罪と魔女

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
7 / 16

第7話 魔女の横顔 (※)

しおりを挟む
 あれから僕はほとんど無意識に、真下さんが男だということを自分に言い聞かせるようになった。そして男に突っ込む側なのだということも、やはり自分自身に言い聞かせるようになった。それは自分の中に芽生えた感情がこれ以上大きくならないよう、性別や性癖を言い訳に自分は対象外なんだと思い込みたかったのだと思う。そうやって言い訳を探すため観察するうちに、彼女の横顔はそう単純なものではないということに気づかされた。

 特別な来客以外にも来客はある。それから収支管理をしていてわかったが、探偵業は繁盛していた。それは真下さんに寄せられる客からの信頼がどれほどのものかを物語っていた。
 浮気調査や人探しなどで訪れる来客は、次第に心を開き真下さんに信頼を寄せるようになる。それは、彼女の仕事のスキルが高いという理由だけではないと最近理解した。真下さんは生きることに躓いた人を心から愛し、そして尊敬していた。僕にそうしてくれているように。
 ただ、問題が解決し来客を見送る真下さんの横顔に、僕は毎回違和感を覚える。それは真下さんの横顔に安堵や達成感とは違う感情を垣間見るからであり、なぜ男と最後までしないのか? という疑問に似ていた。

 今日も特別な来客があって、いつものように真下さんの下半身は膨れている。この会社に来てからもう2ヶ月が過ぎようとしていた。

「好きな人でもできたか?」

 僕の股にしなだれて真下さんは自慰を始める。僕が疑問を口にしたその日から、真下さんは僕と自分を慰めるようになった。必ず僕から見えないところで自分の下半身を弄る彼女の姿に、疑問を浮かべてはそれを打ち消す。

「鉄工所に来る仕出屋の女の子だったんです」

 何かを隠そうとして関係のないことを口走る。それが呼水になった。

「一生懸命働く姿に惹かれました。こんな性格だから話しかけることもできなかったんです」

「同じくらいの歳なのか?」

「飲み会の時に年齢を知ったのですが、僕よりちょっと年上でした」

「仕出屋と飲み会なんてあるのか? 鉄工所はいい会社だな」

「会社の先輩が僕のために開いてくれたんです。きっと僕はわかりやすかったんだと思います」

「名前はなんていうんだ?」

「染谷さん……」

 そう言って、僕は当時名札に書かれた苗字しか知らなかった事実を思い返す。名前も年齢も知らない女性に一方的な思いを寄せ、夜な夜な自慰に耽った。

「先輩の親切を踏みにじって、酔った勢いで彼女を犯しました」

「だから酒を飲まないのか?」

 真下さんは酒を嗜むので、買い出しのリストには必ず酒が入っているが、僕は書かれている半分しか買ってこなかった。

「母は水商売をしていましたが、もともと僕は酒を飲まなかったんです」

「じゃあリハビリに酒も加えなければな」

「それってなんのリハビリなんですか?」

「また女性を愛せるようになるリハビリだ」

 その言葉はまるで冷や水のようだった。そう感じてしまう自分にも罪悪感を抱き、感情が複雑に入り乱れる。

「彼女を愛する」

 混乱し、言い訳のように僕は呟いた。その言葉に真下さんは笑い出した。

「執行猶予中は、か? でもそれは償いではない。示談金でその愛は精算されたんだ」

「でも執行猶予中の犯罪者だ……」

「それは強姦の罪だ。童貞は拗らせると大変だな」

 簡単なことのように言うが、僕には真下さんの言葉が難しくて理解できなかった。僕が混乱しているうちに、真下さんは僕の性器を咥える。会話はここで終了した。


 いつもはすぐに服を整えて仕事に戻る真下さんが、今日は終わったあとも僕の股間にしなだれていた。

「ノブ、明日旧友が遊びに来るんだ。お弁当を持ってきてくれるらしいから、明日の昼食は作らなくていいぞ」

「わかりました。外で適当に食べてきます」

 それは特別な来客という意味だと思った。

「ノブの分も……作ってきてくれるらしいから……一緒にどうだ……?」

 目を背け、恥ずかしそうに言う真下さんの横顔をまじまじと見てしまう。初めて見る横顔だったからだ。はい、と僕は答えてその横顔に触れたい衝動をグッと堪える。

「女性なんですか?」

「男友達と、その娘だ。父親はいい加減な輩だが、娘がとてもかわいくて美しい。私なんかよりもすごい魔女なんだぞ」

「魔女にも序列があるんですね」

「私は幻術と現象魔法くらいしかまともに使えないが、円華は魔法代謝系の肉弾戦もできるんだ。あんなのが敵になったら恐ろしいと思えるくらい偉大な魔女なんだぞ」

 真下さんの言っていることの大半が専門用語でわからなかった。でも嬉しそうに語る顔をもっと見ていたくて質問をする。

「お父さんも魔女なんですか?」

 とても自然な質問だと思うが、真下さんは信じられない、という顔をした。

「男は魔法使いというんだ。後学のために言っておくが、30歳まで童貞だと魔法使いになれるなんていうのは嘘だぞ」

 多分誰も信じていないであろうその俗説を、真下さんはまるで風評被害にあったかのように言う。その表情がとてもかわいくて、つい髪の毛を撫でてしまう。それに言い訳するように付け加えた。

「明日、楽しみですね」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...