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第六章 過去と向き合うストローク
第二十四話 友だち
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「お取り込中のところすみません。お邪魔します」
みっちーが早足でこちらに近付いてくるのに対し、中條ちゃんはゆったりとした歩調で近付いてくる。
「二人ともどうしてここに⁉」
ウチが驚きの声を上げていると、中條ちゃんがウチのおでこに触れてきた。
「熱はなさそうですね……体調はどうですか?」
「いっぱい寝たから、だいぶ良くなってはきたよ」
「そうですか。良かったです」
ウチの言葉を聞いて安心したのか、中條ちゃんが笑顔を浮かべて頷いてくれた。
二日間も部活を休んでしまったからか、心配されてしまったみたいだ。
中條ちゃんに対して申しわけない気持ちを抱えながら、疑問を解消すべくみっちーに体を向ける。
「ねぇ、みっちー。さっき言ってた諦めるのはまだ早いってどういうこと?」
「やっぱ気になる? そりゃそうだよね。いきなり現れたわたしが、自信満々にそんなこと言ってたらびっくりするよね。気持ちはわかるよ」
「ここにきたってことは、昨日の話の続きを聞くことができたってことよね?」
ウチがみっちーに返答するよりも先に、璃子が質問してしまう。
「うん。いろいろと判明したよ」
「ねぇ、みっちゃん。金井さんがきょとんとしているので、早く私たちがきた理由を話してあげたほうがいいんじゃない?」
「おおお~。今のはなかなか同級生っぽい喋り方だったよ。その調子、その調子」
知らない間に、中條ちゃんがみっちーをあだ名で呼ぶようになっている。この短期間でやたらと打ち解けたみたいだけど、なにがあったんだろう。
「金井っち、なかじょっちの変化にびっくりしたでしょ。なかじょっちはね、金井っちとタメ口で話せるくらい仲いい関係になろうと思ってたら、急に金井っちが元気なくなっちゃったので、なんとか励ましてあげられる方法がないか考えた結果、こんな感じになったんだよ」
「私個人の話じゃなくて、私たちがここにきた理由を話してくださいっ!」
みっちーが中條ちゃんをからかって、それに中條ちゃんが反応したことで、暗い雰囲気が漂っていたこの部屋に明るい空気が流れはじめた。
「はいはい、わかったってば。そんなに怒んないでよ。じゃあ気を取り直して、今から大事な話をするからよく聞いてね。ここ数日、わたしたちは金井っちが元気なくなっちゃった原因を掴もうといろいろと動いてたんだ」
璃子がみっちーたちの部屋に入っていく姿を思い出す。やっぱりウチに関することを三人で話し合っていたんだ。予想は当たっていたけど、ウチのために三人が動く理由がどうしてもわからなかった。
「なんでわざわざ皆が、そんなことをするの?」
「相変わらず金井っちはせっかちさんだね。ちゃんと順を追って話してあげるからさ、焦らないでよ。まず、金井っちの元気がなくなったのは、近畿大会初日の夜からだったよね」
「うん」
「勘違いしないでほしいんだけど、原因がシューイチ君関連だろうなって思ってても、わたしはずっと見守ってるつもりだったんだからね。金井っちのことをおいそれと第三者に話すつもりはなかったの。ただ、金井っちのことでなにか知ってたら教えてほしいって湾内さんに頭を下げて頼みこまれちゃったんだよね」
「璃子が……?」
驚いて璃子を見つめると、恥ずかしいのか露骨に目を逸らされてしまった。
「しかも、湾内さんが頭を下げているところを見たなかじょっちにまで、金井さんを元気にしたいから教えてほしいって頼まれちゃったの。だから、さすがに黙っているわけにもいかなくなっちゃって、いろいろと話しちゃったんだ。ごめんね、シューイチ君と手紙のやりとりをしてることとか話しちゃった」
