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第10話 牽制 (※)
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その日真下さんは朝からどこかに出かけたようだった。朝ベッドにいないのはいつものことだったが、部屋の鏡台の前にもいなかった。予定を言われていなかったので、朝ごはんを用意して待っていたが朝食の時間になっても真下さんは現れなかった。
始業時間になったので2階の事務所へ向かうと、扉を開ける前から中で何が行われているかがわかるほど男の喘ぎ声が漏れ出していた。ドアノブに手をかけてしばらく躊躇った。でも今日は予定があるとは聞かされていないと思い直し、入ってきたことがわかるように乱暴に音を立てて事務所に入った。
「あぁっ……あっ……人が……入ってきたぁ……」
ヨレヨレの声を漏らし男性器を突っ込まれる男は、こちらを確認してさらに声を大きくした。
「見られるのが好きなのか?」
「はぁ……はいぃ……こっちにきて……もっと……よくみて……くださぁい……」
「ノブ、悪いな。予定を伝え漏れてた。すまんが見てほしいみたいだからこっちに来てくれるか?」
僕は躊躇うこともなく、2人が乱れている応接用のソファまで無言で歩いていった。ソファにはすでに男の精液と思われるものが溢れ、マダラ模様を作っている。
「ああぁ……もっと……もっとぉ……」
真下さんは男の肩を掴んで上体を起こし、激しく男の尻に腰を打ち付ける。男はだらしなく口を開け、空気を求めて開閉させている。この前見た中年とは違う男だった。もっと若く、筋肉も引き締まっている。快楽に溺れ歪めているので普段の顔を想像できないが、髪型から今風の若者なのだろうと感じた。
一際大きな喘ぎ声が止まったと思ったら、マダラ模様の上に精液を噴出した。
「まだぁ……真下さん……僕の中で……いってよぉ……」
「昔はあんなに高慢だったのに、随分とだらしなくなったな。もう私の好みではなくなったよ」
真下さんが勢いよく男から性器を引き抜く。男は悲痛な声を上げ、そして僕の方を見た。
「お兄さん……お兄さんでもいいからぁ……」
その言葉に気持ち悪さより怒りがこみ上げて顔が熱くなった。真下さんは男にティッシュの箱を投げつけ、早く帰るように促す。今日は本当に予定外だったのか時間に言及はしなかった。
男が出ていくまで、その辺に散らばった道具を見渡した。コンドームの箱や、その殻、中身がはみ出したまま投げ出された潤滑剤のチューブ。そして、男性器からコンドームを剥がす真下さん。男と男が性交したのだとありありとわかる、いや、わからせようとした現場だった。
散らばった道具を一通り片付けて真下さんはソファに腰掛ける。
「ノブ、そっちに座れ」
そう言われたが僕は憤りでその場を動けなかった。真下さんの座るソファまで歩き、華奢なのに男性器を露わにする彼女を見下ろした。
「悪かったよ、うっかりしてた。そう怒るな」
彼女がそう言って僕の腹を押して反対側のソファに座るよう促すが、僕は動かなかった。そもそも真下さんの力なんかで僕を動かせるわけがなかった。今まで彼女の力に従ってきたのは僕がそう望んでいたからだ。
「今日は立ってやるか?」
彼女は僕の性器を簡単に出してそのまま口に含む。いつもは見えないところでコソコソとやっていた真下さんの自慰を、僕は上から見下ろす。
魔女は僕の気持ちなど見透かしているのだ。だからうっかりなんて嘘をつき、男であることを僕に見せつける。いや、もはや性別なんて関係ない。
魔女は人を愛し、その人が望む方へ優しく見送る道標のようだった。久遠さんに抱かれたがっていたのに、久遠さんが望む方へ送り出した。依頼が解決すれば去っていく依頼人も、快楽だけ求めて僕にすがったさっきの男も、望みを叶えて送り出してきた。そして今、魔女は僕が女性を愛せるように、僕を送り出そうとしている。
「真下さん」
真下さんは息を上げて苦しそうに僕を見上げる。肩を掴んで真下さんの口から自分の性器を引き抜いた。
