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始まりの森編
第1部分 プロローグ
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どこかの世界、どこかの森にて。
「お腹空いた…………」
少女が森で暮らし始めてしばらく経つ。
限界は近かった。
もう二日、何も食べていない。
いや、二日前だって食べたのは僅かな木の実だけだった。
少女は一応、パーティに属していた冒険者だったが、あそこには戻りたくない、と心の底から思った。
かと言って、行く当てはない。
だって、少女は…………
「これがなかったら、他に出来る事、あったのかな…………?」
少女は徐に首輪を触った。
奴隷の証明。
それがある限り少女は〝ご主人様〟から逃げられない。
「なんで…………私…………こうなった…………普通に暮らしたかった…………誰かと一緒に笑いたかった…………」
少女にはもう魔力も体力もなかった。
人間とは違う尖った耳に、整った顔立ちの少女はどこかの世界の、どこかの森で死にかけていた。
――――世界と場所は変わり、カードゲーム『ミストローン』の世界大会決勝戦。
あと少しで勝てる。
何度も挑んで、未だに届いていない世界タイトル。
世界ランク1位なのに優勝経験のない『無冠の最強』なんて称号は今日で終わりにするんだ。
3勝先取戦の第5戦、2勝2敗の最終戦は最終局面だった。
「ターンエンド…………」
相手が宣言する。
現在、俺のフィールドにはモンスターがいない。
手札もない。
次に相手へターンを回せば、俺は負ける。
勝つ手段は一つしかなかった。
相手の選手もそれは分かっているはずだ。
今日が初対戦じゃない。大舞台で何度も戦ったことがある。
「ニネンマエ、オモイダシマスネ」
相手から話しかけてきた。
「ドウデスカ? ニホンゴ、ウマクナッタデショ?」
彼女は笑った。この状況で笑えるのだから凄い胆力だ。
初制覇が掛かっている俺と3連覇がかかっている彼女、比べ難い重圧の中にあるはずなのに彼女は笑った。
「カード、ドロースルノガ、コワイデスカ?」
「遅延がしたいわけじゃないんだ。デッキまで遠くに感じてね」
自分がどんな表情をしているか分からない。
「ワカリマス、ニネンマエ、ワタシ、ソウデシタ。アノトキ、ハヤテ、マッテクレマシタ。コンドハワタシ、マチマス。モウ、ジカン、イミ、アリマセン。ヒイタラ、ハヤテノカチ、ヒケナカッタラ、ワタシノカチデス」
そんな前のことを、と思ってしまった。
2年前の世界大会決勝戦で同じような状況があった。
しかし、立場は真逆だった。俺が盤面を完全に支配していて、逆転できるカードは彼女のデッキに1枚だけしかないと把握して、彼女にターンを回した。
彼女は中々、カードを引こうとしない。ジャッジが何か言いかけた時、俺の方から
「いいじゃないですか、もう時間じゃなくて、引くか引かないかでしょ。彼女のプレッシャーを考えてあげてください」
と言った。それで覚悟を決めた彼女は見事に切り札を引き当てた。世界大会を制覇したのだ。
あの時の俺の対応が結構話題になった。
「サムライ」と称賛を送る者もいれば、「甘すぎる」と笑う者たちもいた。
でも、カードゲームをやっているんだから、それ以外のところで勝っても後味が悪い気がする。
その時かけた情けが、今、返ってきた。しかも、相手は同じである。
彼女に言われて、決心した俺はデッキに手を伸ばした。
山札は後16枚。レベル⑩のモンスターはルールでデッキに一枚しか入れられない。16分の1をここで引かなければ、返しのターンで負ける。
山札からカードを引く。カードとは思えないほど、重い。動作がぎこちなくなる。
「あっ…………」
思わず声が出た。
「オメデトウゴザイマース」
彼女は全てを悟って言った。
それは俺がこのカードゲーム「ミストローン」で初めて世界タイトルを取った瞬間だった。
「ソウルポイント5000をコストに『究極竜リントヴルム』を召喚、リントヴルムの特殊能力発動、召喚成功時にコストにしたソウルポイント分、相手プレイヤーにダメージを与える。このカードの特殊能力は相手の干渉を受けない」
コストは重すぎるが、出せば、強力な俺の相棒。ここぞという時、いつも来てくれなかった相棒が今日は来てくれた。ついに来てくれた。
「コンドハ、ワタシガ、チャレンジャー。ツギハワタシ カチマスカラネ」
「またいずれ、ね。えーっと、ドイツ語だと…………」
「ダイジョウブデス、ワタシ、キキトリ、ダイタイデキマス。ハヤテノコトバ、ウケトリマシタ。マタイズレ、デス」
もう少し余韻に浸りたかったが、すぐに取材が待っていた。何を言ったか、半分覚えていない。