部活に参加しないで皆と関わろうとしなかったのはウチだ。謝るべきなのはウチのほうなのに、逆に謝られてしまった。どんどん自分の不甲斐なさが形となって襲いかかってくる。
「うん。みっちーは悪くないんだから謝らないでよ。それにもういいの。柊一君との恋は終わったようなものだから」
みっちーのお兄さんに手紙を送ろうよって提案した頃が懐かしく感じる。もう随分昔みたいな気分だ。あの頃はまだ、純粋に柊一君のことを好きでいられた。
「なに勝手に終わりにしてるの? 終わりかどうかは、わたしの話を最後まで聞いてからにしてほしいな」
みっちーがなにを話そうとしているのかはわからないけど、無理なものは無理なんだよ。だって、好きな人に襲われそうになった事実は変わらないんだから。ウチが俯いていてもお構いなしに、みっちーは話を続ける。
「本当はなにがあったのか、直接金井っちの口から聞きたかったけど、それは無理そうだったから、わたしがおにぃにシューイチ君のことを聞くことにしたの」
「みっちーがお兄さんに……?」
ウチが自由形を泳ぐ前に、柊一君と会うべきか迷っている相談をみっちーにしていたこと。ウチが柊一君と話している姿を璃子に見られていたこと。ホテルに帰ってきたウチが落ち込んでいる姿を皆が見ていたこと。
これだけ情報が揃った状態で三人が話し合えば、東京松風高等学校にいるみっちーのお兄さんに柊一君のことを聞こうとするのは当然の流れだろう。
「そう。手紙で聞いたんじゃインターハイに間に合わないと思って、直接電話で聞くことにしたの。金井っちがシューイチ君と会ってから様子がおかしいってことを伝えたんだ」
寮の生徒は携帯を持てないから、外部と連絡をとるには一階にある公衆電話を使わないといけないはずだ。
「わたしの話を聞いてすぐに、おにぃは教えてくれたの。近畿大会が行われた七月二十二日、欠席していたのはシューイチ君じゃなくて、シュート君だったんだ」
みっちーの口から衝撃の事実が語られた。あまりの驚きに開いた口が塞がらない。
「シュート君はバタフライの選手だから、インハイに向けて練習を頑張らなくちゃいけない立場なのに、理由を述べることもなく欠席していた。しかも、シュート君は金井っちに会いに行くことを誰にも話していなかったみたい。シューイチ君ですら、水泳部で朝の出席確認が行われるまで、シュート君がいないことに気が付かなかったみたいだから」
ウチが会ったのは柊一君じゃなくて柊斗君だったなんて信じられない。双子なのもあって、元から見た目が似ている兄弟ではあったけど、まさか柊斗君が柊一君のフリをしているなんて思わないよ。二人が転校してから五年も経って、余計に見分けがつかないところを狙われたってこと?
「おにぃに、二十二日にシュート君が休んでいたことを教えてもらっていたのが昨日で、どうして休んでいたのかシュート君に直接聞いてもらっていたのが今日だったんだ」
「じゃあ……ウチが部活を休んでいる理由も?」
「ううん。おにぃが聞いてくれたけど、シュート君は頑なに喋ろうとしないみたい。だから、金井っちがどんな悲しい思いをしたのかはわからないままなんだ。わたしたちは金井っちとまた一緒に泳ぎたい。だから、なにがあったのか教えてくれないかな?」
膝を曲げてウチの目線に合わせたみっちーが、ウチの両肩に手を乗せてくる。みっちーの瞳を数秒見つめたあと、璃子と中條ちゃんにも目を向ける。二人が頷いてくれたことで、張りつめていた緊張が解けていく。
この傷は、ずっと一人で抱えていかなくちゃいけないんだと思っていた。好きな人に襲われそうになったことを話せる相手なんていないって勝手に諦めてた。
でも、実際はそうじゃなかった。親身になって相談に乗ってくれる人がいる。
すべてを明かし終えてすぐに、ウチはみっちーに抱きしめられていた。
