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異変
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しおりを挟む自分だけが呼べる名前。
不安定で、自分の助けを求めるように潤む瞳。
嬉しそうに微笑むその顔も、不貞腐れた顔も。
すべてが、愛おしくて。
躊躇いがちに自分に触れていた指が、遠慮なく抱きしめてくるようになったことが、堪らなく可愛い。
その実、ライルは風花について深くは知らない。
言葉の端々から、その態度から、人に慣れていないことは理解していた。
けれど、二人で過ごす時間に、穏やかな日常に、お互いの素性など必要のないものだ。
そう思ってはいるけれど。
風花が憂いを帯びる瞬間。
それは決まってこれからのことを仄めかした時だった。
ライルは、風花と共にある今に満足している。
しかし、願うならこの先も。
「……俺も臆病になったな」
この先を求めるか、否か。
心の中では決まり切った答えは、まだ形にすることが出来ないでいる。
長丁場は覚悟の上だ。
だからこそ、一つずつ、彼の憂いを払っておきたい。
「ライルー!」
背後からかけられた声に振り向くこともせず、ライルはため息を噛み殺して目下の憂いを払うべく思案した。
「ライル! 討伐に行くの?」
「……討伐実習だからな」
ライルは表面上取り繕って、並走してきた少年の問いに応えた。
眩い金髪を首元で切り揃えた美少年。
青い瞳が、長いまつ毛に縁取られた大きな目から零れ落ちそうになっている。
自分の肩ほどまでしかない身長で、上目遣いで自分を覗き込んでくるその顔は、傍からみれば光の妖精に見えなくはない。
しかし、その見た目とは正反対の気質を持った人物だと、ライルは嫌というほど知っている。
ユナ=マイセル。
自分に好意を寄せるこの少年こそが、現時点での一番の憂いであった。
「なあ~俺も一緒のチームで戦いたい~!」
「……それは無理だ。すでにチームは割り振られている」
繰り広げられる我儘を、最短の回答で退ける。
昨年度から幾度となく頭を悩ませてきたそれの対処。
ライルは歩くペースを早めてユナを振り切りにかかった。
「なんでそんなこと言うんだよぉ~ライルだって俺と一緒にいたいだろ?」
何の疑念なしにかけられた問いに、ライルは思わず足を止めてしまった。
一緒にいたい?
それを願うのは、ただ、一人だけだ。
「お前じゃない」
「……え?」
口から出た言葉は、ライルが思う以上に棘を帯びていた。
「俺が一緒にいたいと思うのは、お前じゃない」
どんなにはぐらかしても、これだけは嘘をつけなかった。
「……なんでだよ」
ユナが小さく口の中で呟いた言葉を無視して、ライルは目的地へと足を進めた。
ユナが追ってくる様子はない。
集合時間にも間に合うだろう。
だが、突然の地鳴りにライルはその場に足止めを食らうこととなった。
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