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プロローグ

【05】人の妹で妄想して楽しんでいただけじゃないよね?

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「えー違うんですか!」
「そりゃそうでしょ。何が楽しくて、自分の妹をモデルにした気持ち悪い妄想癖を見させられなきゃいけないの」

 生徒会室の騒動から三日、僕は出版社で藤原さんと新しい企画の打ち合わせをしていたのだったが、そこですぐに問題は起こった。

 僕が自信満々に出した『女帝の幼馴染と広い屋敷で一緒に暮らしてみた!』が、僕の予想とは裏腹に藤原さんの逆鱗に触れたのである。この小説は藤原 尊をモデルにした、女帝の幼馴染と広い屋敷で一緒に暮らしてみた――という、タイトルそのまんまの物語であり、一番の自信のタイトルは最近流行りの動画サイトをイメージしてみた。

 僕としては、とても面白そうな内容だと思っていたのだけれど、藤原さんは自分の妹をモデルにされるのが嫌らしいし、幼馴染じゃない尊をモデルにしたところで意味がないと言ってる。

 っていうか、僕からしたら、そもそも藤原さんが妹である尊をモデルにして書いてみたらどうだということを、彼女を通して提案してくれてたのだと思ってのだが、全くもってそんな意味合いもなく、僕の勘違いだったらしい……。

 せっかく、面白い話が思いついたと思ったのにな……。

「他には? まさか、この二週間、人の妹で妄想して楽しんでいただけじゃないよね?」
「あっ……はい……。一応、ボツにした他の企画もあります……」

 普段、学校で使っているスクールバックから、新たなる紙束を会議用の机へと置いた。その紙束、これらの企画は先ほどの企画と違い、あまり自信がないし、自信がないからボツにしたのだ。

 この藤原さんという人間はとても怖い。尊の姉ということだけあって、非常に容姿は似ている――いや、尊が藤原さんに似ているという方が順番的には、正しいのだろうか。

 まぁ、その辺は、幼馴染が専門の僕にはわからない。ただ、似ているのだけは確かなのだ。尊の長い髪とは違って、ショートで短くまとめているが、それも少しだけ尊を大人にした感じ。きっと、尊もこのぐらいの年になったら、こうなってしまうのだろうかと少し残念な気持ちになる。

「なんだ、結構あるじゃない。まぁこれぐらいあれば、どんなにつまらなくても一つぐらいはどうにか……できないわね。光るものが一ミリも感じられないわ」

 たが、似ているのは見た目だけ。態度は全然、違う。藤原さんはちょっとキツいのだ。ナチュラルにキツいことを吐く。

 妹の尊に関してはナチュラルというよりかは「戦略家感」だろうか。目の前で起こっていること全てが計画通りって感じなのに、藤原さんはシンプルにニコニコしながら、嬉しそうに、さも当たり前かのように、物事を動かしてくる。こういうところが、やり手の担当編集だ。

 だから、こうやって、はっきりと「つまらないこと」は「つまらない」という。ただ、面白いこともはっきりと言ってくれる……――

 ――ことはあまりないんだよね……。それだけ僕が未熟なのかもしれないが、彼女は何事もキツかった。

「あと、一応これもあるんですけど……」
「おーまだあるじゃない。出し惜しみしないで全部ドバーッて綺麗さっぱり出しないよ」
「はい。でも、ちょっと問題もあって」
「大丈夫よ。君のつまらない小説なんて星の数ほど見てきているから、心配する必要はないわ」
「そ、そうですね。なら、遠慮なく出させていただきます」

 僕はそんなサイコパスな藤原さんに負けじと、蓄えていた最終兵器を取り出すことにした。基本的に、藤原さんは厳しい人だが、決して人の話を聞く前から否定することは絶対にしない。そこだけは彼女を信頼しているし、感謝もしている。だからこそ、こんな幼馴染バカでも一緒にやっていくことができているのだろうと思う。

「はい、ありがとう。えーっとなになに、タイトルは、『僕の幼馴染がこんなに可愛いわけが……すぅー……」

 でも、企画書を見た藤原さんの顔が一気に曇った。ちょっと、いい感じの空気に浸っていたのに、すぐにこれだ。これだから、藤原さんは嫌なんだよ。

 『僕の幼馴染がこんなに可愛いわけがない』
 勝ち気が強い幼馴染が「実はオタク」という秘密を知ってしまってから、不仲なだった幼馴染に触れ回されるラブコメだ。これも先ほどと同様、話としては非常に良いものが作れそうな予感がする。

