幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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第4部 手負いの獣に蝶と花

第18話 庭か兄か

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 馬に乗って広い宮廷を駆けていたが、途中胸が騒いで馬を止めた。掻きむしりたくなるような胸の疼きに我慢がならず、それを紛らわせるために馬と歩いた。

 月明かりが僕と馬の前の道を照らし、それが鬱蒼と茂る雑木林に消えていく。初夏の夜の上ついた空気はソワソワと不安を掻き立てる。

 考えないようにしているのに、思うことはただひとつだった。カミルは今どんな気持ちで月を見上げているのだろうか。それともまた客に組み敷かれ絶望の中喘いでいるのだろうか。


 カミルの美しい顔立ちや引き締まった体躯が脳裏をかすめる。もし僕だったらーー。

 腹が疼く妄想を散らそうと顔を左右に振り、両手で顔を叩く。

 こんなことを考えてしまうから、僕は彼には見合わないのだ。

 クルトはなぜ僕を頼ったか。それはクルトの言葉からも、カミルの言葉からも推し量ることはできた。花や本を愛する大人しい少年はきっと、花の咲き乱れる庭を愛していたのだ。優しい父と兄に愛され、庭の花を愛し慎ましやかに暮らす幸福な日々。庭はきっとカミルの幸福の象徴だったに違いない。

 それを思えば、兄に戻ってきてもらうため軍を志すカミルの選択がどれほど切実か。当時の心中を察すると心が暴れ出しそうになる。

 ふと立ち止まり、来た道を振り返る。この国の魔力を支える塔が月明かりで怪しく浮かび上がっているのが見える。さっきまで中にいたはずなのに、内側から見る印象と外側のから見る印象は全く違う。

 もしリアムが愛する女性を失い、僕と一緒になったとしたら。笑顔を取り戻せないまま、僕の腕の中に蹲っていたら。僕はそれでも幸福だと感じただろうか。

 そうは思わない。だからカミルの兄を探す。そう決意したのだ。

 一陣の風が僕の頬を掠め、馬の立髪を揺らす。

 リアムの時でさえ我慢ができたのだ。だから大丈夫だ。きっとこの問題も解決するし、カミルの幸福な顔も取り戻せる。胸を叩き、馬の手綱を引く。



 次の日、世紀の大発見をしたかのようなブラウアー兄弟がバーンスタイン卿の元にやってきた。

「おい! ジルがすごい才能を持っていたぞ!」

 バーンスタイン卿に割り当てられた執務室の扉が勢いよく開く。ちなみにブラウアー兄弟は僕と違いそれなりの階級なので自由に出入りができる。

「ジルが……? まあいい、この話はここでは……」

 バーンスタイン卿は僕をチラチラ見ながらルークを嗜める。

「来る途中、護衛に銀貨を握らせておいた。手短に言うぞ。あとは客が来るタイミングを知れればいい。アシュレイ、前に遣いガラスを飛ばしていたな」

「あ、ああ。オットーに頼めば多分出すことはできる」

 ルークの前のめりな提案にバーンスタイン卿は圧倒されていた。

「ゲーゲンバウアー家のクルト宛に出して返信で客の来る頻度や曜日を確かめる! ああ、ジル。昨日は素晴らしかったな!」

「アシュレイ、そのまま斡旋元に乗り込む算段だ。その返信があったら全員で非番の日を合わせる。奇跡の器にはそれくらいの権限はあるな?」

 ジルは、胸を容赦なく叩くルークの髪の毛を引っ張りながら面倒そうに言う。

「こんな時にだけ称号で呼ぶんじゃない。わかった。帰ったらオットーに……」

「書簡は昨日のうちにルイスに持たせた。今頃バーンスタイン家の口うるさい使用人を言いくるめているはずだ」

 バーンスタイン卿は笑う。

「もう決定事項ではないか」
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