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記憶を巡って

八話

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 家に帰る途中、私は先程感じた違和感の正体を掴むべく思考の海に浸っていた。私より前に春ヶ咲高校に通っていた一年生。それに辿り着いた時のあの違和感。あれは一体何だ? 考えても考えてもその正体は掴めない。夢から醒めて、その夢のことを思い出したいのに、どうしても内容が思い出せないような、そんなもどかしさ。

 零と過ごす時間が長くなるにつれ、胸の奥にあるもやもやした気持ちが大きくなっていく。心地良いのに息苦しい。知らないはずなのに懐かしい。相反する気持ちが同時に湧いてくるのだ。一緒に居るほど感じるこの重苦しさは何なのだろう。共通点が多い故の同情? もし生きていたら……そんな風に考えてしまっている? ああ、ぐちゃぐちゃ思考が絡まってよく分からない。


「おお……これはこれは久しぶりじゃないか、桜空。ワシのこと覚えておるか?」


 不意にかけられた声。反射的に顔を上げると、そこには白髪混じりのおじいさんがいた。顔には深いシワが刻まれていて貫禄を感じさせるが、柔らかな笑みが穏やかな印象を生み出している。腰が曲がっているせいか、かなり身長が低いように錯覚する。片手には杖が握られている。誰か、知り合いにこういう人はいただろうか……?


「あっ、もしかして義雄おじさん!?」


 義雄おじさんは私が小さい頃に世話になっていた近所のおじさんだ。私が幼い時におじさんと呼んでいた程なので今ではもうお爺さんと言える程歳をとってしまった。


「十年くらい経つが覚えてくれてたんじゃなぁ……」


 私は一度親の事情でこの町から引越し、高校になって再び戻り暮らし始めた。かなり小さい頃だったため、あまり多くは覚えていないが、義雄おじさんのことは確かに記憶に残っていた。


「覚えてるに決まってるじゃないですか!」


 冗談っぽく聞いてきた義雄おじさんに朗らかにそう返す。義雄おじさんはしんみりとしながらも微笑んで返事を返してきた。随分丸くなったと思う。


「それは嬉しいのう……」


 今では優しいお爺さんになっているが、確か子供の頃はもっと厳しくて怒られると泣きじゃくっていた覚えがある。それでよく慰められていたものだ。何度も怒られて、その度に優しく頭を撫でて慰めてくれて……。

 ――あの人は、誰だ?

 両親ではない。もっと若くてそれこそ今の私と同じくらいの歳の、いつも優しく頭を撫でてくれた……。暖かくて、いつも笑顔で……好きだったはずなのに、思い出せない。思考に霞がかかったかのように顔が分からない。笑っている。それは分かるのに、その人が誰か分からない。忘れてはいけない、絶対に。大事な人だったはずなんだ。必死の努力も虚しく、姿はどんどん不鮮明になっていく。


「本当にあの頃の桜空はやんちゃだったのう」


 先程まで掴めそうだったはずのものはするりと指の隙間を零れ落ちていく。まるで夢から醒めた時の、あの感覚。さっきも感じたあのもどかしさだ。


「やめて下さいよ、恥ずかしい……」


 私は思い出すことを諦め、気合を入れ直す。せっかく義雄おじさんに会ったのだからさりげなく昔のことを聞いてみよう。義雄おじさんはこの街にずっといるから、何か零の手掛かりが見つかるかもしれない。そう考え、義雄おじさんに色々聞いてみることにした。
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