頭の中がフワフワしていた。
賞金と副賞の記念カード、それからトロフィーを手にした時、やっと世界タイトルを取ったことを実感できた。
初めて大会に参加した15歳から12年が経過し、俺は27歳に成っていた。
大会が終わり、取材を受け、それも終わると俺はやっとホテルに帰ってきた。
酒とつまみを買って、細やかな一人祝勝会を開始する。
「優勝賞金は二億円か。それ以上にうれしいのは副賞で貰えた世界で一枚のカードだ」
大会で貰えるのは公式対戦では使用できない特殊なカードだ。
しかも、俺が貰ったのは大会優勝者にしか配られない世界で唯一のカード、そのカードを見るとニヤニヤが止まらない。
「二億の半分は税金で持っていかれるのが、納得いかないけど、それだって1億円。なんだって出来るぞ。まずはどうする? 高額カードを買って、高級デッキを作るか? いやいや、そんなの数十万円、高くても100万程度で出来る。一億からしたら、はした金だよな。家を買うか? それとも車?」
などと初めははしゃいでいたが、急に空しくなった。
「でも、どうせ、俺一人だし…………」
友達がいないわけじゃない。一緒にカードゲームをする奴はいるし、ネットで配信を行っている時に見に来てくれるリスナーはいる。SNSだって、かなりの人数が見てくれている。その証拠に優勝が決まってから、SNSにはお祝いのコメントは届きっぱなしだ。
しかし、本当に親しい友達と考えると誰も浮かばない。
ミストローンの本戦が開催されたヨーロッパまで一緒に来てくれる人はいなかった。
「彼女、欲しいな…………」
ふと、そんなことを呟く。それはお金で買えるものじゃない。
買えたとしても、それは違う気がする。
ずっとカードゲームしかしてこなかった。
そのカードゲームで一番になった瞬間、虚無感に襲われた。
祝勝会のつもりだったのに、悪い酔い方をし、いつの間にか寝てしまっていた。
次に気付いた時、英語で怒鳴られていた。
状況が分からない。
酒のせいで頭が痛い。
男たちの英語で「マネー」という単語を聞き取れた。
俺に銃を突き付けていた。
こいつら強盗か?
ボーっとする頭で男たちの言葉を訳す。
どうも男たちは俺の優勝賞金を目当てに強盗に入ったらしい。
こいつら馬鹿か?
億を超える大金をその場で渡すわけないだろ!?
銀行振込だ。
それを俺は伝えたが、俺の英語が下手だったのか、拒否されたと思ったのか、ヤケくそか、発砲しやがった。銃弾は俺の心臓を貫く。俺は呆気なく死んでしまった。
「お腹空いた…………」
少女が森で暮らし始めてしばらく経つ。
限界は近かった。
もう二日、何も食べていない。
いや、二日前だって食べたのは僅かな木の実だけだった。
少女は一応、パーティに属していた冒険者だったが、あそこには戻りたくない、と心の底から思った。
かと言って、行く当てはない。
だって、少女は…………
「これがなかったら、他に出来る事、あったのかな…………?」
少女は徐に首輪を触った。
奴隷の証明。
それがある限り少女は〝ご主人様〟から逃げられない。
「なんで…………私…………こうなった…………普通に暮らしたかった…………誰かと一緒に笑いたかった…………」
少女にはもう魔力も体力もなかった。
人間とは違う尖った耳に、整った顔立ちの少女はどこかの世界の、どこかの森で死にかけていた。
――――世界と場所は変わり、カードゲーム『ミストローン』の世界大会決勝戦。
あと少しで勝てる。
何度も挑んで、未だに届いていない世界タイトル。
世界ランク1位なのに優勝経験のない『無冠の最強』なんて称号は今日で終わりにするんだ。
3勝先取戦の第5戦、2勝2敗の最終戦は最終局面だった。
「ターンエンド…………」
相手が宣言する。
現在、俺のフィールドにはモンスターがいない。
手札もない。
次に相手へターンを回せば、俺は負ける。
勝つ手段は一つしかなかった。
相手の選手もそれは分かっているはずだ。
今日が初対戦じゃない。大舞台で何度も戦ったことがある。
「ニネンマエ、オモイダシマスネ」
相手から話しかけてきた。
「ドウデスカ? ニホンゴ、ウマクナッタデショ?」
彼女は笑った。この状況で笑えるのだから凄い胆力だ。
初制覇が掛かっている俺と3連覇がかかっている彼女、比べ難い重圧の中にあるはずなのに彼女は笑った。
「カード、ドロースルノガ、コワイデスカ?」
「遅延がしたいわけじゃないんだ。デッキまで遠くに感じてね」
自分がどんな表情をしているか分からない。
「ワカリマス、ニネンマエ、ワタシ、ソウデシタ。アノトキ、ハヤテ、マッテクレマシタ。コンドハワタシ、マチマス。モウ、ジカン、イミ、アリマセン。ヒイタラ、ハヤテノカチ、ヒケナカッタラ、ワタシノカチデス」
そんな前のことを、と思ってしまった。
