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プロローグ
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しおりを挟むイスミが訓練から帰宅すると、部屋の中には灯りがついていなかった。
珍しいな、と思いつつ鍵を取り出して開ける。
「ただいま?」
中に声をかけるも応えはない。
どうやらまだ帰宅していないようだ。
電気をつけて、改めて室内を見回す。
3LDKのマンションは、家人の性格を表すように整然と整えられている。
イスミは自分の部屋に入ると、肩から鞄を下ろしてキャスター付きの椅子に腰掛けた。
今日も普通の生活が送れたことに安堵して、小さく息を吐く。
そうしていると、玄関から、鍵の回る音が響いた。
部屋を出てリビングに入る。
「おかえり」
「ただいま~! ごめんねえ、遅くなって」
イスミの母であるカオリは、申し訳なさそうに謝ると、買い物袋をテーブルの上にどさりと置いた。
「この前、産休に入った子の代わりに来た子にね、いろいろ仕事教えてて……」
「おつかれさま」
イスミは母子家庭である。
母のカオリは数年前まで女手一つでイスミを育てるため、毎日遅くまで仕事をしていた。
イスミがストーリーテラーに入ってからは、前の仕事を辞め、今は短時間の契約社員として働いている。
残業のない職場に転職したのは、イスミかストーリーテラーに入ったからだ。
今の生活水準なら、母が働く必要はなかったが、カオリの性分としてそれは頷けない事案だった。
《息子に養ってもらうにはまだ早いわよ~! もう少しお母さんにも働かせて?》
苦労をかけた母だからこそ休んで欲しかったが、イスミの提案が飲まれることはなかった。
だからイスミはその代わりに、このマンションを購入した。
親孝行がしたかったのだ。
「今日は訓練だったの?」
「そう。明日も訓練で、明後日は見回り。次の休みはその後だよ」
イスミがストーリーテラーで戦うことを、母は応援してくれている。
イスミが全てに絶望したあの日、引き換えに手にした力は、必ずしも幸福だけを与えたわけではなかったけれど。
母は母で。そしてイスミは母の息子だった。
《どんなに変わっても、イスミは私の息子よ》
母の言葉があったから、イスミは母の元に帰ってきた。
だから、明日も、明後日も、イスミは母のいるこの家に帰ってくる。
「訓練は、楽しい?」
「……楽しいよ」
「……そう」
確認のようになされる会話。
お互いに意味のないものだと理解している。
それでも普通に憧れて、イスミは母に笑顔を返した。
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