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潜入と出会い
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「俺は仲良くなりたい! って! 思ってるよ!」
次の日、教室を訪れた風花を待っていたのは、意外な言葉だった。
風花はいつもと同じように最前列の窓際に着席した。
席は決まっているわけではないが、いつのまにかそこに風花がいることを定着させてしまった。
特に何の感慨もなく窓の外を見つめる。風の精霊が漂い、光の精霊が輝いている。遠くに見える池にいる水の精霊と目が合い、そっとお辞儀された。
いつもの何の変哲もない光景だ。
風花は一限目の薬学の教科書をカバンから取り出して机に置いた。
その時だった。
「あの!」
風花は精霊に話しかけられたと思って窓の外を見たが、近くに精霊はいなかった。
教室側に目を向けると、やたら凸凹の男女が二人。
座っている風花の遥か頭上で揺れる緑がかった灰色のポニーテール。
スカートから伸びる足はこれでもかと言うほどに長い。
形良く吊り上がった細い眉と、くっきりとした大きな目がアンバランスだ。
きゅっと引き結ばれた唇が、彼女の緊張を物語っている。
だが、声をかけたのはこの少女ではない。
少女の腰の後ろに、隠れるようにしてもう一人。
襟足だけ長く伸ばした赤毛が顔を出しては引っ込んでいる。
何か言いたげに口を開閉しているが、リスのように大きな前歯が見え隠れするだけで、言葉を紡ぐには至っていない。
それでも先ほど風花に声をかけたのはこちらの少年だ。
風花は順番に視線を巡らせた。
「なに……?」
「えっ、あのっ」
少年は風花に問いかけられて動揺したのか、少女のスカートを皺になりそうなほど握りしめた。
「え、ちょ、やめて! パンツ見える!」
「あ、わわ! ごめん!」
少女が咎めると少年はぱっと手を話した。
結局何が言いたいのかわからない。
風花はもう一度視線を窓の外に戻しかけた。
「あ! 待って! あの、言いたいことがあるの!」
引き止めたのは少女だ。
風花が再び顔を向けると、二人の強い視線とぶつかった。
拒否? 拒絶? 警告?
昨日のこともあって、風花の中には否定的な想像がよぎっては消えた。
わざわざそんなことを言うために?
しかし、目を伏せかけた風花の頭上に降って来たのは、そんな言葉ではなかった。
「昨日のあれ、尊敬した!」
「……は?」
思わず顔を上げると少年のキラキラした顔が目に入った。
尊敬した?
「あの教師にちょっとムカついてたの。吹っ飛ばしたときすかっとしたわ!」
「えっ?えっ?」
今度は風花が動揺する番だった。
化け物だと罵られるものとばかり思っていたのに、好意的に思われているような言い回しだ。
何が起きている?
「本気でこいって言われて、本気で叩きのめしたでしょ? あの教師のプライドずたずたになったはずだわ」
「俺は、純粋にすごいと思う!」
「一応、不慮の事故みたいな感じだったから、落ち込んでるんじゃないかと思って声かけたんだけど」
「……そんなことで、声かけたの?」
事実風花は落ち込んだ。
入学そうそうにしくじったと思ったのだ。
目立たぬよう心がけたのに、あんなざまで、目立ってしまったが故に色々とまた失ったと、そう、思って。
「いつも、つまらなさそうに外見てたから、話しかけちゃいけないと思ってたんだけど……」
「あれを見て、私たち友だちになれると思ったの!」
「とも、だち……?」
ともだち? トモダチ? 友……だち?
「俺は仲良くなりたい!って!思ってるよ!」
「……そんな、の……」
許されるの?
こんな俺に?
そんなこと、許されるの?
お前は何かを求めているんじゃないのか?
あの人の声が頭に響いた。
「……いい、の?」
俺は、求めてもいいの?