「そっか。金井っちはとっても辛い思いをしたんだね。怖かったよね、苦しかったよね。金井っちはなにも悪くない。悪くないよ」
あまりにも唐突すぎてすぐには理解が追いつかなかったけど、みっちーが慰めてくれているんだとわかった瞬間、胸につかえていた感情が溢れだしていた。
「ああああああああっ‼」
みっちーの胸や腕の温かさや、耳元で囁く優しい声に、心が洗われていく。
「今の話を聞いて、もう一つ金井っちに謝らなくちゃいけないことに気が付いたよ。わたしがシューイチ君に会って確かめるべきだ、なんて言わなければこんなことにはならなかったよね。わたしがわかったような気になって助言をしたのがいけなかったんだ。ごめん、ごめんね!」
みっちーは悪くない。そう言いたいのに、涙が止めどなく溢れてしまって言葉にならない。だから、何度も頭を左右に振って気持ちを伝える。
「シュート君が金井っちにひどいことをしたのは事実で、金井っちが嫌な思いをした過去はなくなるわけじゃないけど、シューイチ君が金井っちに悪さをしたわけじゃない。だから、まだ諦めるのは早いよ! 彼は今も金井っちとの約束を果たそうと頑張ってくれているはずだから!」
そっか。あの日に会ったのは柊一君じゃないんだ。なら、まだウチの頑張る理由は消えていないんだ……。
「金井さん、近畿大会の前にお互い頑張ろうって話をしたの覚えてる?」
まだ涙が止まらないウチは、不意に尋ねてきた中條ちゃんの問いに対して、頷くことでしか返答できなかった。
「あの時の会話は、私にとって決意表明みたいなものだったんだ。金井さんにすごいところを見せるって意気込んでたから、先輩の代わりにメドレーリレーに出ることになっても泳ぎきることが出来たんだ。だから、近畿大会最後の日に、金井さんが私の平泳ぎを見てくれなかったのはショックだった」
静かに、だけどはっきりとした声音で、中條ちゃんは自分の気持ちを言葉にしていく。次にどんな言葉が飛び出すのかとビクビクしながら、ウチは中條ちゃんの話に耳を傾け続ける。
「見てほしかったし、慰めてほしかったし、一緒に近畿大会の話をして盛り上がりたかった! 皆と距離を縮めようとしている私をもっと応援してほしかった!」
中條ちゃんの声がどんどん大きくなっていくにつれ、彼女との心の距離が近くなっていく。
「それにね、水泳を頑張る理由がないなんて言った金井さんに私は怒ってるんだよ! 長年恋をしてきた相手に裏切られたと思って諦めてしまいたくなる気持ちはわかるけど、私たちと過ごしてきた時間は頑張る理由にならないの? 私と交わした言葉は嘘だったの? 私に……私たちに、申しわけないって気持ちが少しでもあるなら、水泳部を続けてほしい! っていうか、続けろ、金井!」
肩を上下させて、息を切らしながら叫ぶ中條ちゃん。痛いくらい真っ直ぐな気持ちに、心が震える。
ウチは柊一君との約束を頑張る指針にして生きてきた。約束があったから、迷うことはあってもゴールを見失わずに努力を続けることができた。
そのゴールを彼に壊されてしまったと思い込んで、最近のウチは進む道を見失っていたけれど、本当は壊されてなんていなかったんだ。
まだ歩ける。まだ約束への道は続いている。
なら、頑張れるはずだ。
「少しは元気出た? 金井っち」
「うん……うん……皆、ありがとうっ!」
「いいよ、お礼なんて。わたしとおにぃを繋いでくれたのは、金井っちなんだから。金井っちがわたしに手紙を書くことを提案してくれなかったら、今もまだ後悔に縛られたまんまだと思うから。だから、こう思っておくといいよ。あの時、金井っちがわたしにしてくれた善意が、未来の金井っちを救ったんだって。いい意味で因果応報だね」
ああ、ウチは幸せ者だ。こんなにもウチを大事に思ってくれる仲間がいるのに、泳ぐことを諦めてしまうなんてもったいないよね。
涙を拭って、しわくちゃになった心を広げていく。まだ完全に心の傷が癒えたわけではないけれど、立ち向かう勇気を取り戻すことができた。だから、もう一度信じてみようと思う。