「なんだ! もういきそうなんだ! 一行で言え!」
その乱れた髪を見て、1人鏡台の前で自分を見つめる真下さんが頭によぎる。僕は膝を曲げ、魔女の唇に自分の唇を重ねた。初めてだったので、歯が当たった。でもそんなことはどうでもよかった。
体を仰け反らせ、僕の唇から逃れようとするが逃さなかった。何かを叫ぼうとする真下さんの口に舌を入れた。息が口の横から何度か漏れ出したと思ったら、真下さんは僕の口の中で何かを叫び、射精をした。
「初めてだったんじゃないのか!?」
唇を離した途端真下さんは怒り狂って叫ぶ。そうやって僕を優先して真下さんは心を閉ざす。
「魔女じゃなくてもわかる! あんな下手くそなキス!」
「じゃあ練習させてください」
間髪入れず言った僕の言葉に真下さんの顔はさらに怒りで満ちた。僕はまた顔を近づけたが、魔女は顔を背けた。
「こんな情けない男は嫌いですか?」
童貞はすぐ人を好きになるとでも思っているのだろう。そう言い逃れができないように、言葉を選んで言った。真下さんはしばらく黙ったあと強い口調で言う。
「そうだ」
僕は立ち上がり真下さんに取り出された性器をしまった。
「朝ごはん食べますか? 作ってあるんですけど」
「食べる」
先に歩き出した真下さんの怒りのこもった声が僕とは反対側に響く。何歩か歩いた先で彼女は振り返って言った。
「今日の夜、要が来る」
その言葉に頭を殴られたような衝撃を受ける。それは僕の自分本意な妄想を否定するにはこれ以上にない牽制だった。
「予定を空けておけ。現場仕事に同行しろ」
いつもは1人で行く現場仕事に連れて行くと魔女は言う。魔女が愛する男性と。その牽制で自分が出過ぎた真似をしたことを思い知らされる。魔女は無実だと思ってくれていると安心して、僕は本当に罪を犯した。
「はい、すみませんでした……」
「謝るくらいならするんじゃない!」
厳しい叱責に自分の罪の形がくっきりと浮かび上がる。覚えていない、それに甘んじて思考停止をしたのは僕自身だった。日本の法律に抵触しない程度であれば、こうやって自分の欲求を優先して相手の気持ちを踏みにじることをする。覚えていなくとも、そういうことをする人間なのだ。喉が渇いて、当てもなく彷徨った1年半を思い出す。
僕は、犯罪者なんだ。
始業時間になったので2階の事務所へ向かうと、扉を開ける前から中で何が行われているかがわかるほど男の喘ぎ声が漏れ出していた。ドアノブに手をかけてしばらく躊躇った。でも今日は予定があるとは聞かされていないと思い直し、入ってきたことがわかるように乱暴に音を立てて事務所に入った。
「あぁっ……あっ……人が……入ってきたぁ……」
ヨレヨレの声を漏らし男性器を突っ込まれる男は、こちらを確認してさらに声を大きくした。
「見られるのが好きなのか?」
「はぁ……はいぃ……こっちにきて……もっと……よくみて……くださぁい……」
「ノブ、悪いな。予定を伝え漏れてた。すまんが見てほしいみたいだからこっちに来てくれるか?」
僕は躊躇うこともなく、2人が乱れている応接用のソファまで無言で歩いていった。ソファにはすでに男の精液と思われるものが溢れ、マダラ模様を作っている。
「ああぁ……もっと……もっとぉ……」
真下さんは男の肩を掴んで上体を起こし、激しく男の尻に腰を打ち付ける。男はだらしなく口を開け、空気を求めて開閉させている。この前見た中年とは違う男だった。もっと若く、筋肉も引き締まっている。快楽に溺れ歪めているので普段の顔を想像できないが、髪型から今風の若者なのだろうと感じた。
一際大きな喘ぎ声が止まったと思ったら、マダラ模様の上に精液を噴出した。
「まだぁ……真下さん……僕の中で……いってよぉ……」
「昔はあんなに高慢だったのに、随分とだらしなくなったな。もう私の好みではなくなったよ」
真下さんが勢いよく男から性器を引き抜く。男は悲痛な声を上げ、そして僕の方を見た。
「お兄さん……お兄さんでもいいからぁ……」
その言葉に気持ち悪さより怒りがこみ上げて顔が熱くなった。真下さんは男にティッシュの箱を投げつけ、早く帰るように促す。今日は本当に予定外だったのか時間に言及はしなかった。
