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第4部 手負いの獣に蝶と花
第22話 人気のない器
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「き、奇跡の器!?」
「お前らの界隈では人気のない器だ」
バーンスタイン卿はラング卿の腕を後ろから捻り上げながら爽やかに笑って言い放った。店主のゾルガー卿はルークに拘束されながらもラング卿を睨め付ける。
「憲兵でもないお前らに私を拘束する権限はないはずだ!」
「ジルの名誉のために言うが、ハニートラップを仕掛けた彼が本件密勅の責任者だ」
バーンスタイン卿の言葉に、彼らだけではなく僕も驚いてジルを見る。
「随分と手間をかけさせやがって。隣国への人身売買の末端がこんな場所にいるなんてな! 先の謀反で明るみに出た庸人の人身売買について国王直々に密勅を受けた! お前らを宮廷へ連行する!」
ジルの大声が部屋を震わす。僕はリアムとの国境までの遠征を思い出していた。表向きは捕虜の引き渡しだったが、確かにジルは隣国への人身売買に関わる全ての責任者だった。
バーンスタイン卿とルークはその辺にあった布で彼ら2人を縛り魔法鍵でそれを施錠する。これで事実上彼らは身動きが取れなくなった。
「それにしても……随分と可愛くないハニートラップだったな」
ルークは彼らを出口に押しやり、笑いを堪える。ジルは不機嫌そうに咳払いしたら、バーンスタイン卿とルークは2人を連れて外に出た。
「ジル……あんな不愉快な役回りを……本当にありがとうございました……」
「ああ、まあ……案外モテるというのは気分が良かったぞ? それよりもカミルの件だが、兄の死亡はほぼ間違いないと……」
ジルの堪え難そうな声色で、僕の心も急に沈み込む。兄を想い自分の人生を捧げたカミルにこの真実を伝えるのはあまりに残酷だった。
「でもジルのおかげであの商売はやめさせられそうです。それだけでもクルトに伝えて行こうかと思います」
「そうか。俺はアシュレイとルークにあいつらの運搬を任せて、ここの書類などを押収していく」
僕は頷いて、ジルを見た。ジルは戦闘となれば豪快な手腕を発揮するが、兄弟の中でも1番優しく繊細だと、ルークから何度も聞いた。ジルの中になにか迷いがあるのか、目が見ていられないほど悲しげだった。
「テオは誰かを抱いたことはあるか?」
唐突な質問に耳を疑う。僕は慌てて首を左右に振って、恥ずかしさから俯いた。僕の視界にジルの手が伸びてきて、そこにはよくわからない薬の容器が握られていた。
「カミルは慰めを求めるかもしれない」
「ぼ、僕は! クルトにだけ伝えてすぐに……!」
「テオがどんな気持ちだろうと、カミルは悲しみを紛らわせるため、テオにそう望むかもしれない」
言いなおされて、はじめてジルの言葉の意味を知る。商売がなくなれば必然的に兄との関係が消滅する。今日兄の死を伝えずとも、いつかはカミルが向き合わなければならない問題なのだ。
「男ならば自分の気持ちを押し殺してでも、相手の望みを叶えなければならない時がある。テオが本当にカミルを愛しているのなら、これを持っていけ」
僕は黙ったまま、ジルの大きな手から容器を受けとった。そこにバーンスタイン卿が外から呼ぶ声がする。
「テオはカミルの屋敷に行くな? ジルはどうするのだ?」
ジルは困ったように眉を下げてバーンスタイン卿が呼ぶ出入り口に振り向く。
「テオは経験がないらしい。奇跡の器からの助言はあるか? 軟膏は今やった」
「ああ、女にするよりも優しく、だ。その軟膏を自分自身にも相手にもよく塗り込んで挑め」
高潔な印象のあったバーンスタイン卿はこの前から随分と変わってしまった。僕はこれ以上バーンスタイン卿にこんなことを言わせたくなくて、話を切り上げた。
「カミルが……そう望んだら……助言に従います……」
「こんなことで恥ずかしがっているな! 時には度胸も必要だぞ!」
バーンスタイン卿はそう言い、再び表に出た。彼らを運搬する馬車の手配をしているらしい。
