時羽鳥雅子で予約していると私に連絡してくれたことがありましたので」
「そうですか」大木は更に質問を続けた。
「会のメンバーの中で、羽鳥さんを恨んでいた人はいませんか」
藤沢が考え込んでしまったので、大木は質問を変えた。
「今までのオフ会で、何かトラブルはありませんでしたか」
「そうですね。はるちゃんは正義感の強い人でしたので、カラオケで誰かが歌っている時に雑談している人には度々注意をしていました。また、あまりにも目に触るような男女の関係を嫌って、怒ることもありました」
「その方たちはハンドルネームで結構ですので教えていただけませんか」
藤沢は、スバルさん、みゆきさん、虎さんの名をあげた。
「スバルさん?」
「先日は参加しませんでしたが、カラオケはよく来ます。そこではるちゃんと度々もめるのです」
「なるほど。藤沢さん、申し訳ありませんが、先日参加した七名とスバルさんになるべく早い時期に王子警察署に来ていただくよう連絡を取っていただけませんか」
「全員一緒でもかまいませんか」
「一緒でも別々でも結構です」
藤沢は連絡のつかなかった虎さんと山ちゃんを除いた六人を連れて王子署を訪れた。
刑事たちは二手に分かれて、彼ら一人ずつを面談した。
大木と木下は藤沢、スバルさん、青葉さんを担当した。
「ハンドルネームタカ、本名藤沢隆さんですね。年齢、職業、住所、連絡先を教えてください」
「はい、六十七歳で現在無職です。六十歳までは神奈川県立S高校の教師でした」
「藤沢さんがこのコミュの管理人になられたのはいつからですか」
「1年前です」
「その前はどなたがやられていたのですか」
「カッパさんという男性の方でした。彼は退会しています」
「退会の理由はご存じですか」
「他のメンバーさんと意見が合わなかったと聞いています」
「どなたとですか」
「はるちゃんと合わなかったと聞いています」
「どういうことで合わなかったかご存じですか」
「前にも言いましたが、はるちゃんは正義感が強いだけでなく潔癖症で、それをメンバーにも求めるので特に管理人としては嫌気が差したのではないでしょうか」
「藤沢さん、あなたはどうでしたか」
「私はまだ一年を過ぎたばかりですが、彼女とはうまがあうというか衝突したことは一度もありません」
「衝突したらどうしますか」
「私だけなら許せますが他の会員たちに迷惑がかかるようならば、退会してもらいます」
「羽鳥雅子さんと最近トラブルを起こした人はいませんか」
藤沢が黙り続けた。
「藤沢さん、これは殺人事件なんです。一日も早く犯人を挙げなければ羽鳥さんは浮かばれません。どんな些細なことでも仰ってください。ここだけの話にしますので」
「はるちゃんは、カラオケの時、いつもスバルさんと言い争っていました。つい先日のオフ会でも、『他人が歌っている時は私語を慎め』とはるちゃんが言うとすばるさんは『小さい声で話すぐらいなら皆の迷惑にはならない、細かいこと言うな、管理人でもないのに人を注意するなんて出しゃばりすぎだ』と今にも取っ組み合いになりそうことがありました。虎さんとみゆきさんについては先日お話したとおりです」
「最後に一月一日の午前二時から七時までは何をされていましたか」
「私を疑っているのですか」
「そうではありません。どなたにもお聞きしています」
「狐の行列が終わった一時ごろ電車に乗って自宅に帰りすぐ寝ました」
「そうですか、分かりました。今日はこれでお帰りください。ありがとうございました」
藤沢と入れ替わって、スバルさんが緊張気味に部屋に入ってきた。大木からの質問に答えた。
「ハンドルネームはスバル、本名杉山春男六十四歳、T大学助教です」
「このコミュに入って何年になりますか」
「五年になります。タカさんの前の管理人さんの時に入りました」
「羽鳥雅子さんをどう思っていましたか」
「彼女は正義感が強すぎて、私にいつも注意してきました。私とはそりが合わなかったのでしょう」
「彼女を恨んでいませんか」
