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第2話 無念の焼死
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張り紙を剥がした時に、さっきの真下さんの一挙一動を思い出す。炎も出していたし、僕にしてくれたことも魔法としか説明がつかなかった。それに、刑が確定する前からずっと抱えていた心のわだかまりをいとも簡単に見破った。真下さんは本当に魔女なのかもしれない……。そう考えた時に何かを焦がした匂いが階上から漂ってきた。慌てて階段を駆け上がり2階を見るが、真下さんの姿はなく、匂いの発生源はここではなかった。
3階に駆け出して扉を開いたら、部屋の上半分に黒い煙が漂っていた。
「真下さん!」
靴を脱ぎ捨てて部屋の中に駆け込んでいくと、キッチンに真下さんがいた。彼女の方へ駆け寄ってみると、フライパンの上に真っ黒焦げの何かがある。僕は無言で換気扇のスイッチを入れた。
「お腹が空いただろうと思って目玉焼きを焼こうと思ったんだが、火加減を間違えてしまってな……」
その情けない声と、火加減のレベルを超えた目玉焼きの焼死体に思わず吹き出してしまう。目玉焼きをこんなにも無残に焼き殺せる人を初めて見た。どんな恨みがあったらこんなことができるのかと笑い出したら止まらなくなって、そのまま歩き出して窓を開け放った。振り返ったら真下さんが眉毛をハの字にして困った顔をしている。こんな美人があんな残虐性を持ち合わせているという事実にまた笑ってしまった。
ひとしきり笑ったら、親切でやってくれた料理を笑っているような気分になって、申し訳なさからひとつ提案をしてみた。
「真下さん、もしよろしければ僕が作ります」
「本当か!?」
「何か食べたいものはありますか?」
その質問に真下さんはうーんと黙り込んでしまった。埒があかなそうだったので、冷蔵庫の中を見てみたら、卵しか入っていない。キッチンを見渡しても調味料らしきものがない。部屋を見渡してみると、おしゃれで清潔なのになぜか生活感がなかった。
「料理は不得意だが、掃除は任せろ」
僕の思考を読んでいるのかと思うほど的確なことを言うので、少し真下さんを訝しげに見てしまう。
「ノブの考えてることなんて魔女じゃなくてもわかる。何を買ったらいいかわからないから、一緒に買い出しに行くぞ」
返事をして真下さんと僕は近くのスーパーに向かった。着いた先はさっき僕が段ボールをもらおうとしていたスーパーだった。乱雑に畳んで積み上げられた段ボールを見つめてつい足を止めてしまう。後ろから真下さんが僕の服を引っ張る。
「我が家はもっと暖かいぞ?」
振り返ったら真下さんはなんだか心配そうな顔をしていた。じんわり心が温かくなって鼻の奥がツンとした。はい、とだけ返事してスーパーの中に入った。調理器具の有無を確認して最低限の調味料と材料を買ったつもりが、結構な大荷物になってしまった。真下さんが持てるというが、気が引けたので僕が全部持って帰った。
「ノブは意外にいい体してるんだな。猫背だから気がつかなかった」
それは僕の一生を表しているような評価だった。こどもの頃から同じ歳の子に比べ体が大きかった。しかしガタイがいいのに気が弱いせいで、周りからは何を考えているかわからない奴と遠巻きに見られ続けた。唯一の親である母親は絵に描いたような場末のスナックで働く家庭環境。苦しい家計の中で友達との接点を増やす経済的余裕もなければ、自分が誇れるものも何一つ持ち合わせていなかった。そういった自信のなさから、目立たないようにと身を潜めているうちに自然と猫背になった。鉄工所勤務においてこのガタイだけは役に立ったが、内向的な性格はついに変わることなく、事件発覚後否応なしに周りの評価を目の当たりにすることになる。実の母親でさえ思っていたのだ。「何を考えてるかわからない奴だった」と。
「事件のことを考えているのか?」
真下さんの言葉で我に返る。
「真下さんは本当に魔女なんですね」
「ノブの考えてることなんて魔女じゃなくてもわかる」
でも今まで生きてきた中で、何を考えているのかわかると言ってくれた人は真下さん以外にいなかった。
「自分に都合の悪い時だけだ。人の考えてることがわからないなんていうのは。だからあまり細かいことを気にするんじゃない」
真下さんの言っていることはよくわからなかったが、その言葉には心を洗う清々しさがある。はい、と返事をしたら真下さんが妙なことを言い出した。
「ノブのおかげで今日夢が叶ったぞ。こうやって男性と一緒にお買い物するの、夢だったんだ」
