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29.猫になった婚約者と歯磨き

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「ライル様、歯磨きをしましょう」


 ご飯を食べ終え、くつろいでいるライルに声をかける。


「歯磨き?」
「ええ」


 猫にも歯磨きは必要だ。

 家で飼っている猫は特に。キャットフードのカスなどが、歯に残りやすいからだ。


「今までしてなかったのにか?」
「一応ケアはしていましたよ? これで」


 歯磨きガムというおやつのようなものを取り出す。

 美味しく噛むだけで歯のケアができるという優れものだ。あの雑貨屋で購入してから、今日までこれをあげて歯磨きの代わりとしていた。


「ああ、美味しいやつ」


 ライルには歯磨きのためとは言わずにあげていたため、美味しいやつという認識のようだ。

 味を思い出したのか、口周りを舐めている。


「これだけでも充分といえば充分なのですが……念の為」
「うむ。分かった」


 素直に頷く。私がやりやすいように、とことこと二、三歩歩いて近寄ってきた。


「すぐに済みますからね」


 歯に対して四十五度の角度で、小刻みに動かす。このやり方でするのが良いと、動物に詳しい雑貨屋店主に聞いた。

 少しやってみて嫌がる様子はなかったので、続けて行う。

 重点的にやるのは、汚れがたまりやすい上の奥歯。臼歯の部分だ。


「はい。終わりましたよ」
「おお、ありがとう」


 一通りの歯を磨き終えて、ライルを解放する。


「何から何までやってもらって申し訳ないな」
「いえ、お気になさらず」


 本当に申し訳なさそうな顔をしている。近頃はなにか世話を焼く度に、この顔をする。

 好きでやっているのだから気にしないでいいのに。


「私は猫が大好きなので、お世話できるのは嬉しい限りですよ」
「むう……だが、大変だろう?」
「いえ。全く」


 ライルは普通の猫と比べて、言葉が通じる。加えて普通は猫が嫌がるようなことも嫌がらない。

 むしろ楽な方だ。

 しかも、もふらせてくれと頼めば好きなだけ触らせてくれる。肉球も触りたい放題。おもちゃで遊んでいる姿も見られる。ブラッシングで抜けた毛も集められる。良いことづくしだ。


「人に戻れたら、今度は俺がカレンを助けるからな」


 隣に来て、私を見上げながら若干恥ずかしそうにライルは言った。


「ではその日を楽しみにしていますわ」


 ライルの背中を撫でて、私はそう返した。
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