ウチの初恋を。ウチらが交わした約束を。
みっちーが早足でこちらに近付いてくるのに対し、中條ちゃんはゆったりとした歩調で近付いてくる。
「二人ともどうしてここに⁉」
ウチが驚きの声を上げていると、中條ちゃんがウチのおでこに触れてきた。
「熱はなさそうですね……体調はどうですか?」
「いっぱい寝たから、だいぶ良くなってはきたよ」
「そうですか。良かったです」
ウチの言葉を聞いて安心したのか、中條ちゃんが笑顔を浮かべて頷いてくれた。
二日間も部活を休んでしまったからか、心配されてしまったみたいだ。
中條ちゃんに対して申しわけない気持ちを抱えながら、疑問を解消すべくみっちーに体を向ける。
「ねぇ、みっちー。さっき言ってた諦めるのはまだ早いってどういうこと?」
「やっぱ気になる? そりゃそうだよね。いきなり現れたわたしが、自信満々にそんなこと言ってたらびっくりするよね。気持ちはわかるよ」
「ここにきたってことは、昨日の話の続きを聞くことができたってことよね?」
ウチがみっちーに返答するよりも先に、璃子が質問してしまう。
「うん。いろいろと判明したよ」
「ねぇ、みっちゃん。金井さんがきょとんとしているので、早く私たちがきた理由を話してあげたほうがいいんじゃない?」
「おおお~。今のはなかなか同級生っぽい喋り方だったよ。その調子、その調子」
知らない間に、中條ちゃんがみっちーをあだ名で呼ぶようになっている。この短期間でやたらと打ち解けたみたいだけど、なにがあったんだろう。
「金井っち、なかじょっちの変化にびっくりしたでしょ。なかじょっちはね、金井っちとタメ口で話せるくらい仲いい関係になろうと思ってたら、急に金井っちが元気なくなっちゃったので、なんとか励ましてあげられる方法がないか考えた結果、こんな感じになったんだよ」
「私個人の話じゃなくて、私たちがここにきた理由を話してくださいっ!」
みっちーが中條ちゃんをからかって、それに中條ちゃんが反応したことで、暗い雰囲気が漂っていたこの部屋に明るい空気が流れはじめた。
「はいはい、わかったってば。そんなに怒んないでよ。じゃあ気を取り直して、今から大事な話をするからよく聞いてね。ここ数日、わたしたちは金井っちが元気なくなっちゃった原因を掴もうといろいろと動いてたんだ」
璃子がみっちーたちの部屋に入っていく姿を思い出す。やっぱりウチに関することを三人で話し合っていたんだ。予想は当たっていたけど、ウチのために三人が動く理由がどうしてもわからなかった。
「なんでわざわざ皆が、そんなことをするの?」
「相変わらず金井っちはせっかちさんだね。ちゃんと順を追って話してあげるからさ、焦らないでよ。まず、金井っちの元気がなくなったのは、近畿大会初日の夜からだったよね」
「うん」
「勘違いしないでほしいんだけど、原因がシューイチ君関連だろうなって思ってても、わたしはずっと見守ってるつもりだったんだからね。金井っちのことをおいそれと第三者に話すつもりはなかったの。ただ、金井っちのことでなにか知ってたら教えてほしいって湾内さんに頭を下げて頼みこまれちゃったんだよね」
「璃子が……?」
驚いて璃子を見つめると、恥ずかしいのか露骨に目を逸らされてしまった。
「しかも、湾内さんが頭を下げているところを見たなかじょっちにまで、金井さんを元気にしたいから教えてほしいって頼まれちゃったの。だから、さすがに黙っているわけにもいかなくなっちゃって、いろいろと話しちゃったんだ。ごめんね、シューイチ君と手紙のやりとりをしてることとか話しちゃった」
部活に参加しないで皆と関わろうとしなかったのはウチだ。謝るべきなのはウチのほうなのに、逆に謝られてしまった。どんどん自分の不甲斐なさが形となって襲いかかってくる。