2年前の世界大会決勝戦で同じような状況があった。
しかし、立場は真逆だった。俺が盤面を完全に支配していて、逆転できるカードは彼女のデッキに1枚だけしかないと把握して、彼女にターンを回した。
彼女は中々、カードを引こうとしない。ジャッジが何か言いかけた時、俺の方から
「いいじゃないですか、もう時間じゃなくて、引くか引かないかでしょ。彼女のプレッシャーを考えてあげてください」
と言った。それで覚悟を決めた彼女は見事に切り札を引き当てた。世界大会を制覇したのだ。
あの時の俺の対応が結構話題になった。
「サムライ」と称賛を送る者もいれば、「甘すぎる」と笑う者たちもいた。
でも、カードゲームをやっているんだから、それ以外のところで勝っても後味が悪い気がする。
その時かけた情けが、今、返ってきた。しかも、相手は同じである。
彼女に言われて、決心した俺はデッキに手を伸ばした。
山札は後16枚。レベル⑩のモンスターはルールでデッキに一枚しか入れられない。16分の1をここで引かなければ、返しのターンで負ける。
山札からカードを引く。カードとは思えないほど、重い。動作がぎこちなくなる。
「あっ…………」
思わず声が出た。
「オメデトウゴザイマース」
彼女は全てを悟って言った。
それは俺がこのカードゲーム「ミストローン」で初めて世界タイトルを取った瞬間だった。
「ソウルポイント5000をコストに『究極竜リントヴルム』を召喚、リントヴルムの特殊能力発動、召喚成功時にコストにしたソウルポイント分、相手プレイヤーにダメージを与える。このカードの特殊能力は相手の干渉を受けない」
コストは重すぎるが、出せば、強力な俺の相棒。ここぞという時、いつも来てくれなかった相棒が今日は来てくれた。ついに来てくれた。
「コンドハ、ワタシガ、チャレンジャー。ツギハワタシ カチマスカラネ」
「またいずれ、ね。えーっと、ドイツ語だと…………」
「ダイジョウブデス、ワタシ、キキトリ、ダイタイデキマス。ハヤテノコトバ、ウケトリマシタ。マタイズレ、デス」
もう少し余韻に浸りたかったが、すぐに取材が待っていた。何を言ったか、半分覚えていない。
頭の中がフワフワしていた。
賞金と副賞の記念カード、それからトロフィーを手にした時、やっと世界タイトルを取ったことを実感できた。
初めて大会に参加した15歳から12年が経過し、俺は27歳に成っていた。
大会が終わり、取材を受け、それも終わると俺はやっとホテルに帰ってきた。
酒とつまみを買って、細やかな一人祝勝会を開始する。
「優勝賞金は二億円か。それ以上にうれしいのは副賞で貰えた世界で一枚のカードだ」
大会で貰えるのは公式対戦では使用できない特殊なカードだ。
しかも、俺が貰ったのは大会優勝者にしか配られない世界で唯一のカード、そのカードを見るとニヤニヤが止まらない。
「二億の半分は税金で持っていかれるのが、納得いかないけど、それだって1億円。なんだって出来るぞ。まずはどうする? 高額カードを買って、高級デッキを作るか? いやいや、そんなの数十万円、高くても100万程度で出来る。一億からしたら、はした金だよな。家を買うか? それとも車?」
などと初めははしゃいでいたが、急に空しくなった。
「でも、どうせ、俺一人だし…………」
友達がいないわけじゃない。一緒にカードゲームをする奴はいるし、ネットで配信を行っている時に見に来てくれるリスナーはいる。SNSだって、かなりの人数が見てくれている。その証拠に優勝が決まってから、SNSにはお祝いのコメントは届きっぱなしだ。
しかし、本当に親しい友達と考えると誰も浮かばない。
ミストローンの本戦が開催されたヨーロッパまで一緒に来てくれる人はいなかった。
「彼女、欲しいな…………」
ふと、そんなことを呟く。それはお金で買えるものじゃない。
買えたとしても、それは違う気がする。
ずっとカードゲームしかしてこなかった。
そのカードゲームで一番になった瞬間、虚無感に襲われた。
祝勝会のつもりだったのに、悪い酔い方をし、いつの間にか寝てしまっていた。
次に気付いた時、英語で怒鳴られていた。
状況が分からない。
酒のせいで頭が痛い。
男たちの英語で「マネー」という単語を聞き取れた。
俺に銃を突き付けていた。
こいつら強盗か?
ボーっとする頭で男たちの言葉を訳す。
どうも男たちは俺の優勝賞金を目当てに強盗に入ったらしい。
こいつら馬鹿か?
億を超える大金をその場で渡すわけないだろ!?
銀行振込だ。
それを俺は伝えたが、俺の英語が下手だったのか、拒否されたと思ったのか、ヤケくそか、発砲しやがった。銃弾は俺の心臓を貫く。俺は呆気なく死んでしまった。
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