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魔王の卵
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しおりを挟むユナと邂逅した日。
ライルとの距離が近づいた日。
その日は結果として、風花の中の何かを変えてしまった。
それは予定調和の不文律。
風花の制御下から外れた魔力は、腕輪で再度封じてなお、風花を蝕んでいた。
気を抜くと人間であることを捨てようとする精神。
縛られることをより厭うことになった心。
抗うようにそれらを抑える風花は、目に見えて不安定になった。
「最近、……どう?」
カルネが言葉を選びながらも、視線だけで風花の様子を伺う。
風花はその心配げな表情から逃げるようにテーブルの上のカトラリーを弄んだ。
「……んー、ちょっと、駄目、かなぁ」
食堂に来てはいるものの、食事もままならない。
風花の体はゆっくりと人をやめようとしていた。
初めに現れた違和感は、食事だった。
かつては多くを口にすると吐き戻してしまっていたが、今では口にすることさえ躊躇う。
いや、口にすることを忘れ始めている、と言った方が正確だろうか。
精霊が食べ物を摂取しないのと同様に、風花の体も当然のようにそれが必要な行為であることをやめた。
それでもライルに手ずからゼリーを口に運ばれれば、風花は口を開いてしまうのだが。
「駄目なんて、言わないでよ……」
「そうだよ、それは寂しいよ、かざは……あ」
不自然に止まったスィールの言葉が、ぞわりと背筋を撫でる。
それは、嫌悪。
眉を顰めた風花を見とめて、二人は気まずげに目を逸らした。
カルネもスィールも、今では明確に風花を特定して名前を呼ぶことはない。
食事の次に現れた違和感。
存在が不安定になりつつある風花は、他人からの名を呼ばれることに拒否反応を示した。
(ふう)
風花が嬉々として受け入れられる唯一の名。
あの日ライルが付けた、二文字。
それを意識するとふわりと心が軽くなる。
呪縛から解き放たれたような解放感は、時として毒だ。
ここ最近の風花は、命の危機と隣り合わせの実習中でさえ、自分が風花であることを忘れてしまう。
本当の意味で風花が風花を保っていられるのは、唯一風花を呼ぶことのできる男との時間だけだった。
「討伐実習から帰ってきたのが昨日のお昼で……それからはずぅっと、るぅと一緒にいて……お話しして……それで~……、……?」
それから今までのことが靄がかかったように朧げになる。
「……ほら! ご飯食べなよ~、手が止まってるよ~」
風花はぎゅっと腕輪を握りしめて、悲しそうな二人に無理やり笑顔を向けた。
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