隻翼の月に吠える。

みん

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その鎧を外すのは

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 寮の廊下を走り、目的の部屋の前まで一直線に走る。
 呼吸も、心臓の音も、驚くほどに早い。

 ユイセルの部屋の扉を前に、ミナリアは何度も躊躇い、そしてついにその扉を叩いた。

「へ? ミナリアさん?!」

 出迎えたのはユイセルの同室者だ。
 ミナリアは一人部屋だが、ユイセルは二人部屋らしい。
 そんなことも知らないなんて、ユイセルのことを何も見ていなかった自分に嘲笑が漏れた。

「リア?」

 同室者の声に釣られてユイセルが背後から顔を出した。
 その顔はわずかに憔悴している。
 自分のせいか、とミナリアは内心で自分を責めた。

「ヤシュ、ごめん少し部屋出てってくれる?」

 何も言わないミナリアに、ユイセルは同室者へ退室を求めた。
 ヤシュと呼ばれた彼がお辞儀をして部屋を出て行く。


 招き入れられた部屋は、右手に二段ベッドと、左手に机が二つあるだけのシンプルな部屋だった。
 机の上に一輪の花が飾られている。
 ユイセルの机だろう。
 白地に赤い色がグラデーションで広がる花弁は瑞々しく広がっている。
 ユイセルに手入れされているだろうその花に、ミナリアは胸の中が詰まったように苦しくなった。

「り、あ……?」

 気がつくと、ミナリアはユイセルの背中のシャツを片手で掴んでいた。
 驚いたユイセルが名前を呼んでミナリアを振り返る。
 正面から向き合って、その緑色の優しい目に見つめられたら、もう、止められなかった。



「隣に、いて欲しい」

 

 口から溢れた言葉に、漸く自分の気持ちを悟る。
 隣にいた女子生徒に感じたもやもやとした感情は嫉妬だ。


「これから先どんな戦場に行ったとしても、俺の帰る場所は……ユイセルの傍がいい」


 曲げられない信念も、捧げられないものもたくさんある。
 国のために生きると誓ったこの体を鎧で包んで、戦場に立つためだけに生きていた。
 そんな自分に、愛だとか恋だとかそんなものはよくわからないけれど。
 ただ一つだけ言えることは。



「俺が鎧を脱ぐのは、お前の前だけでありたい」



 ミナリアは眼鏡を外して、真っ直ぐにユイセルの目を下から見つめ返した。
 自然と頬が緩んで、不恰好な笑みを作る。
 大きく見開かれたユイセルの目は、確かな喜色を帯びてゆるりと細められた。


「……脱がすよ、何度でも」


 ユイセルの手がミナリアの頭部に添えられる。
 ゆっくりと撫でる大きな手が心地よくて目を閉じる。
 そしてそのまま引き寄せられて、唇に、熱。

 それがユイセルの唇だと気が付いた頃には、ミナリアはユイセルの優しい腕に抱きしめられていた。


「俺が……リアの帰る場所になる」
「花と同じくらい……大事に扱えよ……」
「もちろん」
「真国最強の守護者が、お前を守ってやる」
「じゃあ俺は、ありがとうって言うよ、今度こそ」

 そして二人は、どちらからともなく、唇を交わした。

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