「それはうるさいと思っていましたよ。メンバーの多くは彼女を嫌っていましたよ。細かいことにうるさいんです。また、一度言ったら、絶対に曲げませんし、人の言うことも一切聞かない。でも、私は殺してはいませんよ」
「あなた以外に特に彼女を嫌っている人は」
「虎さんとみゆきさんかな」
「ところで、杉山さんは一月一日の午前二時から七時までどちらにいましたか」
「私のアリバイですか。行列が終わったらさっさと家に帰って寝ました」
「今日はありがとうございました」
「はるちゃん殺しの犯人は見つかりそうですか」
「きっと、見つけます」
大木は青葉さんを部屋に迎えて、今までと同じように質問した。
「ハンドルネームは青葉で、本名青山善行75歳。今は無職で十年前までS化学株式会社に勤めていました」
「羽鳥雅子さん、コミュの中でトラブルはなかったですか」
「そういえば、今回のオフ会で夕食を駅前のイタリアンレストランで撮っていたときに、はるちゃんとみゆきさんが言い争っていました」
「どんなことで」
「みゆきさんと虎さんがメンバーの前でデレデレしているのにはるちゃんが注意したことについて、言い合ったようです」
「虎さんというかたはその時どうされていましたか」
「いつものことなので、苦笑いしていました」
「度々二人は言い争うのですか」
「ええ」
「虎さんというかたはどのような人ですか」
「歌がうまい方ですが、他はほとんど知りません。そういえば、蒲田に工場があり、そこの社長だと聞いたことがあります」
「どのような工場かご存じありませんか」
「メッキ関係と言っていたかな」
「青山さん、一日の午前二時から七時までどこで何をされていましたか」
「私も疑われているのですか。狐行列が終わったらすぐに家に帰りました」
「お一人で」
「そうです」
「分かりました、今日はありがとうございました」
一方、大和田と島田はみゆきさん、メロンさん、キャロルさんから話を聞いた。
最初に、みゆきさんを部屋に迎えた。
「ハンドルネームはみゆき、本名美濃島ゆき五十二歳。薬剤師で薬局に勤めています」
「美濃島さんはこのコミュに入って何年になりますか」
「まだ一年ぐらいです」
「はるちゃんこと羽鳥雅子さんについてですが、彼女に恨みを持っているような人をご存知ありませんか」
「そうですね。あえて言うなら私、スバルさん、虎さんの三人かしら」
「なぜあなたなのですか」
「彼女はよく私に対して細かいことを指摘して糾弾するの、だから私は彼女を大声で罵るんです」
「どんなことで言い争うのですか」
「私と虎さんがいつも二人並んで歩いているとか、いつもカラオケでは隣の席に座っているとか、妬み嫉妬でうるさかったの。子供じゃないのに」
「それで虎さんもということですね。スバルさんについてはいかがですか」
「彼は他人が歌っている時もお構いなく、人に話しかけて、雑談をし続けるので、歌っている人が不快な思いをするのは度々でした。その時、はるちゃんはスバルさんに厳しく注意をしていましたが、スバルさんは『うるさい、お前が言う権利はあるのか』と怒鳴り返していました」
「美濃島さん、一月一日の午前二時から七時の間、どこで何をされていましたか」
「あら、やだ。私がはるちゃんを殺したと疑っているの」
「いや、このことは皆さんにお聞きしています」
「行列を終えたらすぐに家に帰って、お風呂に入り朝九時まで寝ていました。独り身だからアリバイにならないわね」
「今日はどうもありがとう」
続いて、メロンさんの番になった。
「ハンドルネームはメロン、目黒恵子六十五歳で売れない歌手です」
「羽鳥雅子さんと知り合ったのはいつ頃ですか」
「もう数年ぐらい経つのかしら」
「長いお付き合いですね。その間、羽鳥雅子さんとトラブルが合った方をご存じですか」
「彼女は口やかましかったので、いろいろな方と時々もめていましたよ。最近では、虎さんとみゆきさんたちかな」
「ところで、目黒さんは一月一日午前二時から七時までどちらにいらっしゃいましたか」