「うん。みっちーは悪くないんだから謝らないでよ。それにもういいの。柊一君との恋は終わったようなものだから」
みっちーのお兄さんに手紙を送ろうよって提案した頃が懐かしく感じる。もう随分昔みたいな気分だ。あの頃はまだ、純粋に柊一君のことを好きでいられた。
「なに勝手に終わりにしてるの? 終わりかどうかは、わたしの話を最後まで聞いてからにしてほしいな」
みっちーがなにを話そうとしているのかはわからないけど、無理なものは無理なんだよ。だって、好きな人に襲われそうになった事実は変わらないんだから。ウチが俯いていてもお構いなしに、みっちーは話を続ける。
「本当はなにがあったのか、直接金井っちの口から聞きたかったけど、それは無理そうだったから、わたしがおにぃにシューイチ君のことを聞くことにしたの」
「みっちーがお兄さんに……?」
ウチが自由形を泳ぐ前に、柊一君と会うべきか迷っている相談をみっちーにしていたこと。ウチが柊一君と話している姿を璃子に見られていたこと。ホテルに帰ってきたウチが落ち込んでいる姿を皆が見ていたこと。
これだけ情報が揃った状態で三人が話し合えば、東京松風高等学校にいるみっちーのお兄さんに柊一君のことを聞こうとするのは当然の流れだろう。
「そう。手紙で聞いたんじゃインターハイに間に合わないと思って、直接電話で聞くことにしたの。金井っちがシューイチ君と会ってから様子がおかしいってことを伝えたんだ」
寮の生徒は携帯を持てないから、外部と連絡をとるには一階にある公衆電話を使わないといけないはずだ。
「わたしの話を聞いてすぐに、おにぃは教えてくれたの。近畿大会が行われた七月二十二日、欠席していたのはシューイチ君じゃなくて、シュート君だったんだ」
みっちーの口から衝撃の事実が語られた。あまりの驚きに開いた口が塞がらない。
「シュート君はバタフライの選手だから、インハイに向けて練習を頑張らなくちゃいけない立場なのに、理由を述べることもなく欠席していた。しかも、シュート君は金井っちに会いに行くことを誰にも話していなかったみたい。シューイチ君ですら、水泳部で朝の出席確認が行われるまで、シュート君がいないことに気が付かなかったみたいだから」
ウチが会ったのは柊一君じゃなくて柊斗君だったなんて信じられない。双子なのもあって、元から見た目が似ている兄弟ではあったけど、まさか柊斗君が柊一君のフリをしているなんて思わないよ。二人が転校してから五年も経って、余計に見分けがつかないところを狙われたってこと?
「おにぃに、二十二日にシュート君が休んでいたことを教えてもらっていたのが昨日で、どうして休んでいたのかシュート君に直接聞いてもらっていたのが今日だったんだ」
「じゃあ……ウチが部活を休んでいる理由も?」
「ううん。おにぃが聞いてくれたけど、シュート君は頑なに喋ろうとしないみたい。だから、金井っちがどんな悲しい思いをしたのかはわからないままなんだ。わたしたちは金井っちとまた一緒に泳ぎたい。だから、なにがあったのか教えてくれないかな?」
膝を曲げてウチの目線に合わせたみっちーが、ウチの両肩に手を乗せてくる。みっちーの瞳を数秒見つめたあと、璃子と中條ちゃんにも目を向ける。二人が頷いてくれたことで、張りつめていた緊張が解けていく。
この傷は、ずっと一人で抱えていかなくちゃいけないんだと思っていた。好きな人に襲われそうになったことを話せる相手なんていないって勝手に諦めてた。
でも、実際はそうじゃなかった。親身になって相談に乗ってくれる人がいる。
すべてを明かし終えてすぐに、ウチはみっちーに抱きしめられていた。
「そっか。金井っちはとっても辛い思いをしたんだね。怖かったよね、苦しかったよね。金井っちはなにも悪くない。悪くないよ」
あまりにも唐突すぎてすぐには理解が追いつかなかったけど、みっちーが慰めてくれているんだとわかった瞬間、胸につかえていた感情が溢れだしていた。
