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第二章 リレーで乱れるストローク
第七話 メドレーリレー②
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「おにぃはね、東京松風高等学校っていう所に通っているんだ~」
三島ちゃんが放った何気ない一言は、大いにウチの心を揺さぶった。数秒、ウチが絶句して固まっている間に、三島ちゃんのお兄さんの話題は終わってしまった。
「まぁ、わたしの話はいいからさ、リレーの話をしようよ。なかじょっちは、平泳ぎ以外も大丈夫なの?」
「え、ええ。自信はあまりないですけど、お、泳げますよ!」
「じゃあ大丈夫だね。いろいろなパターンを試してみよう~」
三島ちゃんが少し大きな声を発しながら、右腕を高らかに挙げた。彼女の言葉を皮切りにして、次は誰がどの種目を泳ぐかという話題に変わった。
そこからは、試行錯誤の連続だった。タイムを測るのは勿論のこと、飛びこむタイミングを調節したり、自分たちの泳ぎをカメラで撮影をして見返してみたり、皆とコミュニケーションをとりながら呼吸を合わせる方法を模索した。
このメンバーで本番も泳げたら楽しいだろうけど、実際はそうはいかない。今はあくまで仲の良い一年生同士で、リレーの練習をしているだけ。リレーのメンバーに選ばれたら、上級生と連携をとらなくちゃいけなくなる。大会までの道のりは長いんだ。
「う~ん」
「困りましたね……」
何度か練習を繰り返すと、問題点が浮き彫りになってしまう。皆の渋い顔を見ながら、ウチは一言も発することができずにいた。
リレーの練習を開始した時とは打って変わって、暗い空気が漂っていた。ただ、璃子だけはいつもと変わらずに落ち着いた表情を浮かべているけれど。
「練習を開始した時はうまくいくと思ってたんだけどね~」
「ええ。皆さんで協力をすれば、いいタイムを出せると思っていました。ですが……」
三島ちゃんと中條ちゃんがウチに気を遣っているのがわかる。リレーがうまくいかないのは、ウチのせいだからだ。
「まぁ、こうなることは最初からわかっていたわ」
ウチら四人は、輪になるようにしてプールサイドで座って話をしていた。顧問の先生はなにも言わずに、じっと一年生を見守っている。今、顧問の目にはウチらはどう映っているのだろうか?
「だから、あたしは紗希に自由形をやらせたのよ。最後だからね。皆が合わせるんじゃなくて、紗希が合わせるだけで済むでしょう?」
沈黙。誰も否定も肯定もしない。三島ちゃんも、中條ちゃんも、俯いてしまっている。
「紗希、どうして自分が問題になっているのか、理由はわかっているわよね?」
「う、うん……」
「なら、言ってみなさい」
「え?」
「わかっているんでしょう? なら、言ってもらわないと。あたしたちが思っている問題点と紗希が考えている問題点が違ったら困るじゃない」
璃子の容赦のない言葉の数々が、ウチの胸を抉る。うん。知ってた。皆が遠慮して言わないようなことを率先して言うのが璃子だもんね。そう、あんたはいつだって裏表がない。
「ムラがある……から……?」
「そう。紗希は泳ぐ時の気分や状況によって、ぜんぜんタイムが違うの。それが問題なのよ。速かったり、遅かったり、周りが紗希に合わせるのがとっても難しい状態なの」
璃子が立ち上がってウチの前にやってくる。
「ムラがある貴方をリレーに起用するとしたら、最後しかないのよ。紗希が前の人に合わせれば問題は解決するからね。でも、そしたら今度は別の問題が浮上するわね?」
わかってる。言われなくたってわかってるよ。皆と一緒に気持ちよく泳げるようにするなら、今の方法でいい。ウチ自身の問題はそれで先送りにできる。
