【完結】君の記憶と過去の交錯

翠月 歩夢

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過ぎ行く日々

五話

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 零はどんな些細なことを話しても楽しそうに聞いてくれる。話を広げるのも上手く、話し続けているうちに気づけば日が暮れているなんてこともあった。今まで抱えていたちょっとした相談や悩み事も自然に話してしまう程、私は零に気を許していた。

 名前を知ったことで私はより一層親近感が湧いた。もっと零のことを知りたい。いつも私が話しているだけで、零のことを知ろうとしていなかったと反省する。

 生前を覚えていなくても、話していれば見えてくることもあるかもしれない。幸い、今日は休日で、まだまだ沢山話す時間はある。現に頭上に浮かぶ太陽はまだ燦々と輝いていて、はっきりとした青色と合わさって目に眩しいくらいだ。


「ふみゃあー」

「ん?」
「猫……?」

 可愛らしい高めの声の方向へ目を向けると、そこに居たのは彼がいつも腹に抱いていた猫だった。全体的に白い猫だが顔や尻尾の辺りが斑に茶色い虎模様になっている。特に顔は模様が相まって歌舞伎役者のようで大分特徴的だ。それでいて、くりくりとした丸い瞳は綺麗な浅瀬の海を思い起こさせる透き通った水色だった。


「シロ、どうしたの?」


 脛の辺りにカリカリと爪を立てて登ろうとしているその猫を、零は慣れた手つきで膝の上へ乗せる。シロと呼ぶには些か茶色が多いその猫は零の膝上で丸まって、気持ちよさそうに目を細めている。ゴロゴロと喉を鳴らし、完全にリラックスしている。相当零に懐いているらしい。

 撫でられているその猫をじっと観察する。やはり、白色よりも茶色の割合が多い。よく見れば背中も薄ら茶色い。何故零はこの猫をシロと呼んでいるんだろうか。見続けていると、私の頭を覗いたかのタイミングで零は補足するように説明を加えた。


「最初に会った時はもっと白かったんだ。だからシロって呼んでたんだけど……成長したらだんだん茶色くなってきたんだ」

「へぇー……そうなんだ」

「この子とっても人懐っこいんだ。ちょっと撫でてみる?」

 そう言って彼は猫の前足の付け根付近を持ち、臀部を支えた状態で私に差し出してきた。猫は零の方に顔を向けたまま喉を鳴らしていて、私には見向きもしない。少しくらいこっちを見てくれてもいいのに。若干、恨めしい。

 とはいえ、初めて会う人間になどそういうものかもしれない。そう納得させて、驚かせないように下から優しく手を伸ばす。伸びてきた手に興味を持ったのか、猫はつぶらな瞳で見上げてきた。敵意は無いようなのでそのままそっと顎の下を撫でる。零の言った通り、人懐っこい猫だったようで、嫌がらずに触らせてくれた。


「わあ……もふもふしてるっ……!」


 ふわふわの羽毛の中に手を埋めているようだった。あまりの心地良さに興奮しながらも猫が嫌がらない所を触らせてもらう。徐々に慣れてきたのか、猫は気持ちよさげに目を細め、再びゴロゴロと喉を鳴らし始めた。縞模様の長い尻尾を振り子みたくゆらゆらとしなやかに振る。

 もふもふ具合をゆっくり堪能させてもらった後、零がそっと地面へ下ろすと猫は一声鳴いて、若草色の茂みの中へとことこと歩き去っていった。


「シロ、可愛かったでしょ?」

「うん!」


 優しい眼差しで猫がいなくなるのを見届けた後、そう聞いてくる零に元気良く返事する。くすくすと小さく笑い、嬉しそうにする零を見ると胸の奥が暖かい気持ちでいっぱいになった。

 その後も、私の家族の話や昔の楽しかった思い出、恥ずかしかった出来事などを零に話した。零は相槌を打って話を広げていくため、沈黙は全く訪れなかった。

 零のことを知ろうと何個か質問はしたが、最初に言ってた通り生前のことをほとんど覚えていないようで、質問しても困った顔をさせてしまった。

 しかし、幽霊になってからのことはしっかり記憶に残っているらしく、聞けばシロの話以外にも色々なことを話してくれた。公園によく来る仲の良い老夫婦のことや、毎週土曜日に二人で遊びに来る幼い兄弟がしている独特なごっこ遊びのこと、木の上で寝ていたら小鳥が止まってしまって動けなくなったこと……。微笑ましい話や面白い話など内容は様々だった。

 あれこれと話している内に、あれだけ高い位置にあったはずの太陽はあっという間に傾いてしまっていた。明るかった公園も橙色の光と薄暗闇が混ざって、少しだけ不気味になっている。
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