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潜入と出会い
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しおりを挟む「どうして顔を隠す?」
場所を寮の裏手から奥まった木陰に移したところで、男は開口一番疑問を口にした。
現在の風花は、以前部屋を出た時とと同じように学生服の上からフード付きの上着を羽織っている。
そのまま窓を降りようとした風花だったが、思い直して一度クローゼットへと飛んでいた。
先日顔を隠して出会ったのだから、このまま素顔を知らさぬ方が良いだろうと判断したためだ。
そのまま伝えると、男は背を向けて肩を揺らした。
笑っているのだ。
「お前、気付いてなかったのか……だからさっきもカーテンに隠れたんだな?」
「へ?」
「俺の上に落ちてきた精霊は、茶色い髪に、茶色い瞳の慌てん坊だったよ」
数瞬の間を空けて意味を理解した風花はフードで隠しきれていない首元まで真っ赤になった。
見られていないつもりで全部見られていたのだ!
風花は拳で口元を覆いながら、諦めてフードを外した。
色素の薄い髪に、同じ色の瞳。怜悧な顔立ちの薄れた桃色に染まった頬をさらして、風花は男の足元にぺたんと座った。
「せ、精霊じゃないもん……」
「ふっ……ああ、そうだな」
男はくすくすと笑いながら、風花の横に腰を下ろした。
「…………」
「…………」
風花も男も、そのまましばらく何も言葉にしなかった。
最初に口を開いたのは男の方だ。
「初学年の制服だな。ここでの生活は慣れたか?」
「……制服でわかるの?」
「初学年の制服のラインは臙脂色だ」
そう言われてみれば、風花の制服の縁取りと男の制服の縁取りは色が違った。
「緑は何学年?」
「俺は二学年だ。最高学年は黄色」
男は袖を一周した緑の縁取りを指でなぞった。
風花はふうん、と相槌を打つと、また口を閉ざす。
風花は人知れず戦っていた。
男の素養が心地良すぎて、意識を持っていかれそうになる。
「どうした」
「……別にぃ」
「嫌なことでもあったか?」
風花は抱えた膝に顔を埋めた。
学園に来てから自分のペースが維持できない。
風花はこの環境に順応出来ない自分が嫌だった。
それと同じくらい、順応してしまった後の自分を想像するのも怖い。
学園も、生徒も教師も、嫌ではない。風花は、自分で選んだ先であるのに後悔しそうになる自分が嫌だった。
「……嫌になるのは、求めるからだ」
「求める?」
風花は何も求めてはいない。
求める前に、全て諦めた。
両親の愛も、普通の生活も、自分の先も。
「強くなりたい。弱い自分が嫌だ。偉くなりたい。見下されるのが嫌だ。誰かと仲良くなりたい。嫌われるのが嫌だ。……根幹は全部求めることだ。求めることは、現状に満足していない証。お前は何かを求めているんじゃないのか?」
風花は、はっとして男を見上げた。
男の瞳が風花を見ている。
風花は、誰かに求められる自分になりたかった。ただそれを、ただそれだけを求めていた。
「そう考えると嫌という感情も、悪いものではないだろう?」
「……そうだね」
風花はここに来て初めて微笑んだ。
男も風花にそっと微笑み返した。
「……ねぇ。なんで俺を呼んだの?」
会ったのなんて、一瞬じゃないか。
「……なんでだろうな。でも、会わなくてはならないと思った。それ以上に、会いたいと思った」
心臓を縛られたかと思った。
自分の身体が、魔力でほてる。
「……へんなの」
風花は再び膝に顔を埋めた。
男の手のひらが風花の髪をそっと撫でる。
フードを外して良かった。
風花は一時だけ、この男の素養をじっと堪能した。
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