男が出ていくまで、その辺に散らばった道具を見渡した。コンドームの箱や、その殻、中身がはみ出したまま投げ出された潤滑剤のチューブ。そして、男性器からコンドームを剥がす真下さん。男と男が性交したのだとありありとわかる、いや、わからせようとした現場だった。
散らばった道具を一通り片付けて真下さんはソファに腰掛ける。
「ノブ、そっちに座れ」
そう言われたが僕は憤りでその場を動けなかった。真下さんの座るソファまで歩き、華奢なのに男性器を露わにする彼女を見下ろした。
「悪かったよ、うっかりしてた。そう怒るな」
彼女がそう言って僕の腹を押して反対側のソファに座るよう促すが、僕は動かなかった。そもそも真下さんの力なんかで僕を動かせるわけがなかった。今まで彼女の力に従ってきたのは僕がそう望んでいたからだ。
「今日は立ってやるか?」
彼女は僕の性器を簡単に出してそのまま口に含む。いつもは見えないところでコソコソとやっていた真下さんの自慰を、僕は上から見下ろす。
魔女は僕の気持ちなど見透かしているのだ。だからうっかりなんて嘘をつき、男であることを僕に見せつける。いや、もはや性別なんて関係ない。
魔女は人を愛し、その人が望む方へ優しく見送る道標のようだった。久遠さんに抱かれたがっていたのに、久遠さんが望む方へ送り出した。依頼が解決すれば去っていく依頼人も、快楽だけ求めて僕にすがったさっきの男も、望みを叶えて送り出してきた。そして今、魔女は僕が女性を愛せるように、僕を送り出そうとしている。
「真下さん」
真下さんは息を上げて苦しそうに僕を見上げる。肩を掴んで真下さんの口から自分の性器を引き抜いた。
「なんだ! もういきそうなんだ! 一行で言え!」
その乱れた髪を見て、1人鏡台の前で自分を見つめる真下さんが頭によぎる。僕は膝を曲げ、魔女の唇に自分の唇を重ねた。初めてだったので、歯が当たった。でもそんなことはどうでもよかった。
体を仰け反らせ、僕の唇から逃れようとするが逃さなかった。何かを叫ぼうとする真下さんの口に舌を入れた。息が口の横から何度か漏れ出したと思ったら、真下さんは僕の口の中で何かを叫び、射精をした。
「初めてだったんじゃないのか!?」
唇を離した途端真下さんは怒り狂って叫ぶ。そうやって僕を優先して真下さんは心を閉ざす。
「魔女じゃなくてもわかる! あんな下手くそなキス!」
「じゃあ練習させてください」
間髪入れず言った僕の言葉に真下さんの顔はさらに怒りで満ちた。僕はまた顔を近づけたが、魔女は顔を背けた。
「こんな情けない男は嫌いですか?」
童貞はすぐ人を好きになるとでも思っているのだろう。そう言い逃れができないように、言葉を選んで言った。真下さんはしばらく黙ったあと強い口調で言う。
「そうだ」
僕は立ち上がり真下さんに取り出された性器をしまった。
「朝ごはん食べますか? 作ってあるんですけど」
「食べる」
先に歩き出した真下さんの怒りのこもった声が僕とは反対側に響く。何歩か歩いた先で彼女は振り返って言った。
「今日の夜、要が来る」
その言葉に頭を殴られたような衝撃を受ける。それは僕の自分本意な妄想を否定するにはこれ以上にない牽制だった。
「予定を空けておけ。現場仕事に同行しろ」
いつもは1人で行く現場仕事に連れて行くと魔女は言う。魔女が愛する男性と。その牽制で自分が出過ぎた真似をしたことを思い知らされる。魔女は無実だと思ってくれていると安心して、僕は本当に罪を犯した。
「はい、すみませんでした……」
「謝るくらいならするんじゃない!」
厳しい叱責に自分の罪の形がくっきりと浮かび上がる。覚えていない、それに甘んじて思考停止をしたのは僕自身だった。日本の法律に抵触しない程度であれば、こうやって自分の欲求を優先して相手の気持ちを踏みにじることをする。覚えていなくとも、そういうことをする人間なのだ。喉が渇いて、当てもなく彷徨った1年半を思い出す。
僕は、犯罪者なんだ。
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