隻翼の月に吠える。

みん

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向けられた刃

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 人真塔共立学院は二つの科に分かれている。
 ミナリアの所属するのは戦闘技能科。ユイセルは普通科だった。
 潜入を開始するのに分担した方が良いだろうという理由もあるが、方向性の違いが一番大きい。
 魔物の討伐に特化して学ぶ戦闘技能科と異なり、普通科はその他全部を満遍なく学習する課程だ。大半の生徒は途中から得意領域を伸ばすことに舵を切る。
 ユイセルも現在は総合的に魔素の使い方を習っている。
 学ぶものが異なれば、当然交流もない。
 ルーインがユイセルを知っているのはミナリアからすれば些か腑に落ちない部分であった。

「ユイセルって奴は有名なのか?」

 ガタムも同様の疑問を呈して首を傾げている。
 ルーインは顎に指を添えて思案するように天井を見上げた。

「んー……普通科の中では人気だと思うよ。顔も悪くないし、優しいとかで。よく花壇の手入れしてるから花の騎士とか言われてる」
「は、花の騎士……ミナリアそんな人と知り合いだったの?」

 貴族のツテなのか、普通科の生徒とも交流があるというルーインが語るユイセルの話を、ミナリアはどこかもやもやとした気持ちで聞いていた。
 自分の知らないユイセルを語られて、なんだか面白くないような感情が湧き上がる。
 しかし何故そのような感情を覚えるのか些か心当たりがない。
 ミナリアは内心首を傾げながらも三人の会話を聞いていた。

「はーっ、その優しさにミナリアもコロッといったってわけ? お前も普通の感性あったんだな」
「べ、べつにコロッとなど……」

 ガタムに何故か納得されかけて思わず否定する。
 コロッととは何だ。
 別に転がされてなどいない。

「でも頭撫でるなんて聞いたことないよ? ユイセルくんもミナリアだけ特別なんじゃない?」

 ルーインから放たれた特別という言葉に興味を引かれて、ミナリアは乗り出し気味に問いかけた。

「特別は、それは、どういう……」
「ミナリア綺麗だし、ユイセルくんが惚れても仕方ないじゃん?」
「ほ、惚れ……っ?!」

 何故惚れた腫れたの話に急展開するのかわからずに、ミナリアは頬を染めて目を瞬かせた。


「あ、噂をすればユイセルくんだよ」

 ルーインの指先を辿った窓の外。

 そこには朝いつものように会話をしたユイセルがたしかにいた。
 鍵を渡す前も後も何も変わらない。
 ミナリアの知るままのユイセルだ。

 しかし、その隣には、可憐な、少女。
 どうやら荷物を運ぶのを手伝っているらしく、二人は穏やかに会話をしながら通路を歩いていた。
 少女が何かを話しかけ、ユイセルが言葉を返す。その言葉を受けた少女は嬉しそうに微笑んでいた。
 あまりにもお似合いの構図に、胸がちくりと痛む。
 ミナリアはすぐにその痛みを気のせいだと頭の片隅に追いやった。
 けれど、募ったもやもやはなかなか晴れることがない。

「あー……あれは、花の騎士だな」
「隣の女の子、絶対ユイセルくんのこと好きだね、アレ」
「ミナリアも、うかうかしてられないんじゃない?」

 三人の言葉を耳から入れながらも、視線はユイセルに向けたまま。
 ミナリアのもやもやした気持ちは、その日ついぞ晴れなかった。
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