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第8話 魔法使いたち
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朝からソワソワと事務所の窓から外を眺める真下さんが窓を開け放ち身を乗り出したのは正午前だった。2階の事務所に現れた2人は、その身なりの高級感と圧倒的な清潔感で、僕に住んでいる世界の違いを感じさせた。
「真下さん、遅くなってしまって申し訳ございません。渋滞に巻き込まれてしまって。魔女失格です」
「円華! そんな細かいことを気にするな。お久しぶりのチューはしてくれないのか?」
「ここは日本ですし、我が家にそんな文化はありません」
来客の少女はそう言ってニッコリ笑う。その笑顔に真下さんはデレデレだった。あんな恐ろしい粛清で僕に時間厳守を唱えた魔女とは思えなかった。
「要にはするのに?」
真下さんの言葉に少女は聞き取れない単語を何個か発するが、全体的に何を言っているのかわからなかった。真下さんは父親と思しき男性の方を不満そうに見る。
「へぇ? キスは16歳からなのに? 魔法使いは自分の決めたしきたりも守れんのか?」
「うるせーぞ、お前も魔法使いだろうが」
身なりに相応しくない軽口に驚愕する。それで父親と思われる今風の若い男と目が合った。
「おい……」
僕を見て若い男は狼狽えて真下さんの方を見た。
「大丈夫。魔法使いだってことは知ってるよ。一緒に仕事してるんだ。知らないわけがなかろう」
若い男は安心して向き直り、僕の前に手を差し伸べた。
「真下がお世話になってます。久遠要です」
お世話になっているのは僕だ、と感じながらも久遠さんの手を握る。
「世良伸雄です」
続いて少女が手を差し伸ばすが、僕はそれを握り返すことができず、変な汗をかいた。
「すまんな、ノブは女性恐怖症なんだ。こちらは円華。昨日は親子って紹介したけど、恋人になったみたいだな」
その言葉に少女は耳まで真っ赤にして俯く。
「18歳まではお父さんでいてもらいます」
「それがいい、要のセックスは乱暴でしつこそうだ」
その瞬間、僕の横を巨大な炎が横切った。
「お父さん、家具が燃えるからやめて」
円華ちゃんの他人事のようなその言葉を皮切りに久遠さんが真下さんに飛びかかった。そのまま押し倒して馬乗りになり、腕から青白い光の尾を引きながら真下さんがガードする腕にゴスゴスと拳を叩き込んでいる。そんなことはお構いなしで、円華ちゃんはローテーブルに持ってきた重箱を並べ食事の準備を始めた。見たこともないような混沌たる光景を目のあたりにして、僕は恐怖から足が震える。
「円華! キス以外はしていないのか? あとレディが殴られてるわけなんだが……」
「世良さんが怖がってますよ。それに淑女は人前でセックスの話などしません」
その言葉に2人はピタッと動きを止めた。そこで円華ちゃんがあ、と声を漏らす。そして目を輝かせて真下さんに振り返った。
「世良さんはもしかして真下さんの運命の人ですか?」
つかみ合っていた2人は腕を緩めた。
「いや、ノブはノンケの童貞だ」
「なんでお前は円華の前でそんなことを言うんだ!」
再び2人は取っ組み合いの喧嘩を始めたが、円華ちゃんはなんだ、と呟いて食事の準備に戻った。その時に目があったので、僕はよろしくお願いします、と言ったら少女は美しい顔で微笑んだ。
「ノンケってなんですか?」
「円華! 円華がそんなことを口にしてはダメだ!」
奥で久遠さんが声を張り上げる。魔法使いという人種はとても自由だなと、人並みの感想を抱いた。
魔法使いたちの激しい挨拶のあと、事務所で4人、円華ちゃんお手製の弁当を食べることになった。真下さんは親子だと言っていたが、年齢的にもこの2人が親子とは到底思えなかった。しかし恋人にしては歳が離れすぎているとも思う。そんな視線を感じてか、久遠さんはさっきとは別人のような穏やかな声で話し始めた。
「僕と円華は今の家にそれぞれ養子で入ったんですよ。両親は亡くなってしまって、今は2人で住んでいるんです」
「で、今は恋人というわけだ」
やけに真下さんが突っかかる。円華ちゃんは久遠さんをお父さんと呼び、真下さん曰く今は恋人だという。それだけでこのような形に収まるまで色々あったのだろう、と感じた。他愛もない世間話に和やかな空気が流れ、真下さん以外の人との食事は久しぶりだと気づく。
そんな食事の途中で円華ちゃんが鞄から何かを取り出した。
「真下さん、これ開けてみてください」
そう言って渡された箱を真下さんは受け取る。どれどれ? と箱を開け、不思議な形のリングのようなものを取り出した。真下さんはそれを頭上に掲げて不思議そうに見ている。多分僕と同じように用途がわからない様子だった。
「法具のスカーフリングなんですけど、それ私が作ったんです」
真下さんはその言葉の意味がわからないのかぼんやりと円華ちゃんを見ている。そして無表情な顔のまま、涙をボタボタ溢し始めた。
「真下さん、泣くのはまだ早いですよ。そのスカーフリング、東洋の漆黒悪鬼様監修ですよ」
東洋の漆黒悪鬼……名前からしてとんでもない魔法使いなのだろう。前にも真下さんからその名を聞き及んだ。
「ありがとう……手作りのプレゼントなんて初めてだ……毎日大切に使います……」
