風に凪ぐ花

みん

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 緑と青を混ぜて漆黒を溶かしたような夜の中、星の光だけを灯とした空間に、風花(カザハナ)はいくつかの感情を押し殺して立っていた。

 風も通らぬ遮断された空間である。
 今世に生を受けて十七年余り。風花は幾度となくこの空間に立ち入ったが、決して慣れることのない場所の一つだ。

 同年代の中では高い方に入るであろう長身を略式の黒い鎧に包んで、風花は背後の壁に力なく寄りかかった。
色素の薄い風花の髪は、しっとりと濡れている。


 登城の要求が渡されたのは、つい半刻ほど前のことだ。
 いつも風をはらんで肩口で揺れている髪からは、雫が垂れていた。
 国王の前では許されぬ姿態ではあるが、この場にそれを咎めるものはいない。

 1つしかない出入り口を背にした風花の前には、祭壇へと続く階段が伸びていた。
登りきった先には、大きく夜空に開いた窓がある。その場所から、儚げに佇む真っ白な少女が風花を見下ろしていた。

 対峙する朝露色のヴェールから、かろうじて口許だけが覗いている。見慣れた表情だ。風花の返答を待っているのだろう。言葉をつむぎ終えた唇は横に引き結ばれている。
 国の未来を読む先見の巫女は、一切の動きを止めて風花を見ていた。

 風花は今まで幾度も立ち入ったこの場を苦痛に感じたことはない。
 側近もいない、騎士もいない。初めて訪れた2人だけの空間であるのに、満たされたこの緊張は何なのだろう。

 先見を受けることも、任務を与えられることも、数えきれないほど経験してきた。しかし、2人きりのこの空間で、提示された先見をただ受け入れるには、風花は達観した大人ではなかった。

「……俺がどれを選んでも、あなたは、後悔しませんか……?」

 言葉は深淵に溶けることなく、真っ直ぐに巫女へと届いた。
 風花の言葉を肯定するように、風吹かぬ空間でヴェールが凪ぐ。
 露わになった瞳は、虹彩までもが白い。光を湛えるだけで、輝きを反射することのない瞳は、ただ風花を見つめていた。

 ゆっくりと、白い唇が言葉をつむぐ。
 しかし吐息とともに吐き出されたのは、風花にとっての回答ではなかった。

「……もはや、あなたの先に、先見の巫女は介在していない。……あなたの選択がもたらす先を、我は、変えることも、変えさせることもできない」

 それは諦めであったのか、絶望であったのか、はたまた希望か。

「それでも、我は、……私は、あなたの幸せを願っていますよ、風花」

 先見の巫女は、この場で初めて姉の表情で笑った。
 真っ直ぐに瞳を見返す。久しぶりに見た、国のための先見を捨てた姉であった。

 張り詰めた空気が霧散する。
 風花は噛みしめるように瞬きをして、そして、臣下の顔で笑った。

「いくつ先が選べても、俺には姉上に……あなたに害ある先など、選べませんよ」

 風花は、この日、一つの選択をした。
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