「テレビでよく刑事さんが言うアリバイ確認ですね。行列が終わったらすぐに電車に乗って、家に帰りました。そして、朝七時に起きておせちを作って皆で食べました」
「どなたか、証明できる方は?」
「家族しかいませんが、認められませんよね」
「今日はどうもありがとうございました」
「刑事さん、早く犯人を捕まえてくださいね」
次に、キャロルさんが部屋に入った。
大和田の質問に答えた。
「ハンドルネーム、キャロル、本名京極留美五十八歳、独身です。職業は観光業です」
「観光業とは」
「スチュワーデスです。派遣ですが」
「‘輝け!シニア’の会には入って何年ぐらいになりますか」
「そうですね。もう八年ぐらいですか。今の管理人さんと同じくらい古株になりました。タカさんは管理人になってからは一年ぐらいですが」
「羽鳥雅子さんを恨んでいるような人はいませんでしたか」
「彼女は、会を乱すような人に対して、はっきり注意するので私は好感を持っていましたが、注意された人は快く思わないでしょうね。言い方が何といってもストレートに大声でいうものですから」
「注意された方は」
「そうですね。管理人さん以外は一度はやられています。私も何度かカラオケ中にうるさいといわれたことがあります。管理人さんにはだれだれを退会させろとか口を出していたようです」
「ところで、京極さんは、一月一日午前二時から七時までどこで何をされていましたか」
「アリバイですか」
「皆さんにお聞きしています」
「行列が神社で解散になってからは、すぐに自宅に帰りました。疲れていましたので、帰ったらすぐにバタンキュウでした」
「今日はどうもありがとうございました。お帰りください」
「また呼ばれることがあるんですか」
「申し訳ございませんが、またお聞きしたいことがあるときはよろしくお願いいたします」
「そうですか」
京極留美は不機嫌な顔をして部屋を出た。
その夕、定例会議で、大和田と大木によって、オフ会のメンバー五人と杉山春男の取り調べ結果が報告された。
「一月一日の午前二時から七時までのメンバーたちのアリバイは確認できないということだな」と新井事件主任官がいった。
「その通りです」大和田が答えた。
「二人来なかったそうだが」と青木副本部長が大和田に向かっていった。
「ハンドルネームの山ちゃん、虎さんです。SNSであるこの会では各メンバーの住所や電話番号そして、インターネットメールアドレスのやり取りは禁止されているため、この二人に現在連絡が取れていません」
「わかった、皆この二人を至急探すのだ」と小林本部長が立ち上がっていった。
捜査は行き詰っていた。
何の進展もなく数日が過ぎた十時頃。
神奈川県警察加賀町警察署から大和田に電話が入った。
「加賀町警察署の捜査一係の岩隈です。大和田さん、ご無沙汰しています」
「おお、岩隈さん、お久しぶり。今日は何か」
「はい。もしかしたら、今、大和田さんが捜査している羽鳥雅子さん殺人事件に関係する情報かと思いまして」
「それはありがたい」
「こちらの管轄の元町で昨日死体が発見されました。名前は山田健一さん七十歳、元警察官で今は探偵社の代表です。山田健一という名前、ご存じありませんか、大和田さん」
「いや、今回の事件にはでてきていないな」
「では、山ちゃんという名はいかがですか」
「えっ。いまなんと」
「山ちゃんです。実は山田さんの事務所を調べていましたら、一月一日の王子稲荷の狐行列に関する‘輝け!シニア’の会の案内書がありました。彼のパソコンを調べたところ、十二月三十一日から一月一日の王子稲荷神社の狐の行列のオフ会に参加したのではないかと。狐の面も見つかりました」
「それで、山田健一さんはいつ、なぜ亡くなったのですか」
