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14.

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「今日も疲れた…」

菖蒲の畑仕事を手伝う様になってから
一週間が経った

相変わらず朝早くて眠いし、
毎日くたくたに疲れるけど…


手に付いた泥を払いながら
家のテラスに腰掛け、遠くを眺めてみる

丁度夕日が沈もうとしていて、
木々の隙間からオレンジ色の光が漏れていた

眩しさに瞳を細める

「…こんな、綺麗な世界もあったんだな」


「癒やされるでしょ?」

菖蒲が微笑みながら
飲み物を渡してくる

「ああ…そうかもしれない」

「都会は人ばかりだからね、遠くを見る事も忘れちゃうんだよ」

「街中で遠くなんか見てたら、擦れ違う人にぶつかるしな」

「ふふっ…そうだね」


毎日毎日

擦れ違う人の多さに苛々して
たまに起きる小さないさかいにうんざりして

俺は下ばかり見て歩いていた

顔を上げる事なんて、ずっと忘れていた


「余裕なかったんだなぁ、俺…」

「君は、人の話し声とか感情に
敏感な方でしょう?」

「ああ、だから人が苛々してるの見ると すぐ俺も苛々しちまうんだよな。好き放題 周りにストレス振りまく事で、他人にも苛つかせてるって事、本人は気付いてないんだろうな」

「自分の事しか考えられないからこそ、ストレスを振りまけるんじゃない?」

「…皆余裕ないのかもな」

「都会での時間の流れは早いからね。そこが都会の悪い所」

「だよなぁ…」


役に立つかも分からない大学なんか辞めて、
このまま ここに居た方がずっと良さそうだ

…なんて、楽観的に考える余裕が
俺にも出来たって事なのかな

ここに来て、自分でも驚く程
心が澄んでいる


というか俺、家出して来て
まだ親に何も連絡してないんだよな…

スマホも充電切れのまま、
何日も放って置いたままだ


「…あー、菖蒲
スマホの充電器持ってる?」

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