僕が向き直ると、ジルは両手を広げて待っていた。僕は躊躇なくその胸に飛び込む。そして額に何度か祝福のキスをもらったら、僕は馬に乗り込みカミルの屋敷へと向かった。
「お前らの界隈では人気のない器だ」
バーンスタイン卿はラング卿の腕を後ろから捻り上げながら爽やかに笑って言い放った。店主のゾルガー卿はルークに拘束されながらもラング卿を睨め付ける。
「憲兵でもないお前らに私を拘束する権限はないはずだ!」
「ジルの名誉のために言うが、ハニートラップを仕掛けた彼が本件密勅の責任者だ」
バーンスタイン卿の言葉に、彼らだけではなく僕も驚いてジルを見る。
「随分と手間をかけさせやがって。隣国への人身売買の末端がこんな場所にいるなんてな! 先の謀反で明るみに出た庸人の人身売買について国王直々に密勅を受けた! お前らを宮廷へ連行する!」
ジルの大声が部屋を震わす。僕はリアムとの国境までの遠征を思い出していた。表向きは捕虜の引き渡しだったが、確かにジルは隣国への人身売買に関わる全ての責任者だった。
バーンスタイン卿とルークはその辺にあった布で彼ら2人を縛り魔法鍵でそれを施錠する。これで事実上彼らは身動きが取れなくなった。
「それにしても……随分と可愛くないハニートラップだったな」
ルークは彼らを出口に押しやり、笑いを堪える。ジルは不機嫌そうに咳払いしたら、バーンスタイン卿とルークは2人を連れて外に出た。
「ジル……あんな不愉快な役回りを……本当にありがとうございました……」
「ああ、まあ……案外モテるというのは気分が良かったぞ? それよりもカミルの件だが、兄の死亡はほぼ間違いないと……」
ジルの堪え難そうな声色で、僕の心も急に沈み込む。兄を想い自分の人生を捧げたカミルにこの真実を伝えるのはあまりに残酷だった。
「でもジルのおかげであの商売はやめさせられそうです。それだけでもクルトに伝えて行こうかと思います」
「そうか。俺はアシュレイとルークにあいつらの運搬を任せて、ここの書類などを押収していく」
僕は頷いて、ジルを見た。ジルは戦闘となれば豪快な手腕を発揮するが、兄弟の中でも1番優しく繊細だと、ルークから何度も聞いた。ジルの中になにか迷いがあるのか、目が見ていられないほど悲しげだった。
「テオは誰かを抱いたことはあるか?」
唐突な質問に耳を疑う。僕は慌てて首を左右に振って、恥ずかしさから俯いた。僕の視界にジルの手が伸びてきて、そこにはよくわからない薬の容器が握られていた。
「カミルは慰めを求めるかもしれない」
「ぼ、僕は! クルトにだけ伝えてすぐに……!」
「テオがどんな気持ちだろうと、カミルは悲しみを紛らわせるため、テオにそう望むかもしれない」
言いなおされて、はじめてジルの言葉の意味を知る。商売がなくなれば必然的に兄との関係が消滅する。今日兄の死を伝えずとも、いつかはカミルが向き合わなければならない問題なのだ。
「男ならば自分の気持ちを押し殺してでも、相手の望みを叶えなければならない時がある。テオが本当にカミルを愛しているのなら、これを持っていけ」
僕は黙ったまま、ジルの大きな手から容器を受けとった。そこにバーンスタイン卿が外から呼ぶ声がする。
「テオはカミルの屋敷に行くな? ジルはどうするのだ?」
ジルは困ったように眉を下げてバーンスタイン卿が呼ぶ出入り口に振り向く。
「テオは経験がないらしい。奇跡の器からの助言はあるか? 軟膏は今やった」
「ああ、女にするよりも優しく、だ。その軟膏を自分自身にも相手にもよく塗り込んで挑め」
高潔な印象のあったバーンスタイン卿はこの前から随分と変わってしまった。僕はこれ以上バーンスタイン卿にこんなことを言わせたくなくて、話を切り上げた。
「カミルが……そう望んだら……助言に従います……」
「こんなことで恥ずかしがっているな! 時には度胸も必要だぞ!」
バーンスタイン卿はそう言い、再び表に出た。彼らを運搬する馬車の手配をしているらしい。
僕が向き直ると、ジルは両手を広げて待っていた。僕は躊躇なくその胸に飛び込む。そして額に何度か祝福のキスをもらったら、僕は馬に乗り込みカミルの屋敷へと向かった。
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