風に凪ぐ花

みん

文字の大きさ
上 下
50 / 52
魔王の卵

8

しおりを挟む

 ユナと邂逅した日。
 ライルとの距離が近づいた日。
 その日は結果として、風花の中の何かを変えてしまった。

 それは予定調和の不文律。
 風花の制御下から外れた魔力は、腕輪で再度封じてなお、風花を蝕んでいた。
 気を抜くと人間であることを捨てようとする精神。
 縛られることをより厭うことになった心。
 抗うようにそれらを抑える風花は、目に見えて不安定になった。

「最近、……どう?」

 カルネが言葉を選びながらも、視線だけで風花の様子を伺う。
 風花はその心配げな表情から逃げるようにテーブルの上のカトラリーを弄んだ。

「……んー、ちょっと、駄目、かなぁ」

 食堂に来てはいるものの、食事もままならない。
 風花の体はゆっくりと人をやめようとしていた。


 初めに現れた違和感は、食事だった。
 かつては多くを口にすると吐き戻してしまっていたが、今では口にすることさえ躊躇う。
 いや、口にすることを忘れ始めている、と言った方が正確だろうか。
 精霊が食べ物を摂取しないのと同様に、風花の体も当然のようにそれが必要な行為であることをやめた。
 それでもライルに手ずからゼリーを口に運ばれれば、風花は口を開いてしまうのだが。

「駄目なんて、言わないでよ……」
「そうだよ、それは寂しいよ、かざは……あ」

 不自然に止まったスィールの言葉が、ぞわりと背筋を撫でる。
 それは、嫌悪。
 眉を顰めた風花を見とめて、二人は気まずげに目を逸らした。

 カルネもスィールも、今では明確に風花を特定して名前を呼ぶことはない。

 食事の次に現れた違和感。
 存在が不安定になりつつある風花は、他人からの名を呼ばれることに拒否反応を示した。

(ふう)

 風花が嬉々として受け入れられる唯一の名。
 あの日ライルが付けた、二文字。

 それを意識するとふわりと心が軽くなる。
 呪縛から解き放たれたような解放感は、時として毒だ。
 ここ最近の風花は、命の危機と隣り合わせの実習中でさえ、自分が風花であることを忘れてしまう。

 本当の意味で風花が風花を保っていられるのは、唯一風花を呼ぶことのできる男との時間だけだった。

「討伐実習から帰ってきたのが昨日のお昼で……それからはずぅっと、るぅと一緒にいて……お話しして……それで~……、……?」

 それから今までのことが靄がかかったように朧げになる。

「……ほら! ご飯食べなよ~、手が止まってるよ~」

 風花はぎゅっと腕輪を握りしめて、悲しそうな二人に無理やり笑顔を向けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

英雄の帰還。その後に

亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。 低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。 「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」 5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。 ── 相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。 押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。 舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...