「死亡推定時刻は一昨日の一月六日の午後六時から九時です。彼の机の上に、ワードで印字された遺書らしきものに、‘はるちゃんに交際を迫りましたが、かたくなに断られて、挙句の果てに罵声をあびさせられたので、カッとして彼女を川辺に転落させ死なせてしまった。元警察官として恥ずべきことをしてしまったので、死んで罪を償うことにしました。令和二年一月七日山田健一’と書かれていました。ところが死因は青酸カリ中毒で間違いありませんが、司法解剖の結果、青酸カリの入ったビールを飲んでおり、スナック菓子も食べていたことがわかりました。自殺する人間がつまみまで食べるものでしょうか。また、遺書らしきものには山田さんの指紋がついているのですが、それが不自然なつき方なのです」
「岩隈さん、これからそちらに伺ってもいいですか」
「もちろんです」
大和田と島田は王子駅から京浜東北の快速に飛び乗り、一時間ほど揺られて、石川町駅で降りた。
そして、数分ほど歩き加賀町警察署に入った。
岩隈が大和田たちを迎えた。
「さあ、こちらへ」
岩隈は大和田たちを応接室へ案内した。
「これが、今まで調べたことの報告書です」
大和田は丁寧に報告書に目を通した、
「スマホは見つからなかったんですか」
「はい、金めのものはすべて残っていましたが、スマホはありませんでした」
「おかしいな。防犯カメラはどうでしたか」
「今、調べています」
「何かわかったら連絡ください」
「わかりました」
大和田と島田は岩熊に丁重に礼をいって、王子署に帰った。
「どうでしたか」と大木が大和田をつかまえていった。
「山ちゃんは山田健一七十歳で、元警察官で今は探偵社の代表だと分かったよ。探偵社といっても、一人だけで切り回していたそうだ。加賀町署はウエイトを他殺において捜査をしているそうだ。俺も他殺の線が濃いと思う。何か進展があったら連絡してもらうよう頼んでおいた」
「やはり、他殺の可能性大ですか」
翌日、加賀町署の岩熊から早速の電話が大和田に入った。
「大和田さん、事務所の外の防犯カメラに不審な人物が写っていました。よろしかったらそちらのパソコンに送りましょうか」
「是非、お願いします。ありがとう」
岩熊にメールアドレスを伝え、大和田は携帯を切った。
島田がパソコンに張り付いた。
岩熊からメールが届いた。
動画が貼り付けてあった。
「大和田班長、岩熊さんから届きました!」
小林本部長と話していた大和田が島田の脇に立った。
小林本部長も大和田に寄り添って、島田が操作しているパソコンの画面に釘付けになった。
画面に事務所から飛び出してきた男が映っていた。
「後ろ姿じゃよく分からんな」大和田が声を落とした。
「岩熊さんは防犯カメラで男を追っていくことになったので、また何か分かったら連絡すると書いています」
「そうか、よろしく頼むと返信しておいてくれ」と大和田は多少期待を持っていった。
捜査会議が始まり、大和田の報告の後に、他の組の刑事が先日取り調べたSNSのメンバーを更に調べたことを報告し始めた。
「亡くなった羽鳥雅子さんの携帯電話番号が管理人の藤沢隆さんから連絡がありました。そこに電話したところ通じなかったので、今、科捜研にその携帯の場所を調べてもらっています」
その刑事が携帯をポケットから撮りだした。
「羽鳥さんの携帯電話の場所が分かりました。科捜研からです。多摩川の水底で、第二京浜の多摩川大橋の近辺と推定とのことです」
「分かった。明日、朝から署員も借りて羽鳥さんの携帯を探す。また、蒲田署にこれから応援を頼む」本部長がいった。
翌日、多摩川で朝八時三十分から長靴をはいた大和田たちや潜水服をまとった警察官が、羽鳥雅子の携帯を探した。
夕方になり、捜査を終える時間まで一時間を残した時、
「ありました、ありました」と岸辺を探していた島田が声を張り上げ、携帯を揚げた。
皆、安堵して岸に上がった。
大和田たちが集まってきた。
「初期化されています」島田が残念そうに言った。
「科捜研に調べてもらえ」と大和田が言って、車を呼び島田を乗せた
大和田が大木を呼んでいった。
「確か虎さんという男が、このあたりに工場を持っていると青山さんが言っていたな」
「あっ、そうですね。虎さんは本名もどこにいるかもわかっていません」
「それから、山田健一さんの携帯の所在もあわせて、捜査しよう」
「わかりました」