でも、リレーのメンバーに選ばれたいと思ったら、早急に解決しないといけない問題へと変わる。上級生を排してでもウチを選ぶのに足る説得力が必要になるからだ。
「気分がとても乗っていれば、あたしより速く泳げて、全国で優勝してもおかしくないタイムが出せるけれど、安定していない人間を顧問がとるかしら? あたしと競うだけで泳ぎに乱れが生じてしまう貴方が、全国でもパフォーマンスを遺憾なく発揮できると思う? 無理ね」
悔しくて悔しくて仕方がない。なんでよりにもよって、あんたにそれを言われなくちゃいけないのよ。ライバルだと思っているあんたから。
「あたしがいなかったら、紗希が自由形をできたかもしれないわね。でも、悪いわね。選抜の自由形はあたしがもらっていく」
彼女の強い眼差しに見下ろされて、ウチはなにも言えなかった。知ってたよ、あんたが昔からすごい奴だってことくらい。落ちこむウチを三島ちゃんがじーっと見つめていたけれど、今はなにも喋る気が起きなかった。
◇◆◇
「リレーメンバーの発表が終わったから、いつもの練習に戻るぞ。選ばれなかった面々は辛いだろうが、その辛さをバネにして練習を頑張ってくれ」
雨が連日降り続いていて嫌な空気が漂い始めた頃、唐突に顧問がメドレーリレーの選抜メンバーを発表した。選抜試験なんてものは行われなかったので、水泳部全員が驚きに包まれた。練習風景を通じて、皆の相性を監督は探っていたんだと思う。
結局、正式に一年生の中から選ばれたのは璃子だけだったけど、中條ちゃんは先輩たちが急きょ泳げなくなった場合の補欠として選ばれた。
ウチは自由形の補欠にさえなれなかった。璃子の言う通りムラがある選手ではダメだったということだ。落ち込んでいる暇なんてない。気持ちを切り替えんと。
「やっぱり個人で挑んで結果を残すしか道はない、か」
地区大会は全員が出場できる。そこで標準記録を突破していれば、中央大会に行くことが可能だ。どこかぎこちない空気が蔓延する中、練習はいつも通り行われた。
その日から、柊一君に送る手紙の内容を考える暇さえないくらいに、練習が激化するようになった。大会が目前に迫っているから当然なんだけど、なかなかにハードで寮の部屋に戻る頃には疲れ果ててすぐに眠ってしまうことが増えた。
日々の忙しさに追われていても、ふとした瞬間にメンバーに選ばれなかったことが頭をもたげるようになってしまった。自分では気にしていないつもりでも、思った以上にダメージが大きかったらしい。
『いつになったら貴方が宣言した通りの結果が訪れるのかなって思っただけよ』
『あたしがいなかったら、紗希が自由形をできたかもしれないわね。でも、悪いわね。選抜の自由形はあたしがもらっていく』
璃子の言葉が脳裏を過ることも増えた。悶々とする気持ちが日に日に増しているのに、同じ部屋に璃子がいるから気持ちが晴れない。そして、ウチに止めを刺すかのように、柊一君から手紙が届いた。
『紗希ちゃん、俺、自由形でリレーに出れることになったよ。しかも柊斗はバタフライで出れることが決まったんだ。すごいでしょ。紗希ちゃんはリレーのほうはどう? 最近、手紙がこないので気になっています。お便り楽しみにしています』
彼にとっては何気ない報告のつもりだったんだろう。自分が順調に進んでいることを示したかっただけだと思う。柊一君は悪くないってことを頭ではわかっている。わかっているけれど……。柊一君の手書きの文字がぼやけた。
「あああああああああ」
後ろに璃子がいるのに、涙を止められなかった。自分の机に顔を埋めて泣きじゃくる。璃子に勝つために立清学園にきたのに、柊一君に自慢できるくらいの存在になるって決めていたのに、現実はウチの思い通りには進んでくれなかった。
