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過去との邂逅
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しおりを挟む初めて漆黒の鎧を纏った時のことを、今でも覚えている。
着慣れぬ鎧と、自分を覆い隠す仮面。
国王は言った。
その仮面は、相手の最期を映す。
それを見て更に恐怖した相手を、お前は背負って咲くのだ。
散りゆく、その日まで。
冬のことだった。
夜の帳が、何もかもを覆い尽くす。
風花は、ハイエンナール家の裏門を飛び越え、真っ直ぐに当主の書斎を目指した。
光の漏れる二階の窓。
子どもの背丈では、その灯りは遥かに頭上だ。
風花は強化の魔術を行使して、身体を大人へと変化させた。
少しだけ近付いた窓には格子状に鉄枠がはまっている。
足元に風を集めて宙に浮き、風花は部屋の様子を伺った。
背を向けて椅子に座る男の頭が見えていた。
一人だ。
転移の魔術を行使して、風花は部屋の中に降り立った。
「な、誰そ!」
当然現れた侵入者に、男は狼狽していた。
男の名は氷垣(ヒガキ)=コントゥ=ハイエンナール。ハイエンナール家現当主その人であった。
「がっ……」
風花は指先を一振りして、氷垣の声を封じた。
造作もない。
風花は、これから自分が殺す男を見つめた。
風花に氷垣を殺すよう命じたのは国王であった。
男を一人殺してこい、ただ、それだけの任務だ。
この男が国王にとって、国にとって何をしたのか、何をしようとしているのか風花は知らない。
知らずとも良い。知る気もなかった。
風花が人間を認識したのは国王と姉が初めてだ。この男は三人目に当たる。
風花が人間というものに感情を抱くには少なすぎる数だった。
この男を殺すことに何のためらいもない。
風花には、国王の名に従う謂れもなかったが、逆らう名目もなかった。
ただ、それだけのこと。
誰のために殺すのかなどどうでもいい。ただ、風花は今世に生きていたかった。それだけだ。
目の前の氷垣は喉を押さえ、椅子を巻き込んで腰を抜かして床に倒れた。
足を使って後ろに下がろうとする姿は酷く滑稽だ。
一歩一歩ゆっくりと風花の靴音が響く。
氷垣は恐怖に歪んだ顔で風花を見上げた。
驚愕?
疑念?
後悔?
哀願?
憎悪?
その顔に浮かんでいるのは一体何?
氷垣を殺せば、その感情の一片でも、感じることが出来るだろうか。
風花はすっと人指し指を宙に差し出した。指先に風を集める。
風は渦巻いて丸く形を作り、指先と同じくらいの大きさの塊となった。
氷垣の目が様々な感情で見開かれる。
風花に向けて伸ばした手が、必死に何かを掴もうと空を切った。
風花は風で出来た刃の渦を、氷垣の開いた口にひょいと投げ込んだ。
刃は氷垣の体の中で暴れ回り、氷垣の体を内側だけを静かに切り裂く。
痙攣する体。
氷垣は口から静かに血を吐いて事切れた。
その腕は、もう、何も掴めない。
他愛もなかった。
人の命とは、こんなにも簡単なものなのか。
風花は何の感情もなく、一つため息を吐いた。
風花はその時初めて、“裏切られた”気持ちを味わった。
「ちちうえ……?」
背後の扉が唐突に開く。
現れたのは銀髪の少年だった。
少年は父親の机の前に立つ見知らぬ鎧を不審な目で見つめ、床で事切れる父親を目に収めた。
「父上!」
揺れる銀髪がすっと風花の横を通り抜ける。
倒れ臥す父親を腕に抱き、少年は風花を呆然と見上げた。
「な、んで……?」
風花の仮面の鏡面に、父親とよく似た顔が反射した。
悲哀に満ちた顔が憎悪に染まる。
風花の頭に、憐れみの感情がよぎる。
この少年が、父親の死の真相に気がつくときは来るのだろうか。
少年の頬に涙が伝った、
風花は理解した。
本当の意味で背負うのは、氷垣ではなく、この少年であると。
少年の嗚咽だけが響く部屋。
その悲哀を背負って、風花は空間から離脱した。
当時十六歳だった少年の名は、木咲(キサキ)=ユリシス=ハイエンナール。
現在の風花が見つめるチーム分け表の、風花の担当魔騎士であった。
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