「どうしました?」

 なのに、藤原さんはやっぱりいまいち。僕が彼女に呼びかけても、企画書を見たまま顔を横に向けるんだ。そして、ゆっくりと顔を正面へともってくると――

「いや、これ、もろパクリじゃん!」

 ――華麗なるツッコミが現れる。普通に隣の部屋も会議中なんだけど、こんな大声出して大丈夫かな、藤原さん。

「でも、心配する必要がないって……」
「パクリは話が別よ。君がそんなことをする子だなんて思わなかったわ。 啓介くん、あのね。小説のタイトルを『妹』から『幼馴染』に変えたからってそれがオリジナルになるわけじゃないよ。これは、アウト」
「いや、それだけじゃないです。『俺』を『僕』に変えました」
「一人称変えたところで何も変わらないわよ……」

 藤原さんは怒りを通り越して呆れている。だから、問題があると僕は言ったのに……。聞いてくれることは保証があっても、その後の保証はデタラメだ。

「でも、ゼロからの発想なんてないってよくいうじゃないですか。どんな画期的な発想も全部パクリだって」

 でも、僕はやっぱり言い返す。編集に何を言われても言い返せるようにならないとダメって藤原さんから教わった。どんなに屁理屈でもいいから、編集には出来るだけ言い返せって、それでこそ一人前だって。だから、僕は頭をフル回転させながら、言い返す。

「まぁね。アイデアだけなら法的にもグレー。でもよ、パクリどうこう以前に、君はそもそも不仲な幼馴染なんて書けないじゃない。君のウリは幼馴染に対する気持ち悪いぐらいの恋愛表現なのに」
 
 こんなふざけた企画書に、真剣な表付きで語る彼女の言葉通り、僕の読者は二通りいる。「ラブコメとして楽しむ者」と「コメディとして楽しむ者」だ。

 一見、同じように見えるかもしれないが、全く違う。前者は普通に物語を楽しんでくれている。しかし、後者は僕が書いてるものを楽しんでいるのだ。

 簡単に分類するなら、本屋で本を買っているのが前者で、掲示板やSNSでネタにしてるのが後者。僕にとってはどちらも大切な読者である。だから、そこはちょっと失念してたかな。反省だ。

「確かに、それは考えてませんでした。では、これもあるんですけど……『幼馴染さえいればよし。』っていう」
「それもパクリじゃない……。しかも、また妹系だし、ちょっとだけどうでもいいところ変えてるし。こんなパクってばっかいないで、もっと、オリジナルで勝負しなさいよ」

 彼女の言っていることは大体、百二十パーセントは正しいだろう。だが、僕はそのオリジナルを否定されて、今こうなってるんですよ。藤原さん。

「じゃあ、『えろまんが先生』もダメですか? 幼馴染がイラストレーターだったっていう小説なんですけど」
「いや、それもうタイトル全パクリだし、わざわざあらすじを説明してくれなくても知ってるわよ。私もこの業界で生きていっているの」

 藤原さんは割とこういうオタクジャンルには疎いところがある。そもそも、藤原さんがラノベの担当してるの僕だけだし。

「そうですね。もう、僕の知ってる妹系ないんですよね」
「なら、良かったわ……」

 藤原さんは安堵の表情を浮かべる。ツッコミに疲れたらしい。

「藤原さん、ちょっと気になったんですけど、質問いいですか?」
「なに?」

 でも、藤原さんに休みはこない。だって、僕が話しかけるから。

「どうして妹系はこんなにあるのに、姉と恋愛する話はあんまりないんですかね。幼馴染も妹系が多いですし。姉御肌なヒロインって勝てないですよね」

 僕は幼馴染ならお姉さん属性も好きだ。でも、幼馴染ってなると、お姉さん属性よりも世話焼き属性が強くなってしまう。どうしても、同い年だからっていうのはあるかもしれないが、それでも包容力がある幼馴染がいてもいいと思う。でも、やっぱり世の中は妹系が豊富だ。すぐに妹と恋愛するし、妹のことが好きになる。そこに姉はいない。

「それ、姉の私に喧嘩売ってる?」
「いや、物語の話ですから。藤原さんは素晴らしい女性だと思いますよ」

 容姿、学歴、家柄、貯金、この全てを藤原さんは持っている。女性として欠けてるのは性格だけだ。

「啓介くん、それセクハラ」
「えっすみません」
「いいわよ。他の作家さんなら許さないけど、啓介くんなら許しあげる。でも、そんな啓介くんでも、ウチの妹に手出したら許さないから」
「えっあっはい。常々気をつけて接しております」

