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第4部 手負いの獣に蝶と花
第27話 非番の前日
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「テオ、テオ! ああ、明日は非番か」
僕はハッとして慌てて書類の分別をはじめる。
「も、申し訳ございません! この書類でバーンスタイン卿への申し送りはございませんので」
「ではもう下がっていいぞ。昨日までで来週分の仕事も終わっているであろう」
「そ、そんな……」
仕事を終えるにはまだ日が高すぎる。外からは演習の怒号が響いてきているのに。
「そうやって勝手に仕事を見つけてくれるのはありがたいし、テオが内勤になってから煩わしい書類関係もすぐに済むようになった。感謝しているのだ、はやくカミルのところへ行って喜ばせてやれ」
あれからひと月が過ぎた。ジルのおかげで借用書を証拠に、没収した財産からカミルへの損害金も支払ってもらえた。庸人の人身売買という思わぬ余罪も、自白により組織の全貌解明に繋がったという。
僕はてっきり密勅の功績を讃え、ジルは称号を与えられるのかと思った。後でバーンスタイン卿に聞いたのだが、ジルは称号を辞退したらしい。こういった密勅は目立った称号などないほうがやりやすいし、一部界隈にはモテるからいいのだと豪語したという。
「バーンスタイン卿、それではお言葉に甘えて今日は失礼します。丁度カミルに花を買ってやりたいと思っていたのです」
花と言いながら実は軟膏を買いに行く算段だった。高潔な印象が崩れたバーンスタイン卿にも、さすがにこれを言うには憚られる。
「カミルは花が好きなのか。俺も伴侶へ花を買っていったものだが……」
「花はあまり喜ばれませんでしたか?」
「お菓子の方が百倍喜んでいた。顔を真っ赤にしてな……」
クスクスとバーンスタイン卿は笑い出す。僕は何度か彼の伴侶を見たことがあるが、正直少年という印象を拭えない。あんなに幼ければお菓子の方が喜ぶだろう。
「テオの顔を見ていれば、カミルがどれだけ幸せかよくわかる」
バーンスタイン卿の言葉に顔をあげる。色の違う優しい瞳が僕を労うように細くなった。
「特に意味はない。はやく軟膏を買ってカミルの元へ行ってやれ」
「はい! え?」
今バーンスタイン卿は軟膏と言った。僕は慌てて部屋を飛び出す。僕はきっと思っている以上にわかりやすいのだ。
でも、さっきのバーンスタイン卿の言葉を思い出して、心が温かくなる。
カミルを絶対幸せにする。世界一幸せにして、僕もそれを見て幸せになるんだ。
そして宮廷の赤絨毯を踏みしめ、カミルの元へ走りだした。
僕はハッとして慌てて書類の分別をはじめる。
「も、申し訳ございません! この書類でバーンスタイン卿への申し送りはございませんので」
「ではもう下がっていいぞ。昨日までで来週分の仕事も終わっているであろう」
「そ、そんな……」
仕事を終えるにはまだ日が高すぎる。外からは演習の怒号が響いてきているのに。
「そうやって勝手に仕事を見つけてくれるのはありがたいし、テオが内勤になってから煩わしい書類関係もすぐに済むようになった。感謝しているのだ、はやくカミルのところへ行って喜ばせてやれ」
あれからひと月が過ぎた。ジルのおかげで借用書を証拠に、没収した財産からカミルへの損害金も支払ってもらえた。庸人の人身売買という思わぬ余罪も、自白により組織の全貌解明に繋がったという。
僕はてっきり密勅の功績を讃え、ジルは称号を与えられるのかと思った。後でバーンスタイン卿に聞いたのだが、ジルは称号を辞退したらしい。こういった密勅は目立った称号などないほうがやりやすいし、一部界隈にはモテるからいいのだと豪語したという。
「バーンスタイン卿、それではお言葉に甘えて今日は失礼します。丁度カミルに花を買ってやりたいと思っていたのです」
花と言いながら実は軟膏を買いに行く算段だった。高潔な印象が崩れたバーンスタイン卿にも、さすがにこれを言うには憚られる。
「カミルは花が好きなのか。俺も伴侶へ花を買っていったものだが……」
「花はあまり喜ばれませんでしたか?」
「お菓子の方が百倍喜んでいた。顔を真っ赤にしてな……」
クスクスとバーンスタイン卿は笑い出す。僕は何度か彼の伴侶を見たことがあるが、正直少年という印象を拭えない。あんなに幼ければお菓子の方が喜ぶだろう。
「テオの顔を見ていれば、カミルがどれだけ幸せかよくわかる」
バーンスタイン卿の言葉に顔をあげる。色の違う優しい瞳が僕を労うように細くなった。
「特に意味はない。はやく軟膏を買ってカミルの元へ行ってやれ」
「はい! え?」
今バーンスタイン卿は軟膏と言った。僕は慌てて部屋を飛び出す。僕はきっと思っている以上にわかりやすいのだ。
でも、さっきのバーンスタイン卿の言葉を思い出して、心が温かくなる。
カミルを絶対幸せにする。世界一幸せにして、僕もそれを見て幸せになるんだ。
そして宮廷の赤絨毯を踏みしめ、カミルの元へ走りだした。
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