いつもは嬉しい柊一君からの手紙が、今日だけは全然嬉しくないものだった。彼に誇らしく報告できるものがなにもないことが、こんなにもこんなにも苦しいなんて。ウチは一年生の中でさえ一番になれないことを知った。
三島ちゃんが放った何気ない一言は、大いにウチの心を揺さぶった。数秒、ウチが絶句して固まっている間に、三島ちゃんのお兄さんの話題は終わってしまった。
「まぁ、わたしの話はいいからさ、リレーの話をしようよ。なかじょっちは、平泳ぎ以外も大丈夫なの?」
「え、ええ。自信はあまりないですけど、お、泳げますよ!」
「じゃあ大丈夫だね。いろいろなパターンを試してみよう~」
三島ちゃんが少し大きな声を発しながら、右腕を高らかに挙げた。彼女の言葉を皮切りにして、次は誰がどの種目を泳ぐかという話題に変わった。
そこからは、試行錯誤の連続だった。タイムを測るのは勿論のこと、飛びこむタイミングを調節したり、自分たちの泳ぎをカメラで撮影をして見返してみたり、皆とコミュニケーションをとりながら呼吸を合わせる方法を模索した。
このメンバーで本番も泳げたら楽しいだろうけど、実際はそうはいかない。今はあくまで仲の良い一年生同士で、リレーの練習をしているだけ。リレーのメンバーに選ばれたら、上級生と連携をとらなくちゃいけなくなる。大会までの道のりは長いんだ。
「う~ん」
「困りましたね……」
何度か練習を繰り返すと、問題点が浮き彫りになってしまう。皆の渋い顔を見ながら、ウチは一言も発することができずにいた。
リレーの練習を開始した時とは打って変わって、暗い空気が漂っていた。ただ、璃子だけはいつもと変わらずに落ち着いた表情を浮かべているけれど。
「練習を開始した時はうまくいくと思ってたんだけどね~」
「ええ。皆さんで協力をすれば、いいタイムを出せると思っていました。ですが……」
三島ちゃんと中條ちゃんがウチに気を遣っているのがわかる。リレーがうまくいかないのは、ウチのせいだからだ。
「まぁ、こうなることは最初からわかっていたわ」
ウチら四人は、輪になるようにしてプールサイドで座って話をしていた。顧問の先生はなにも言わずに、じっと一年生を見守っている。今、顧問の目にはウチらはどう映っているのだろうか?
「だから、あたしは紗希に自由形をやらせたのよ。最後だからね。皆が合わせるんじゃなくて、紗希が合わせるだけで済むでしょう?」
沈黙。誰も否定も肯定もしない。三島ちゃんも、中條ちゃんも、俯いてしまっている。
「紗希、どうして自分が問題になっているのか、理由はわかっているわよね?」
「う、うん……」
「なら、言ってみなさい」
「え?」
「わかっているんでしょう? なら、言ってもらわないと。あたしたちが思っている問題点と紗希が考えている問題点が違ったら困るじゃない」
璃子の容赦のない言葉の数々が、ウチの胸を抉る。うん。知ってた。皆が遠慮して言わないようなことを率先して言うのが璃子だもんね。そう、あんたはいつだって裏表がない。
「ムラがある……から……?」
「そう。紗希は泳ぐ時の気分や状況によって、ぜんぜんタイムが違うの。それが問題なのよ。速かったり、遅かったり、周りが紗希に合わせるのがとっても難しい状態なの」
璃子が立ち上がってウチの前にやってくる。
「ムラがある貴方をリレーに起用するとしたら、最後しかないのよ。紗希が前の人に合わせれば問題は解決するからね。でも、そしたら今度は別の問題が浮上するわね?」
わかってる。言われなくたってわかってるよ。皆と一緒に気持ちよく泳げるようにするなら、今の方法でいい。ウチ自身の問題はそれで先送りにできる。
でも、リレーのメンバーに選ばれたいと思ったら、早急に解決しないといけない問題へと変わる。上級生を排してでもウチを選ぶのに足る説得力が必要になるからだ。
