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白き死神と赤き竜の物語〜くっつく前〜
眠れない夜の話
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『シロウ……ほら、今年も咲いた
綺麗ね……いい香り……
これはね、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の花
毎年夏が楽しみね
お母さん、この花大好きなの
ねえ、シロウ
お母さん、またシロウと一緒に
こうやってお庭でお茶したかった
……お願い……神様……シロウの心を返して……』
真っ暗な世界の中で響くのは、女性の哀しみに満ちた震える声。
次いで視界を満たすのは、まるで世界の終わりのような情景。
空にぽっかりと開いた黒い穴
噴き出す赤黒い闇
圧倒的な悪意の塊が体の中心を貫き、思考の全てが飢えと憎しみに満ちる
一斉にこちらを振り向いた『同じ顔をした数百人の兄弟』が蒸発するように消えてゆく
そんな夢を時折見ることがあり、僕はまともに熟睡することができない。
今まではそんな時、昔から僕の保護者で居てくれるヴァイスさんがそばについて落ち着かせてくれていた。
しばらくは見なくなっていたが、今夜は久しぶりにその夢を見てしまった僕は、汗でびしょ濡れになった寝巻きを脱ぎ、部屋に備え付けのシャワーを浴びることにした。
冒険者の宿は見た目よりも内部の構造が広く、一つの部屋にそれぞれ大体必要なものが全て揃っていて便利だ。
冷たい水を頭からかぶって、瞼の裏に焼きついた光景と凄まじい音を振り払う。
しかし、しばらくしても記憶にこびり付いた闇は一向に薄まることはなく、諦めて汗を流すだけにとどめ、浴室を出て新しい寝巻きに着替え、部屋を後にした。
レオンに会いたい。
寝てるかもしれないけど、今どうしても彼に会いたい。
何故かそう思って、隣の部屋の扉をノックする。
ガチャリと扉が開くと、パンツ一丁で真っ赤な髪が寝癖だらけなのも気にせず頭をかきながら出てきた長身の逞しい男。
僕の姿を見るや、目を見開いてその辺に放ってあった寝巻きのズボンを引っ張り出して急いで穿いて僕を部屋に招き入れてくれた。
「シロ、どうした?真っ青だぞ!?」
「ごめん、寝てた?」
「寝てたけど、気にしなくていいぜ。それより何があったんだ?」
ベッドに腰掛けるよう勧めてくれたのでお言葉に甘えて座ると、隣にピッタリと寄り添うようにレオンも腰掛けて気にかけてくれた。
決まった夢を見てしまうこと、それで眠れなくなってしまう事を話すと、不意にレオンは僕の肩を抱いた。
彼の高めの体温が、触れている部分から伝わってきて、冷え切った体と気持ちが一気に緩んでいくような気がする。
「体もめっちゃ冷たくなってんじゃねーか!ちょっと待ってろよ、ホットミルクでも入れてやるから」
一度僕をギュッと抱きしめて自分の熱を分け与えるようにしてから、レオンがベッドから立ちあがろうとするが、無意識に彼の腕を掴んでしまった。
離れたくなかった。
「シ、シロ??」
「もうちょっとだけ、行かないで……ごめん……」
「謝んなって。もちろんいいぜ。……何も着てなくて悪いけど……」
むしろ彼の体温がより感じられて、彼の匂いも強く感じて安心するから……と言いたいが流石に引かれるような気がしたので押し黙っていると、レオンは再び座り直して僕をギュッと抱きしめた。
お日様の匂いに似てる、でもどこか甘いような彼の匂いがたまらなく好きだと思った。
彼の胸元に顔を埋めて目を閉じると、もう先ほどのような光景が見えなくなっていた。
「嫌な夢見たら、いつでも俺のとこ来いよ。泊まってってもいいからな」
「うん」
「用がなくたって俺のとこに来いよ。シロならいつだって大歓迎だからな」
「うん」
「俺、汗臭くねェか?大丈夫か?」
「ううん、いい匂い」
「そうか……本当か?……へへ」
レオンが何故か嬉しそうに笑った。
彼にとって匂いは何か特別な意味を持っているのだろうか?
