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別れ
十七話
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「……ふふ、なんて顔してるの桜空」
汗や涙でぐちゃぐちゃになった私の顔を見て、彼は小さく笑った。
零の身体は少し透けていて、宵闇の中に淡い仄かな光が零れていった。辺りはその光で包まれていてとても幻想的だった。彼が儚く、消えてしまいそうに見えるのはそのせいなのだろうか。
私は一歩一歩、踏みしめるようにして近づていく。土を踏む感触が足の裏から伝わってくる。零はその澄んだ瞳で私を見据えたまま動かなかった。
「零、私……」
続けるべき言葉が見つからなかった。ありがとうもごめんなさいも、零は求めていないような気がした。
「……久しぶりだね、桜空」
――久しぶり。
これは、十年前の別れから再会したことを指している。そう、直感した。……つまり、零は全てを、思い出している。
「元気そうで、良かったよ」
「大きくなったね。もう俺と同じ歳になったんだ」
優しく言う零は私のことを責める素振りもなく、それどころか私の成長を喜んでくれていた。
私のせいで、死なせてしまった。責められても仕方ないのに。罵られても、言い返す権利など私には無い。零のことなんて忘れて、何も知らずにのうのうと生きてきて……どうしようもなく酷い人間なのに。それなのに、零はそのことについて何も言わない。
もう涙なんて出なくていい。今、私がやるべき事は泣くことなんかじゃない。そんな意思に反してとめどなく瞳から溢れてくる液体は顔を伝い、顎から落ちて離れていった。
「……泣かないで」
泣き続ける私に零は優しく笑いかける。伸びてきた少し大きいその手は、頬をそっと撫でる……はずだった。
その手は、すり抜けてしまったのだ。
今まで触れることのできていた零の体に触ることが叶わなくなっている。
この事実が、零が二度と会えない場所へ行ってしまうということを強く感じさせた。
「いやだ……待ってよ、いかないで……」
まだ何も零に伝えてない。
伝えたかったことを何も言っていない。
「ごめんなさい……あの時、私のせいで……っ」
あの時私を庇わなかったら零は死ななかった。死なずに済んだんだ。
泣いているばかりじゃなくて早く助けを呼びに行っていれば、零だって助かったかもしれない。
今更、もしもなんて考えたって零が死んだという事実は変わらない。変えることなんてできやしないだろう。それでも、沢山の後悔と自分への不甲斐なさで胸がいっぱいだった。今だって私は泣いてばかりで、あの頃と何一つ変わっていない。
「桜空のせいじゃ、ないよ」
予め用意していたかのように、零にしては強い口調で……はっきりと私の目を見て口にする。
すれ違った手は私の手に重ねられていて、温もりを感じることはできないはずなのに。どういうわけか、暖かった。
「桜空のせいなんかじゃないから」
はっきりと、それでいて優しく。まるで幼子に言い聞かせるように。
汗や涙でぐちゃぐちゃになった私の顔を見て、彼は小さく笑った。
零の身体は少し透けていて、宵闇の中に淡い仄かな光が零れていった。辺りはその光で包まれていてとても幻想的だった。彼が儚く、消えてしまいそうに見えるのはそのせいなのだろうか。
私は一歩一歩、踏みしめるようにして近づていく。土を踏む感触が足の裏から伝わってくる。零はその澄んだ瞳で私を見据えたまま動かなかった。
「零、私……」
続けるべき言葉が見つからなかった。ありがとうもごめんなさいも、零は求めていないような気がした。
「……久しぶりだね、桜空」
――久しぶり。
これは、十年前の別れから再会したことを指している。そう、直感した。……つまり、零は全てを、思い出している。
「元気そうで、良かったよ」
「大きくなったね。もう俺と同じ歳になったんだ」
優しく言う零は私のことを責める素振りもなく、それどころか私の成長を喜んでくれていた。
私のせいで、死なせてしまった。責められても仕方ないのに。罵られても、言い返す権利など私には無い。零のことなんて忘れて、何も知らずにのうのうと生きてきて……どうしようもなく酷い人間なのに。それなのに、零はそのことについて何も言わない。
もう涙なんて出なくていい。今、私がやるべき事は泣くことなんかじゃない。そんな意思に反してとめどなく瞳から溢れてくる液体は顔を伝い、顎から落ちて離れていった。
「……泣かないで」
泣き続ける私に零は優しく笑いかける。伸びてきた少し大きいその手は、頬をそっと撫でる……はずだった。
その手は、すり抜けてしまったのだ。
今まで触れることのできていた零の体に触ることが叶わなくなっている。
この事実が、零が二度と会えない場所へ行ってしまうということを強く感じさせた。
「いやだ……待ってよ、いかないで……」
まだ何も零に伝えてない。
伝えたかったことを何も言っていない。
「ごめんなさい……あの時、私のせいで……っ」
あの時私を庇わなかったら零は死ななかった。死なずに済んだんだ。
泣いているばかりじゃなくて早く助けを呼びに行っていれば、零だって助かったかもしれない。
今更、もしもなんて考えたって零が死んだという事実は変わらない。変えることなんてできやしないだろう。それでも、沢山の後悔と自分への不甲斐なさで胸がいっぱいだった。今だって私は泣いてばかりで、あの頃と何一つ変わっていない。
「桜空のせいじゃ、ないよ」
予め用意していたかのように、零にしては強い口調で……はっきりと私の目を見て口にする。
すれ違った手は私の手に重ねられていて、温もりを感じることはできないはずなのに。どういうわけか、暖かった。
「桜空のせいなんかじゃないから」
はっきりと、それでいて優しく。まるで幼子に言い聞かせるように。
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