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鍵
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しおりを挟む《先日、ハルディン王に初めての王子がお生まれになった》
《貴様は王族の血を引いているから生かされているのだ》
《王子が成人するまで、貴様は予備としてここで生きるのだ》
《そして、王子が成人した暁には、貴様は、処刑される》
そして司書は、ミナリアの元から去り、以降ここに訪れることはなかった。
ミナリアが理解出来たのは、希望も絶望も、それを覚える権利など自分にはない、ということだった。
生死さえも自分の自由にならないこの身を抱えて。
ただ、ミナリアは呼吸を繰り返し、この空を見ることしか出来ない。
そして、更に十年。
ミナリアの元に、小さな来訪者があった。
煌びやかな衣装を纏った少年。
金の髪に、金の目。人国の王族の証だ。
歳の頃はミナリアがここに連れてこられた年齢と同じくらいだろうか。
ミナリアの姿に恐れをなしたその子供は、泣きそうになりながら服の裾を握り、それでもミナリアから目を逸らさなかった。
何かを話しかけているようだが、生憎その言語をミナリアは解さない。
ミナリアは鉄格子の向こうにそっと手を伸ばした。
びくりと少年の体が揺れる。
《帰れ……人の子。ここは、お前の来る場所ではない》
少年は目を見開いて、しばらくしてその場を立ち去った。
あれが、もしかすると、自分が生かされている意味なのかもしれない。
ミナリアはそっと目を閉じて、また暗闇に落ちた。
「兄さん」
かけられた声に、ミナリアは視線を声の主に向けた。
「む、ざる」
「こんにちは」
「こん、にちは」
あの日、恐れをなして踵を返した子供。
ムザル=ハイネル。
現王の息子である彼は、あの日から毎日足繁くこの部屋に通っていた。
次の日に辞書持参でやってきた子供は、それからコミュニケーションを取ろうとミナリアに言葉を教えている。
ミナリアの操る言語は、人族の間では遙か太古に廃れたものであった。
幼くして王太子教育を受けるムザルは真国言語も勉強中とのことで、二人はお互いに片言の会話を交わしていた。
「最近ね、魔素の勉強を始めたんだ。うまく使えるようになれば、兄さんをここから出してあげられるかもしれない」
今ではミナリアを兄と呼ぶムザルは、おそらくミナリアの進退を正確に理解してはいない。
ミナリアも、わざわざ説明はしなかった。
《無理に出さずとも良い。じきにお主は吾に気軽に会うことも出来なくなる》
「……そんなの、いやだよ」
ムザルは整った顔をくしゃりと歪めた。
「ムザル……」
ムザルがここに通い出して数年。
人族の成人は十五歳だ。
その終わりは思う以上に早い。
二人は刹那の会合を一日一日、噛み締めるように重ねていった。
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