夕方、捜査会議で各担当の説明が終わった。
「虎さんという男を徹底的に洗え」と本部長が檄を飛ばした。
翌日の午後。
藤沢隆から大和田に電話が入った。
「大和田さん、虎さんからミニメールが届いて、彼はインフルエンザで寝込んでしまったので、警察には行けなかったと詫びていました。私の携帯に連絡してもらえないか頼みました。連絡があったら、住所を聞いておきます」
「わかりました。よろしくお願いします」
そのあとすぐに、加賀町署の岩隈から電話があった。
「大和田さん、防犯カメラに写っていた不審な男ですが、JR中央青梅線の昭島駅で降りたことがわかりました。それから先は分かりませんでしたが顔ははっきり映っています」
「申し訳ありませんが、送信してくれますか」
「今、送ります」
大和田は大木のところに行った。
「杉山春男さんの住まいは確か昭島だったな。岩隈さんから山田健一さんの事務所から出てきた不審な男が最後にJR中央青梅線の昭島駅で下車したそうだ。今、映像が送られてくる」
「大和田班長、岩隈さんからの映像が届きました」
島田が連絡に来た。
パソコンの前に大和田、大木そして木下が集まり、画面を見やった。
「T大学助教の杉山春男に間違いありません」大木と木下が声を合わせるかのように言った。
捜査会議が始まった。
大和田が杉山の件を報告し、
「杉山春男を任意同行したいのですが」と最後にいった。
「分かった。すぐにやれ」と本部長が了承した。
大和田は島田を連れて、神田駅で中央青梅線特別快速に乗り換え昭島駅までに一時間ほどかかり、十分ほど歩き、杉山春男の自宅のインターフォンを押したのは午後八時を過ぎていた。
「どちらさまですか」
「警察のものですが。杉山春男さん、いらっしゃいますか」
「主人は先ほど出かけていませんが」
「どちら行かれたかご存じありませんか」
「少々お待ちください」
しばらくして、杉山の妻が玄関の扉を開けて、顔をだした。
「主人に何か」
「たいしたことではないのですが、ちょっとお聞きしたいことがあったものですから」
「中に入ってお待ちになりますか」
「ご主人が帰られたら、ここに電話するようお伝えください」といって、名刺をだし、「夜分、失礼しました」と大和田は低頭して、杉山家を後にした。
「班長、杉山は逃亡したのでしょうか」
「分からんが、逃亡したとしたら、奥さんは気づくと思うのだが」
「そうでしょうか。じゃあ、どこへ行ったのでしょうか」
「今日は遅いから帰ろう」と大和田が島田に言った。
翌日の午前九時過ぎ、杉山から大和田に電話があった。
「何か私に御用ですか」
「お聞きしたいことがありますので、足労いただけせんか」
「分かりました。午後二時ごろでいいですか」
「承知しました。お待ちしています」
2時前にやってきた杉山春男を、大和田は取調室に案内し、杉山がいすに腰掛けるのを待ってから言った。
「杉山春男さん、今日は山田健一さん殺害の重要参考人として来ていただきました」
「山田健一さんって、誰ですか」
「山ちゃんですよ。あなた、彼の事務所に1月6日何しに行かれましたか」
「そんなところ、行っていません」
「杉山さん、嘘をつくと後々困りますよ」
杉山は黙りこんだ。
「杉山さん、本当のことを言ってもらえるまで。何時間でも待ちます」
「タバコ吸っていいですか」
「すみません、ここは禁煙です」
杉山は、上着の右ポケットから手を出してからいった。
「元町の山ちゃんの事務所に行きました」
「なぜ山田さんを殺害した」
「私は、殺してなんかいません」
「嘘をつくんじゃない」
「私が行った時には、すでに山ちゃんは倒れていたんです」
ノックがして、扉が開いて、大木が大和田を目で呼んだ。
取調室を出た大和田に岩熊からかかってきた電話の内容を小声で伝えた。
「あの時間帯に山田健一さんの事務所を訪れた男がもう一人いたことが分かったそうです」
「本当か」
「不審には見えなかったので連絡が遅くなったとか」
「そいつは誰だ」