顔をグシャグシャに濡らして嗚咽を堪えながら、彼女はスカーフを巻き直してスカーフリングを付けた。真下さんはよくスカーフをしているが、それは喉仏を隠すためなのか、と巻き直した時に見えた首を見て思った。
「真下さん、遅くなってしまって申し訳ございません。渋滞に巻き込まれてしまって。魔女失格です」
「円華! そんな細かいことを気にするな。お久しぶりのチューはしてくれないのか?」
「ここは日本ですし、我が家にそんな文化はありません」
来客の少女はそう言ってニッコリ笑う。その笑顔に真下さんはデレデレだった。あんな恐ろしい粛清で僕に時間厳守を唱えた魔女とは思えなかった。
「要にはするのに?」
真下さんの言葉に少女は聞き取れない単語を何個か発するが、全体的に何を言っているのかわからなかった。真下さんは父親と思しき男性の方を不満そうに見る。
「へぇ? キスは16歳からなのに? 魔法使いは自分の決めたしきたりも守れんのか?」
「うるせーぞ、お前も魔法使いだろうが」
身なりに相応しくない軽口に驚愕する。それで父親と思われる今風の若い男と目が合った。
「おい……」
僕を見て若い男は狼狽えて真下さんの方を見た。
「大丈夫。魔法使いだってことは知ってるよ。一緒に仕事してるんだ。知らないわけがなかろう」
若い男は安心して向き直り、僕の前に手を差し伸べた。
「真下がお世話になってます。久遠要です」
お世話になっているのは僕だ、と感じながらも久遠さんの手を握る。
「世良伸雄です」
続いて少女が手を差し伸ばすが、僕はそれを握り返すことができず、変な汗をかいた。
「すまんな、ノブは女性恐怖症なんだ。こちらは円華。昨日は親子って紹介したけど、恋人になったみたいだな」
その言葉に少女は耳まで真っ赤にして俯く。
「18歳まではお父さんでいてもらいます」
「それがいい、要のセックスは乱暴でしつこそうだ」
その瞬間、僕の横を巨大な炎が横切った。
「お父さん、家具が燃えるからやめて」
円華ちゃんの他人事のようなその言葉を皮切りに久遠さんが真下さんに飛びかかった。そのまま押し倒して馬乗りになり、腕から青白い光の尾を引きながら真下さんがガードする腕にゴスゴスと拳を叩き込んでいる。そんなことはお構いなしで、円華ちゃんはローテーブルに持ってきた重箱を並べ食事の準備を始めた。見たこともないような混沌たる光景を目のあたりにして、僕は恐怖から足が震える。
「円華! キス以外はしていないのか? あとレディが殴られてるわけなんだが……」
「世良さんが怖がってますよ。それに淑女は人前でセックスの話などしません」
その言葉に2人はピタッと動きを止めた。そこで円華ちゃんがあ、と声を漏らす。そして目を輝かせて真下さんに振り返った。
「世良さんはもしかして真下さんの運命の人ですか?」
つかみ合っていた2人は腕を緩めた。
「いや、ノブはノンケの童貞だ」
「なんでお前は円華の前でそんなことを言うんだ!」
再び2人は取っ組み合いの喧嘩を始めたが、円華ちゃんはなんだ、と呟いて食事の準備に戻った。その時に目があったので、僕はよろしくお願いします、と言ったら少女は美しい顔で微笑んだ。
「ノンケってなんですか?」
「円華! 円華がそんなことを口にしてはダメだ!」
奥で久遠さんが声を張り上げる。魔法使いという人種はとても自由だなと、人並みの感想を抱いた。
魔法使いたちの激しい挨拶のあと、事務所で4人、円華ちゃんお手製の弁当を食べることになった。真下さんは親子だと言っていたが、年齢的にもこの2人が親子とは到底思えなかった。しかし恋人にしては歳が離れすぎているとも思う。そんな視線を感じてか、久遠さんはさっきとは別人のような穏やかな声で話し始めた。
「僕と円華は今の家にそれぞれ養子で入ったんですよ。両親は亡くなってしまって、今は2人で住んでいるんです」
「で、今は恋人というわけだ」
やけに真下さんが突っかかる。円華ちゃんは久遠さんをお父さんと呼び、真下さん曰く今は恋人だという。それだけでこのような形に収まるまで色々あったのだろう、と感じた。他愛もない世間話に和やかな空気が流れ、真下さん以外の人との食事は久しぶりだと気づく。
そんな食事の途中で円華ちゃんが鞄から何かを取り出した。
「真下さん、これ開けてみてください」
そう言って渡された箱を真下さんは受け取る。どれどれ? と箱を開け、不思議な形のリングのようなものを取り出した。真下さんはそれを頭上に掲げて不思議そうに見ている。多分僕と同じように用途がわからない様子だった。
「法具のスカーフリングなんですけど、それ私が作ったんです」
真下さんはその言葉の意味がわからないのかぼんやりと円華ちゃんを見ている。そして無表情な顔のまま、涙をボタボタ溢し始めた。
「真下さん、泣くのはまだ早いですよ。そのスカーフリング、東洋の漆黒悪鬼様監修ですよ」
東洋の漆黒悪鬼……名前からしてとんでもない魔法使いなのだろう。前にも真下さんからその名を聞き及んだ。
「ありがとう……手作りのプレゼントなんて初めてだ……毎日大切に使います……」
顔をグシャグシャに濡らして嗚咽を堪えながら、彼女はスカーフを巻き直してスカーフリングを付けた。真下さんはよくスカーフをしているが、それは喉仏を隠すためなのか、と巻き直した時に見えた首を見て思った。
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