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潜入と出会い
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しおりを挟む「驚いた。精霊が落ちてきたかと思った」
風花は自分の下で笑顔を浮かべる男を、呆然とした気持ちで見つめていた。
どうしてこうなった。
時は少し前に遡る。
荷ほどきは簡単に終わった。
もとより風花の所有物は少ない。私服が数着と、魔騎士団の鎧が正装、略式で二着。それとタオル数枚と洗面用具で終わりだった。
趣味もなければ、こだわりもない。半刻ほどで終わった作業に、風花はつまらぬ人生だな、と独りごちた。
窓の外は夕刻に差し掛かったばかりだ。春の気候はまだ宵を連れては来ない。
風花は、巡視を兼ねて学園の探索をすることに決めた。
少ない私服からフード付きの上着を手にする。
万が一人に出会った時の対策であった。
名もなき風の低位精霊に頼み、フードが外れぬようそこだけ風圧を変える。
窓を開け、部屋の外に足を投げ出すように腰かけた。
寮の裏手は林らしい。新芽の目立つ木々が茂っていた。
「お願いねー」
外に漂う精霊に、誰とも言わず声をかける。
次の瞬間風花は窓の外に飛び出した。
宙を舞い、草の地面への着地を頭に描く。
「危ない!」
「えっ?」
着地しようとした先に、見知らぬ男が焦ったように走ってきた。
風花を受け止めようとしているのか、手を広げて着地点に入ってくる。
避ける間も無く気付くと風花は、地面の上で仰向けに倒れる男を尻に敷いていた。
「えっと、何? えっ? えっ?」
「いててててて……」
風花は言葉にならない言葉を紡いで、目下の男を信じられない面持ちで見つめた。
失態だ。
(まさか、人間に見られるなんて!)
精霊と過ごしていた期間の長い風花は、人間の気配を読むことが苦手だった。
痛そうに顔を歪める男。
風の精霊の力で、普段はほとんど宙に浮いて生活している風花だが、今は浮力を行使していない。
風の精霊も驚いて離れていってしまった。
慌てて退こうとした風花を男の一言が止める。
「驚いた。精霊が落ちてきたかと思った」
固まる風花をよそに、顔を上げた男は、風花を見上げて目を細めた。
端正な顔立ちである。きりりとした眉に、意志の強そうな眦。
染められることを拒むような黒髪は、前髪から頸まで軽く撫で付けられていた。衝撃で乱れたのであろう。額にかかる髪が、わずかに散っていた。
唇が綺麗に弧を描き、一瞬、見惚れる。
はっ、と我に返り、風花は意識的に視線を逸らした。
「せ、精霊が落ちてきたところ見たことあるの?」
動揺して意味のわからないことを問うてしまう。
「ははっ。いや、ないな」
男は少しだけ恥ずかしそうに、そして綺麗に笑った。
男の目線が風花の瞳を捉える。
目が合ったのは、一瞬だった。
「……っ」
風花は男の上から飛び退き、風を纏って走り去った。
焦っていた風花は、顔を隠していたフードが外れていたことに最後まで気づかなかった。
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