こんな美人に彼氏がいないというのは信じられなかった。僕を慰めようと言ってくれているのかとも思ったが、確かに調味料はなかったし、目玉焼きは無念の焼死を遂げた。彼氏の存在についてはわからなかったが、恋人に甲斐甲斐しく料理を作るタイプではないことはよくわかった。ここでさっきの焼死体を思い出してまた笑ったら、真下さんも気をよくして笑った。真下さんの笑顔はとても綺麗だった。
3階に駆け出して扉を開いたら、部屋の上半分に黒い煙が漂っていた。
「真下さん!」
靴を脱ぎ捨てて部屋の中に駆け込んでいくと、キッチンに真下さんがいた。彼女の方へ駆け寄ってみると、フライパンの上に真っ黒焦げの何かがある。僕は無言で換気扇のスイッチを入れた。
「お腹が空いただろうと思って目玉焼きを焼こうと思ったんだが、火加減を間違えてしまってな……」
その情けない声と、火加減のレベルを超えた目玉焼きの焼死体に思わず吹き出してしまう。目玉焼きをこんなにも無残に焼き殺せる人を初めて見た。どんな恨みがあったらこんなことができるのかと笑い出したら止まらなくなって、そのまま歩き出して窓を開け放った。振り返ったら真下さんが眉毛をハの字にして困った顔をしている。こんな美人があんな残虐性を持ち合わせているという事実にまた笑ってしまった。
ひとしきり笑ったら、親切でやってくれた料理を笑っているような気分になって、申し訳なさからひとつ提案をしてみた。
「真下さん、もしよろしければ僕が作ります」
「本当か!?」
「何か食べたいものはありますか?」
その質問に真下さんはうーんと黙り込んでしまった。埒があかなそうだったので、冷蔵庫の中を見てみたら、卵しか入っていない。キッチンを見渡しても調味料らしきものがない。部屋を見渡してみると、おしゃれで清潔なのになぜか生活感がなかった。
「料理は不得意だが、掃除は任せろ」
僕の思考を読んでいるのかと思うほど的確なことを言うので、少し真下さんを訝しげに見てしまう。
「ノブの考えてることなんて魔女じゃなくてもわかる。何を買ったらいいかわからないから、一緒に買い出しに行くぞ」
返事をして真下さんと僕は近くのスーパーに向かった。着いた先はさっき僕が段ボールをもらおうとしていたスーパーだった。乱雑に畳んで積み上げられた段ボールを見つめてつい足を止めてしまう。後ろから真下さんが僕の服を引っ張る。
「我が家はもっと暖かいぞ?」
振り返ったら真下さんはなんだか心配そうな顔をしていた。じんわり心が温かくなって鼻の奥がツンとした。はい、とだけ返事してスーパーの中に入った。調理器具の有無を確認して最低限の調味料と材料を買ったつもりが、結構な大荷物になってしまった。真下さんが持てるというが、気が引けたので僕が全部持って帰った。
「ノブは意外にいい体してるんだな。猫背だから気がつかなかった」
それは僕の一生を表しているような評価だった。こどもの頃から同じ歳の子に比べ体が大きかった。しかしガタイがいいのに気が弱いせいで、周りからは何を考えているかわからない奴と遠巻きに見られ続けた。唯一の親である母親は絵に描いたような場末のスナックで働く家庭環境。苦しい家計の中で友達との接点を増やす経済的余裕もなければ、自分が誇れるものも何一つ持ち合わせていなかった。そういった自信のなさから、目立たないようにと身を潜めているうちに自然と猫背になった。鉄工所勤務においてこのガタイだけは役に立ったが、内向的な性格はついに変わることなく、事件発覚後否応なしに周りの評価を目の当たりにすることになる。実の母親でさえ思っていたのだ。「何を考えてるかわからない奴だった」と。
「事件のことを考えているのか?」
真下さんの言葉で我に返る。
「真下さんは本当に魔女なんですね」
「ノブの考えてることなんて魔女じゃなくてもわかる」
でも今まで生きてきた中で、何を考えているのかわかると言ってくれた人は真下さん以外にいなかった。
「自分に都合の悪い時だけだ。人の考えてることがわからないなんていうのは。だからあまり細かいことを気にするんじゃない」
真下さんの言っていることはよくわからなかったが、その言葉には心を洗う清々しさがある。はい、と返事をしたら真下さんが妙なことを言い出した。
「ノブのおかげで今日夢が叶ったぞ。こうやって男性と一緒にお買い物するの、夢だったんだ」
こんな美人に彼氏がいないというのは信じられなかった。僕を慰めようと言ってくれているのかとも思ったが、確かに調味料はなかったし、目玉焼きは無念の焼死を遂げた。彼氏の存在についてはわからなかったが、恋人に甲斐甲斐しく料理を作るタイプではないことはよくわかった。ここでさっきの焼死体を思い出してまた笑ったら、真下さんも気をよくして笑った。真下さんの笑顔はとても綺麗だった。
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