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プロローグ
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「は? 今なんと?」
ミナリア=リィントス=ファルマダールは、困惑していた。
「俺に二度言わせるか? 人族の国へ赴き、人族と真族の友好のために身を捧げよ、と言ったのだ」
長い歴史において争ってきた人族と真族が友好協定を結んだのは、今からおよそ四十年前、創神歴一六八二三年のことである。
子どもでも知っている創神の神話が協定によって歴史上初めて改訂されたことは、大きなニュースとなって世界を駆けた。
その時のことをミナリアは詳しく知らない。
しかし、その友好協定が、紙切れ一枚の上になされた事実上の停戦だということは事情に詳しくなくとも理解していた。
だからこそ、目の前の男の言葉が上手く飲み込めない。
耳までを覆う艶のある漆黒の波打つ髪。
髪の間から生える漆黒の捻れた角と、天を向いて聳える頭の横から伸びる角。
黒に金糸が縫いとめられた軍服に、真紅のマントを羽織った偉丈夫。
とうに真族年齢で二百は超えていると言うのに、人族で言えば二十歳そこそこの見た目である。
顔の野性味に反してゆるりと真の玉座に肘をかけた居住まいの男。
愉快そうに口元を歪める姿に、ミナリアの苛立ちが募る。
良からぬことを企んでいる時の顔だ。
出会って五十五年余り、見慣れた顔だった。
「……真王閣下。一つお伺いしても?」
「なんだ? 息子よ。発言を許そう」
男の名はカラザール=ファルマダール。
治世七十五年となる、当代の真国王である。
「……息子と呼ぶのを止めていただけますか? 私は今、真騎士団の特務としてこの場にいるのです」
眉を潜めながらずれかかった眼鏡を直す。細い銀糸が金具に引っかかっているのが、青いレンズ越しに見えて、ミナリアは苛立ちを強めた。
新月の帷を冠とするカラザールに対し、隻翼の月として戦場に謳われたミナリアは、曇りのない銀髪である。
腰まで伸ばした真っ直ぐの髪は、低い位置で束ねられていた。
銀の鎧を纏った細身の体躯に怜悧な美貌。
正反対の色彩を持つミナリアとカラザールは、親子という関係ではあったが、血は繋がっていなかった。
およそ五十五年前。死にかけていたミナリアをカラザールが引き取ったのだ。
「息子を息子と呼んで何が悪い」
「閣下。執務中です」
義理の親子という関係ではあるが、ミナリアは次期真国王ではない。
実力主義の真国において、王は世襲ではなくその時代一番の強者が据えられる。
行き倒れが真国王の息子になったというだけで色眼鏡で見られていたミナリアは、きっぱりと公私を分けることが癖付いていた。
ミナリア=リィントス=ファルマダールは、困惑していた。
「俺に二度言わせるか? 人族の国へ赴き、人族と真族の友好のために身を捧げよ、と言ったのだ」
長い歴史において争ってきた人族と真族が友好協定を結んだのは、今からおよそ四十年前、創神歴一六八二三年のことである。
子どもでも知っている創神の神話が協定によって歴史上初めて改訂されたことは、大きなニュースとなって世界を駆けた。
その時のことをミナリアは詳しく知らない。
しかし、その友好協定が、紙切れ一枚の上になされた事実上の停戦だということは事情に詳しくなくとも理解していた。
だからこそ、目の前の男の言葉が上手く飲み込めない。
耳までを覆う艶のある漆黒の波打つ髪。
髪の間から生える漆黒の捻れた角と、天を向いて聳える頭の横から伸びる角。
黒に金糸が縫いとめられた軍服に、真紅のマントを羽織った偉丈夫。
とうに真族年齢で二百は超えていると言うのに、人族で言えば二十歳そこそこの見た目である。
顔の野性味に反してゆるりと真の玉座に肘をかけた居住まいの男。
愉快そうに口元を歪める姿に、ミナリアの苛立ちが募る。
良からぬことを企んでいる時の顔だ。
出会って五十五年余り、見慣れた顔だった。
「……真王閣下。一つお伺いしても?」
「なんだ? 息子よ。発言を許そう」
男の名はカラザール=ファルマダール。
治世七十五年となる、当代の真国王である。
「……息子と呼ぶのを止めていただけますか? 私は今、真騎士団の特務としてこの場にいるのです」
眉を潜めながらずれかかった眼鏡を直す。細い銀糸が金具に引っかかっているのが、青いレンズ越しに見えて、ミナリアは苛立ちを強めた。
新月の帷を冠とするカラザールに対し、隻翼の月として戦場に謳われたミナリアは、曇りのない銀髪である。
腰まで伸ばした真っ直ぐの髪は、低い位置で束ねられていた。
銀の鎧を纏った細身の体躯に怜悧な美貌。
正反対の色彩を持つミナリアとカラザールは、親子という関係ではあったが、血は繋がっていなかった。
およそ五十五年前。死にかけていたミナリアをカラザールが引き取ったのだ。
「息子を息子と呼んで何が悪い」
「閣下。執務中です」
義理の親子という関係ではあるが、ミナリアは次期真国王ではない。
実力主義の真国において、王は世襲ではなくその時代一番の強者が据えられる。
行き倒れが真国王の息子になったというだけで色眼鏡で見られていたミナリアは、きっぱりと公私を分けることが癖付いていた。
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