「送ってきた映像を見たのですが、顔がよく見えません。必要であれば防犯カメラの追跡をするそうですが」
「頼んでくれ」
「承知しました」
(ここは杉山を信じるか)
「杉山さん、今日はお引き取りください」といって、大和田は取り調べから杉山を解放した。
その日の捜査会議は紛糾した。
「杉山春男を徹底的に追求すべきだ」という意見、
「虎さんという男を探し出すことが先だ」との意見で割れた。
大和田が立った。
「まだ二人に絞るのはどうかと思います。しばらくしたら、神奈川県警から山田健一さんの事務所から出てきた杉山以外の男が誰か分かるかもしれません。それを待ってでも遅くはないと思います」
「分かった。大和田班長のいうように神奈川県警からの連絡待ちとしよう。ただ、虎さんという男も至急探し出せ」と本部長がいった。
翌日の朝、大和田に藤沢隆から虎さんの住所が分かったと電話が入った。
「大和田さん、遅くなりましたが、虎さんのこと分かりました。本名は島谷和也さんといい、住所は東京都大田区蒲田二丁目です」
「お忙しいところ、ご連絡ありがとうございました」
大和田と島田は蒲田駅前で昼食をとってから、島谷の自宅を訪ねた。
‘島谷鍍金工業’の古びた看板が二人の目にとまった。
「裏はメッキの工場ですね」と島田が言った。
大和田が玄関を開けた。
「こんにちは。島谷和也さんいらっしゃいますか」いくら呼んでも返事がないので、二人は家の中に入った。
居間に島谷和也が倒れていた。
応接セットのテーブルにはグラスやコップ類はなかった。
大和田は島谷の顔に近づいた。
「青酸カリを飲んだようだな。島田、蒲田署と本部に連絡しろ」
「はい」島田はその場所を離れて、携帯に向かった。
十五分も経たずに蒲田署の刑事らが到着した。
「沼田さん、先日はお世話になりました」と大和田が挨拶し、島田も頭を下げた。
「大和田さんたちにまたお目にかかるとは何かのご縁ですね。島谷和也の第一発見者ですって。あの事件関連の捜査ですか」と蒲田署の沼田が答えた。
「そうです。彼は重要参考人の一人でした」
「大和田班長、こちらへ来てください」大声を上げた島田が机のパソコンを見つめていた・
「どうした」
「班長、これ見てください」
画面にはワードに‘はるちゃんと山ちゃんを殺害したのは私です。これらの罪を償うために、私島谷和也は命を絶つことにいたしました。皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません’とうたれていた。
「おかしいな。青酸カリをどのようにして飲んだのだろう。直接飲んだのか。司法解剖を頼もう」
「そうですね。直接飲んだとしても青酸カリを入れた容器が見当たらない」
「ちょっと失礼」と沼田から離れて、大和田は携帯を耳に当てた。
「分かりました。ありがとうございました」
「沼田さん、今捜査本部長が神奈川県刑事部長に王子署に設置した捜査本部を合同捜査本部に格上げしたと連絡が入りました」
「私の方にも今連絡が入り、大和田班長に協力するようにとの指示がありましたので、何なりと言ってください。鑑識の人たちもよろしく頼みます」沼田が、大和田と鑑識の連中にいった。
「パソコンは私の方で調べても良いですか」と大和田が沼田に行った。
「鑑識の方が終わったら、大和田さんが本部へ持ち帰ってください」
鑑識課員の一人が沼田に報告に来た。
「指紋は被害者のものしかありませんでした」
「すみません。携帯はありましたか」大和田が鑑識課員に聞いた。
「どこにもありません」
「島谷さんの携帯も見つからないのか」
大和田たちが王子署に戻ったのは、午後三時を回っていた。
大和田が携帯を耳にあてた。
「岩隈です。大和田さん、もう一人の男ですが、京浜急行の金沢八景駅で降りています。顔がはっきり映っているものも送りました」
「岩隈さん、たびたび、ありがとうございます」
大和田を呼ぶ島田の声が届いた。
大和田がすぐに島田の後ろに立った。
「班長、岩隈さんから送っていただいた映像です」信じられないという顔で画面に見入っていた。