そんなことを考えながら、暖かさといい香りに包まれながら目を閉じて、ようやく僕は再び眠りにつくことができたのだった。
………
竜族は生涯を契る番を持つ生き物だ。
そして番を迎えるためにお互いの匂いを確かめ合う習性を持つ。
番になるに相応しい相手の匂いは好ましく良い香りだと感じるという。
竜は古くから他種族との交わりがあり、異種族の番を持つ者も居る。
半竜である俺も、どうやらそういう本能があるらしく、シロにはじめて会った時、どこの誰よりもいい香りがした。
だから惚れたというだけでは無いが、俺にとって天地がひっくり返っても、シロ以外に番うことは絶対に無いと本能的に思った。
俺の香りが好ましいと感じるということは、俺と似た感情をシロは俺に対して抱いていることに他ならない。
竜は執念深く、番を生涯に渡って愛し続ける生き物だ。
まだ気持ちを伝える勇気は無いが、改めて俺はシロを絶対に離さないと心に決めた。
いつか彼の全てのしがらみを取り除く力になれれば。
そのためにもっと強くならねば。
俺の胸で寝息を立て始めた愛しい人を抱き上げてベッドに寝かせてやり、隣に寝転んでしっかりとシロを抱きしめながら俺も眠りについたのだった。
今回の報酬:確実な一歩
綺麗ね……いい香り……
これはね、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の花
毎年夏が楽しみね
お母さん、この花大好きなの
ねえ、シロウ
お母さん、またシロウと一緒に
こうやってお庭でお茶したかった
……お願い……神様……シロウの心を返して……』
真っ暗な世界の中で響くのは、女性の哀しみに満ちた震える声。
次いで視界を満たすのは、まるで世界の終わりのような情景。
空にぽっかりと開いた黒い穴
噴き出す赤黒い闇
圧倒的な悪意の塊が体の中心を貫き、思考の全てが飢えと憎しみに満ちる
一斉にこちらを振り向いた『同じ顔をした数百人の兄弟』が蒸発するように消えてゆく
そんな夢を時折見ることがあり、僕はまともに熟睡することができない。
今まではそんな時、昔から僕の保護者で居てくれるヴァイスさんがそばについて落ち着かせてくれていた。
しばらくは見なくなっていたが、今夜は久しぶりにその夢を見てしまった僕は、汗でびしょ濡れになった寝巻きを脱ぎ、部屋に備え付けのシャワーを浴びることにした。
冒険者の宿は見た目よりも内部の構造が広く、一つの部屋にそれぞれ大体必要なものが全て揃っていて便利だ。
冷たい水を頭からかぶって、瞼の裏に焼きついた光景と凄まじい音を振り払う。
しかし、しばらくしても記憶にこびり付いた闇は一向に薄まることはなく、諦めて汗を流すだけにとどめ、浴室を出て新しい寝巻きに着替え、部屋を後にした。
レオンに会いたい。
寝てるかもしれないけど、今どうしても彼に会いたい。
何故かそう思って、隣の部屋の扉をノックする。
ガチャリと扉が開くと、パンツ一丁で真っ赤な髪が寝癖だらけなのも気にせず頭をかきながら出てきた長身の逞しい男。
僕の姿を見るや、目を見開いてその辺に放ってあった寝巻きのズボンを引っ張り出して急いで穿いて僕を部屋に招き入れてくれた。
「シロ、どうした?真っ青だぞ!?」
「ごめん、寝てた?」
「寝てたけど、気にしなくていいぜ。それより何があったんだ?」
ベッドに腰掛けるよう勧めてくれたのでお言葉に甘えて座ると、隣にピッタリと寄り添うようにレオンも腰掛けて気にかけてくれた。
決まった夢を見てしまうこと、それで眠れなくなってしまう事を話すと、不意にレオンは僕の肩を抱いた。
彼の高めの体温が、触れている部分から伝わってきて、冷え切った体と気持ちが一気に緩んでいくような気がする。
「体もめっちゃ冷たくなってんじゃねーか!ちょっと待ってろよ、ホットミルクでも入れてやるから」
一度僕をギュッと抱きしめて自分の熱を分け与えるようにしてから、レオンがベッドから立ちあがろうとするが、無意識に彼の腕を掴んでしまった。
離れたくなかった。
「シ、シロ??」
「もうちょっとだけ、行かないで……ごめん……」
「謝んなって。もちろんいいぜ。……何も着てなくて悪いけど……」
むしろ彼の体温がより感じられて、彼の匂いも強く感じて安心するから……と言いたいが流石に引かれるような気がしたので押し黙っていると、レオンは再び座り直して僕をギュッと抱きしめた。
お日様の匂いに似てる、でもどこか甘いような彼の匂いがたまらなく好きだと思った。
彼の胸元に顔を埋めて目を閉じると、もう先ほどのような光景が見えなくなっていた。
「嫌な夢見たら、いつでも俺のとこ来いよ。泊まってってもいいからな」
「うん」
「用がなくたって俺のとこに来いよ。シロならいつだって大歓迎だからな」
「うん」
「俺、汗臭くねェか?大丈夫か?」
「ううん、いい匂い」
「そうか……本当か?……へへ」
レオンが何故か嬉しそうに笑った。
彼にとって匂いは何か特別な意味を持っているのだろうか?
そんなことを考えながら、暖かさといい香りに包まれながら目を閉じて、ようやく僕は再び眠りにつくことができたのだった。
………
竜族は生涯を契る番を持つ生き物だ。
そして番を迎えるためにお互いの匂いを確かめ合う習性を持つ。
番になるに相応しい相手の匂いは好ましく良い香りだと感じるという。
竜は古くから他種族との交わりがあり、異種族の番を持つ者も居る。
半竜である俺も、どうやらそういう本能があるらしく、シロにはじめて会った時、どこの誰よりもいい香りがした。
だから惚れたというだけでは無いが、俺にとって天地がひっくり返っても、シロ以外に番うことは絶対に無いと本能的に思った。
俺の香りが好ましいと感じるということは、俺と似た感情をシロは俺に対して抱いていることに他ならない。
竜は執念深く、番を生涯に渡って愛し続ける生き物だ。
まだ気持ちを伝える勇気は無いが、改めて俺はシロを絶対に離さないと心に決めた。
いつか彼の全てのしがらみを取り除く力になれれば。
そのためにもっと強くならねば。
俺の胸で寝息を立て始めた愛しい人を抱き上げてベッドに寝かせてやり、隣に寝転んでしっかりとシロを抱きしめながら俺も眠りについたのだった。
今回の報酬:確実な一歩
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