「気分がとても乗っていれば、あたしより速く泳げて、全国で優勝してもおかしくないタイムが出せるけれど、安定していない人間を顧問がとるかしら? あたしと競うだけで泳ぎに乱れが生じてしまう貴方が、全国でもパフォーマンスを遺憾なく発揮できると思う? 無理ね」
悔しくて悔しくて仕方がない。なんでよりにもよって、あんたにそれを言われなくちゃいけないのよ。ライバルだと思っているあんたから。
「あたしがいなかったら、紗希が自由形をできたかもしれないわね。でも、悪いわね。選抜の自由形はあたしがもらっていく」
彼女の強い眼差しに見下ろされて、ウチはなにも言えなかった。知ってたよ、あんたが昔からすごい奴だってことくらい。落ちこむウチを三島ちゃんがじーっと見つめていたけれど、今はなにも喋る気が起きなかった。
◇◆◇
「リレーメンバーの発表が終わったから、いつもの練習に戻るぞ。選ばれなかった面々は辛いだろうが、その辛さをバネにして練習を頑張ってくれ」
雨が連日降り続いていて嫌な空気が漂い始めた頃、唐突に顧問がメドレーリレーの選抜メンバーを発表した。選抜試験なんてものは行われなかったので、水泳部全員が驚きに包まれた。練習風景を通じて、皆の相性を監督は探っていたんだと思う。
結局、正式に一年生の中から選ばれたのは璃子だけだったけど、中條ちゃんは先輩たちが急きょ泳げなくなった場合の補欠として選ばれた。
ウチは自由形の補欠にさえなれなかった。璃子の言う通りムラがある選手ではダメだったということだ。落ち込んでいる暇なんてない。気持ちを切り替えんと。
「やっぱり個人で挑んで結果を残すしか道はない、か」
地区大会は全員が出場できる。そこで標準記録を突破していれば、中央大会に行くことが可能だ。どこかぎこちない空気が蔓延する中、練習はいつも通り行われた。
その日から、柊一君に送る手紙の内容を考える暇さえないくらいに、練習が激化するようになった。大会が目前に迫っているから当然なんだけど、なかなかにハードで寮の部屋に戻る頃には疲れ果ててすぐに眠ってしまうことが増えた。
日々の忙しさに追われていても、ふとした瞬間にメンバーに選ばれなかったことが頭をもたげるようになってしまった。自分では気にしていないつもりでも、思った以上にダメージが大きかったらしい。
『いつになったら貴方が宣言した通りの結果が訪れるのかなって思っただけよ』
『あたしがいなかったら、紗希が自由形をできたかもしれないわね。でも、悪いわね。選抜の自由形はあたしがもらっていく』
璃子の言葉が脳裏を過ることも増えた。悶々とする気持ちが日に日に増しているのに、同じ部屋に璃子がいるから気持ちが晴れない。そして、ウチに止めを刺すかのように、柊一君から手紙が届いた。
『紗希ちゃん、俺、自由形でリレーに出れることになったよ。しかも柊斗はバタフライで出れることが決まったんだ。すごいでしょ。紗希ちゃんはリレーのほうはどう? 最近、手紙がこないので気になっています。お便り楽しみにしています』
彼にとっては何気ない報告のつもりだったんだろう。自分が順調に進んでいることを示したかっただけだと思う。柊一君は悪くないってことを頭ではわかっている。わかっているけれど……。柊一君の手書きの文字がぼやけた。
「あああああああああ」
後ろに璃子がいるのに、涙を止められなかった。自分の机に顔を埋めて泣きじゃくる。璃子に勝つために立清学園にきたのに、柊一君に自慢できるくらいの存在になるって決めていたのに、現実はウチの思い通りには進んでくれなかった。
いつもは嬉しい柊一君からの手紙が、今日だけは全然嬉しくないものだった。彼に誇らしく報告できるものがなにもないことが、こんなにもこんなにも苦しいなんて。ウチは一年生の中でさえ一番になれないことを知った。
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