「どうした」
「これ見てください。この男、藤沢さん、藤沢隆さんです!」
「なんだって」
捜査会議が始まり、大和田が藤沢隆の行動について説明した。
他の刑事から質問がでた。
「杉山春男はどうなんですか」
「まだ、藤沢隆の動機がわかりませんので、参考人として話を聞く必要があるかと思います。杉山春男については、別の班で調べているはずです」
杉山を担当している刑事が立って行った。
「杉山春男ですが、不審な行動をたびたびとっていますが、決定的な証拠をまだつかんでいません」
本部長が立ち上がっていった。
「大和田班長、藤沢隆の周辺を徹底的に洗え」
会議が終わり、大和田の班の連中が別室に集まった。
ホワイトボードに書かれた被害者の羽鳥雅子、山田健一、そして島谷和也の死亡時刻、場所、死因、と参考人の杉山春男と藤沢隆との関係、また、参考人の動機、アリバイについて、大和田が頭の中を整理しながら説明した。
「皆の意見は?」
島田が手を挙げた。
「この三人を殺害した犯人は、同一人物と考えられませんか」
「間違いないだろう」大和田が答えて、話を続けた。
「藤沢に三人を殺害する動機があるのか。メンバーで彼を悪く言う者はいなかった。羽鳥雅子さんとの関係をもう一度洗ってみよう。何か見落としているかもしれん」
大木が言った。
「山田健一さんの事務所に言った理由を、藤沢本人から聞き出しましょう」
「そうだな。その件は、大木に頼む」
「明日一番で彼の家に行ってきます」
翌日の早朝、岩隈が王子署にやってきて、大和田に山田健一の事務所で見つけたUSBを渡した。
「参考になるかと思って、持ってきました」
「ありがとう。島田、すぐ開いてくれ」
島田はすぐにパソコンにセットして中身を見た。
「写真がたくさんありますね」と言いながら一枚一枚送った。
「彼は、人のプライバシーを盗み撮りしていたんだな。それが仕事か」
「班長」
「これは」
狐の面を外した藤沢隆と羽鳥雅子の二人が映っている写真が何枚かあった。
「ここは、音無親水公園じゃないか」
「間違いないです、羽鳥さんの死体があったところです」
「藤沢は山田から脅されていたのかもしれませんね」と島田がいった。
「藤沢と羽鳥雅子さんとの間で何かあって、藤沢が羽鳥さんを殺害した可能性があるな。それを山田が目撃していたんだ。島田、この写真を大木に転送しろ」
「はい」
大木と木下は藤沢隆の自宅で話し始めていた。
「藤沢さん、山ちゃんこと山田健一さんの事務所に行かれたことがありますか」
「はい、何度か行ったことがあります」
「先日、山田健一さんが亡くなられた日に行かれましたね」
「ええ、次のオフ会の相談に行きました」
「ちょっと、失礼」大木が携帯を取り出して、席を立った。
島田からのメールだった。
大木が席に戻って、スマホの画面を藤沢に見せた。
藤沢の身体が震えていた。
「署までご同行願います」
「どうして」と言いながら両手で顔を覆って、むせび泣いている志保を見ずに藤沢隆は玄関を出て行った。
藤沢隆は取調室に入ると、一部始終を涙ぐんで自白した。
「私が管理人になってから、はるちゃんとは男と女の関係の付き合いでした。狐の行列が終わってから話があるというので、人気のなかった音無親水公園まで行きました。そこで、はるちゃんが私と一緒になってくれと懇願してきたのですが、私は家族を捨てるつもりはないと一蹴したらはるちゃんがこれから私の家に行って、私との関係をすべて話すと迫ってきました。ああだこうだと揉めているうちに、私は頭に血がのぼってしまいました。気づいたら、橋の下にはるちゃんが頭から血を出して死んでいました。恐ろしくなって、すぐその場から離れて帰りましたが、翌日、山ちゃんからはるちゃんの件で話があるから元町の事務所に来てくれと電話がありました。事務所を訪ねると、音無親水公園に私たちが写っている写真を見せて、私がはるちゃんを殺害したことの口止め料として一千万円を要求してきました。用意したといって、一月六日の午後六時ごろ訪ねて行き、殺害しました。自殺に見せかけようとしたのですが、警察が他殺の線で捜査を始めたので、青酸カリが入手しやすい虎さんに罪をかぶせようと、彼を殺害して自殺に見せかけたのです。青酸カリの入手はインターネットからで、虎さんのものではありません」