「うん! 友だち! ねっ!」
「私はカルネ! ちびはスィールだよ」
「ちびじゃない! でか女!」
風花の周りの空気がすっと変わった。
心が溶け出していくような、不思議な感覚に包まれる。
風花は一度うなづくように下を向いて、正面の二人を見つめた。
「……ありがとぉー」
それは、花が綻ぶような笑みだった。
そして、事の成り行きを見守っていた同じ隊の面々が、いろんな意味で風花を守らなくてはと思った瞬間だった。
次の日、教室を訪れた風花を待っていたのは、意外な言葉だった。
風花はいつもと同じように最前列の窓際に着席した。
席は決まっているわけではないが、いつのまにかそこに風花がいることを定着させてしまった。
特に何の感慨もなく窓の外を見つめる。風の精霊が漂い、光の精霊が輝いている。遠くに見える池にいる水の精霊と目が合い、そっとお辞儀された。
いつもの何の変哲もない光景だ。
風花は一限目の薬学の教科書をカバンから取り出して机に置いた。
その時だった。
「あの!」
風花は精霊に話しかけられたと思って窓の外を見たが、近くに精霊はいなかった。
教室側に目を向けると、やたら凸凹の男女が二人。
座っている風花の遥か頭上で揺れる緑がかった灰色のポニーテール。
スカートから伸びる足はこれでもかと言うほどに長い。
形良く吊り上がった細い眉と、くっきりとした大きな目がアンバランスだ。
きゅっと引き結ばれた唇が、彼女の緊張を物語っている。
だが、声をかけたのはこの少女ではない。
少女の腰の後ろに、隠れるようにしてもう一人。
襟足だけ長く伸ばした赤毛が顔を出しては引っ込んでいる。
何か言いたげに口を開閉しているが、リスのように大きな前歯が見え隠れするだけで、言葉を紡ぐには至っていない。
それでも先ほど風花に声をかけたのはこちらの少年だ。
風花は順番に視線を巡らせた。
「なに……?」
「えっ、あのっ」
少年は風花に問いかけられて動揺したのか、少女のスカートを皺になりそうなほど握りしめた。
「え、ちょ、やめて! パンツ見える!」
「あ、わわ! ごめん!」
少女が咎めると少年はぱっと手を話した。
結局何が言いたいのかわからない。
風花はもう一度視線を窓の外に戻しかけた。
「あ! 待って! あの、言いたいことがあるの!」
引き止めたのは少女だ。
風花が再び顔を向けると、二人の強い視線とぶつかった。
拒否? 拒絶? 警告?
昨日のこともあって、風花の中には否定的な想像がよぎっては消えた。
わざわざそんなことを言うために?
しかし、目を伏せかけた風花の頭上に降って来たのは、そんな言葉ではなかった。
「昨日のあれ、尊敬した!」
「……は?」
思わず顔を上げると少年のキラキラした顔が目に入った。
尊敬した?
「あの教師にちょっとムカついてたの。吹っ飛ばしたときすかっとしたわ!」
「えっ?えっ?」
今度は風花が動揺する番だった。
化け物だと罵られるものとばかり思っていたのに、好意的に思われているような言い回しだ。
何が起きている?
「本気でこいって言われて、本気で叩きのめしたでしょ? あの教師のプライドずたずたになったはずだわ」
「俺は、純粋にすごいと思う!」
「一応、不慮の事故みたいな感じだったから、落ち込んでるんじゃないかと思って声かけたんだけど」
「……そんなことで、声かけたの?」
事実風花は落ち込んだ。
入学そうそうにしくじったと思ったのだ。
目立たぬよう心がけたのに、あんなざまで、目立ってしまったが故に色々とまた失ったと、そう、思って。
「いつも、つまらなさそうに外見てたから、話しかけちゃいけないと思ってたんだけど……」
「あれを見て、私たち友だちになれると思ったの!」
「とも、だち……?」
ともだち? トモダチ? 友……だち?
「俺は仲良くなりたい!って!思ってるよ!」
「……そんな、の……」
許されるの?
こんな俺に?
そんなこと、許されるの?
お前は何かを求めているんじゃないのか?
あの人の声が頭に響いた。
「……いい、の?」
俺は、求めてもいいの?
「うん! 友だち! ねっ!」
「私はカルネ! ちびはスィールだよ」
「ちびじゃない! でか女!」
風花の周りの空気がすっと変わった。
心が溶け出していくような、不思議な感覚に包まれる。
風花は一度うなづくように下を向いて、正面の二人を見つめた。
「……ありがとぉー」
それは、花が綻ぶような笑みだった。
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