「ああああああああっ‼」
みっちーの胸や腕の温かさや、耳元で囁く優しい声に、心が洗われていく。
「今の話を聞いて、もう一つ金井っちに謝らなくちゃいけないことに気が付いたよ。わたしがシューイチ君に会って確かめるべきだ、なんて言わなければこんなことにはならなかったよね。わたしがわかったような気になって助言をしたのがいけなかったんだ。ごめん、ごめんね!」
みっちーは悪くない。そう言いたいのに、涙が止めどなく溢れてしまって言葉にならない。だから、何度も頭を左右に振って気持ちを伝える。
「シュート君が金井っちにひどいことをしたのは事実で、金井っちが嫌な思いをした過去はなくなるわけじゃないけど、シューイチ君が金井っちに悪さをしたわけじゃない。だから、まだ諦めるのは早いよ! 彼は今も金井っちとの約束を果たそうと頑張ってくれているはずだから!」
そっか。あの日に会ったのは柊一君じゃないんだ。なら、まだウチの頑張る理由は消えていないんだ……。
「金井さん、近畿大会の前にお互い頑張ろうって話をしたの覚えてる?」
まだ涙が止まらないウチは、不意に尋ねてきた中條ちゃんの問いに対して、頷くことでしか返答できなかった。
「あの時の会話は、私にとって決意表明みたいなものだったんだ。金井さんにすごいところを見せるって意気込んでたから、先輩の代わりにメドレーリレーに出ることになっても泳ぎきることが出来たんだ。だから、近畿大会最後の日に、金井さんが私の平泳ぎを見てくれなかったのはショックだった」
静かに、だけどはっきりとした声音で、中條ちゃんは自分の気持ちを言葉にしていく。次にどんな言葉が飛び出すのかとビクビクしながら、ウチは中條ちゃんの話に耳を傾け続ける。
「見てほしかったし、慰めてほしかったし、一緒に近畿大会の話をして盛り上がりたかった! 皆と距離を縮めようとしている私をもっと応援してほしかった!」
中條ちゃんの声がどんどん大きくなっていくにつれ、彼女との心の距離が近くなっていく。
「それにね、水泳を頑張る理由がないなんて言った金井さんに私は怒ってるんだよ! 長年恋をしてきた相手に裏切られたと思って諦めてしまいたくなる気持ちはわかるけど、私たちと過ごしてきた時間は頑張る理由にならないの? 私と交わした言葉は嘘だったの? 私に……私たちに、申しわけないって気持ちが少しでもあるなら、水泳部を続けてほしい! っていうか、続けろ、金井!」
肩を上下させて、息を切らしながら叫ぶ中條ちゃん。痛いくらい真っ直ぐな気持ちに、心が震える。
ウチは柊一君との約束を頑張る指針にして生きてきた。約束があったから、迷うことはあってもゴールを見失わずに努力を続けることができた。
そのゴールを彼に壊されてしまったと思い込んで、最近のウチは進む道を見失っていたけれど、本当は壊されてなんていなかったんだ。
まだ歩ける。まだ約束への道は続いている。
なら、頑張れるはずだ。
「少しは元気出た? 金井っち」
「うん……うん……皆、ありがとうっ!」
「いいよ、お礼なんて。わたしとおにぃを繋いでくれたのは、金井っちなんだから。金井っちがわたしに手紙を書くことを提案してくれなかったら、今もまだ後悔に縛られたまんまだと思うから。だから、こう思っておくといいよ。あの時、金井っちがわたしにしてくれた善意が、未来の金井っちを救ったんだって。いい意味で因果応報だね」
ああ、ウチは幸せ者だ。こんなにもウチを大事に思ってくれる仲間がいるのに、泳ぐことを諦めてしまうなんてもったいないよね。
涙を拭って、しわくちゃになった心を広げていく。まだ完全に心の傷が癒えたわけではないけれど、立ち向かう勇気を取り戻すことができた。だから、もう一度信じてみようと思う。
ウチの初恋を。ウチらが交わした約束を。
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