捜査本部解散の打ち上げが行われた。
大和田は大木にいった。
「ハンドルネームっていうのは、人を変えてしまうものかね」
「お互いに素性を知らないので、自分でもわからないうちに今までの自分とは違った行動に出てしまうことがあるのかもしれません」
いつの間にか、島田や木下たち若手が会場を片づけ始めていた。
「片づけが終わったら歌でも歌いに行くか」と大和田が島田たちに大声で言った。
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35歳の刑事、尚樹は長年、犯罪と戦い続けてきたベテラン刑事だ。彼の推理力と洞察力は優れていたが、ある日突然、尚樹の知能が異常に向上し始める。頭脳は明晰を極め、IQ200に達した彼は、犯罪解決において類まれな成功を収めるが、その一方で心の奥底に抑えていた「女性らしさ」にも徐々に目覚め始める。
尚樹は自分が刑事として生きる一方、女性としての感情が徐々に表に出てくることに戸惑う。身体的な変化はないものの、仕草や感情、自己認識が次第に変わっていき、男性としてのアイデンティティに疑問を抱くようになる。そして、自分の新しい側面を受け入れるべきか、それともこれまでの「自分」でい続けるべきかという葛藤に苦しむ。
この物語は、性別のアイデンティティと知能の進化をテーマに描かれた心理サスペンスである。尚樹は、天才的な知能を使って次々と難解な事件を解決していくが、そのたびに彼の心は「男性」と「女性」の間で揺れ動く。刑事としての鋭い観察眼と推理力を持ちながらも、内面では自身の性別に関するアイデンティティと向き合い、やがて「乙女」としての自分を発見していく。
一方で、周囲の同僚たちや上司は、尚樹の変化に気づき始めるが、彼の驚異的な頭脳に焦点が当たるあまり、内面の変化には気づかない。仕事での成功が続く中、尚樹は自分自身とどう向き合うべきか、事件解決だけでなく、自分自身との戦いに苦しむ。そして、彼はある日、重大な決断を迫られる――天才刑事として生き続けるか、それとも新たな「乙女」としての自分を受け入れ、全く違う人生を歩むか。
連続殺人事件の謎解きと、内面の自己発見が絡み合う本作は、知能とアイデンティティの両方が物語の中心となって展開される。尚樹は、自分の変化を受け入れることで、刑事としても、人間としてもどのように成長していくのか。その決断が彼の未来と、そして関わる人々の運命を大きく左右する。
【完結】リアナの婚約条件
仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
山奥の広大な洋館で使用人として働くリアナは、目の前の男を訝し気に見た。
目の前の男、木龍ジョージはジーウ製薬会社専務であり、経済情報雑誌の表紙を何度も飾るほどの有名人だ。
その彼が、ただの使用人リアナに結婚を申し込んできた。
話を聞いていた他の使用人達が、甲高い叫び声を上げ、リアナの代わりに頷く者までいるが、リアナはどうやって木龍からの提案を断ろうか必死に考えていた。
リアナには、木龍とは結婚できない理由があった。
どうしても‥‥‥
登場人物紹介
・リアナ
山の上の洋館で働く使用人。22歳
・木龍ジョージ
ジーウ製薬会社専務。29歳。
・マイラー夫人
山の上の洋館の女主人。高齢。
・林原ケイゴ
木龍ジョージの秘書
・東城院カオリ
木龍ジョージの友人
・雨鳥エリナ
チョウ食品会社社長夫人。長い黒髪の派手な美人。
・雨鳥ソウマ
チョウ食品会社社長。婿養子。
・林山ガウン
不動産会社社員
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