 この前のことから目をそらしながら……。というか、手を出して、セクハラしてくるのはアナタの妹さんでは……。

 でも、普通に人を褒めただけでセクハラ扱いになるのは納得がいかない。あと何年かしたら「頭がいいね」とか「足が速いね」とかも、なんとかハラになってしまうのだろうか。それは悲しいな。僕は、尊にセクハラされて楽しかったし、褒められたら嬉しいんだけどな。

「で、どうするのよ、新企画。君にだって生活があるんだから、いくら貯金があるとはいえ、そろそろヤバいんじゃないの」
「まぁ生きていくだけなら、おかげさまで余裕がありますけど、グッズとかのお金はそこから使いたくないので、そのお金はピンチですね」

 趣味のお金にあのお金を使うのは多少なりとも罪悪感がある。特にこうやって、藤原さんや尊と一緒に過ごしているのなら、なおさら。

「じゃあ、何か書きなさいよ。もう本当の幼馴染なら、現実にいる子をモデルにしていいから」
「何言ってるんですか、そんなの僕にいたらこうはなってないですよ」

 藤原さんも頭おかしくなっちゃったかな。疲れてそうだもんな。

「いや、君の幼馴染じゃなくても、他の子の幼馴染たちの関係とか色々参考にできるものはあるでしょ」
「でも、そんなのいないってデビューする時に言ったはず……あっ、でも、いますね!」

 喋ってる途中、僕の頭はフル回転し、上杉 涼と大塚 響という存在を思い出した。学校上位のイケメンと正義を追い求める風紀委員の幼馴染、男がイケメンというのがちょっとキツいが、キャラ付け自体はバッチリなカップリングだ。

「そうでしょうね。いるのは尊から聞いてるから言ってるんだもの」
「じゃあ、最初からこうやって教えてくださいよ」
「啓介くん、現実の友達をモデルのは最終手段よ。自分の現実のことを書き並べる物語は駄作だわ。そこだけは気をつけなさい」

 藤原さんは強い目つきでそう語る。
 大体、藤原さんの言うことに間違いはない。この人はやり手の編集マンだ。性格以外は完璧、それが藤原さんなんだ。

「でも、上手い嘘には本当のことを混ぜろって――」
「――啓介くん、しつこいわよ」
「……すみません」

 ふと、怒る藤原さんを見て思ったけど、なんで藤原さんって髪短いだろう。その顔つきとか髪の色なら、尊みたく長いほうが似合うと思うのにな。髪が短いせいで怖く感じる気がする。ただでさえ、震え上がるぐらいには怖いのに、さらにもっと。

「でも、書き並べないようにモデルにするってどうすればいいんですか? そもそも、あんまり二人がいるのもそんなに見たことがないですし、片方にはなんか嫌われてるんですけど」

 上杉の話を参考にするなら、彼女とは家族ぐるみで付き合いがあって、小さい頃からずっと一緒にいたらしい。でも、そんな幼馴染の設定はありきたり。だから、特徴を押し出さないといけないわけなんだけど、そうなる、彼らの場合、「イケメン男子」と「正義を追う女子」ってことになるだろう。なら、最低限、「イケメンだったことによる障害」と「正義を追い求めるきっかけ」、これぐらいのエピソードは、彼らからほしい。

 そりゃあ、僕だって一応、プロ。彼らから聞かなくても、このぐらいのことは想像で書けないことはない。

 でも、きっと僕が出したラノベなら、少なくとも大塚は目を通す。そしたら、確実に自分たちがモデルなのだと気づくだろう。その状態で、気持ち悪い妄想を読まされるのだ。上杉は良いやつだから、何も言わないだろうけど、あの大塚だ。絶対にそういうわけにはいかない。しかも、あの藤原さんだって自分の妹をその妄想に使われて悲鳴をあげていたんだ。大塚ならなおさらなんじゃないか。

 その不安を藤原さんにぶつけると、彼女は椅子に寄りかかりながら、足を組んで赤ペンを回した。

「まぁ、その辺は任せなさいよ。こういう時のための担当編集でしょ」

 そして、ニヤニヤと音が出そうなぐらいニヤつき始める。こういう時の藤原さんはあまりよくないことを考えている時の藤原さん。言うならば、非人道的なこと。藤原さんらしい性格の悪いゲスいこと。それを考えている。そういう人なんだ、この人は……。
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