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第4部 手負いの獣に蝶と花
第9話 人を愛すること
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ティーカップを傾けて黄金の水面を眺める。紅茶に映る夜を眺めて、リアムの幸せそうな顔を思い出していた。
彼が人のものになるとわかっていたら、彼を愛さなかっただろうか。あの幸福そうな顔を見たいと願わなかっただろうか。
リアムの背中には鞭で打たれた痕があった。一般的に考えるような鞭の傷ではなかった。まるで猛獣に襲われ肉を食いちぎられたかのような傷跡。
その傷跡を癒せるのは彼の愛する女性だけだと思っていた。しかし心のどこかでリアムは女性と巡り会えないと高を括っていた部分があった。本人ではなく他人の僕がそう思っていたのだ。
愛する人の不幸を願わなければ、自分の幸福に辿り着けない、そんな運命に僕は疲れていた。
「カミルへの説得は僕でも難しいというのは、今の話でわかったかと思います。しかしここで話を終わらせては今日の貴方の労力に報いることができない」
カミルは兄と自分を引き裂いた、自分の体を憎んでいるのだろう。だからあんな常軌を逸した商売も受け入れられるのだ。こうなってしまっては誰がなんと言おうと、説得することは不可能だと思えた。兄以外は。
「カミルの兄上を探してみたいと思います。家に戻るかどうかはやってみないとわかりませんが、少なくとも浪費を食い止めることはできるかもしれません」
クルトは感極まったのか俯き、震え出してしまった。
「友人として、なので安心してください。そのかわり、僕の上官にも協力いただいてもよろしいでしょうか?」
「勿体ないお言葉……テオ様……テオ様……」
彼の嗚咽が止むのを待ったら、2人はバーンスタイン邸にゆっくり歩き出した。
屋敷の正面扉を叩いたら、軍服のままのバーンスタイン卿が飛び出してきた。きっと僕を案じ、エントランスでウロウロしていたに違いない。だから僕は笑って端的に伝えた。
「バーンスタイン卿、僕の消耗戦に少々付き合っていただけませんか?」
バーンスタイン卿の自慢の手料理をいただいたらクルトのみならず、僕も泊めてもらうことになった。そして就寝前、彼の部屋でカミルの兄の話をする。カミルの商売には触れず、ただ借金に困っているとぼかして話したが、それがかえってバーンスタイン卿の勘を鋭くさせた。
「なぜクルトはテオを頼ったのだ?」
バーンスタイン卿から見れば、婚姻の儀以来、僕とカミルの接点はない。至極当然な質問だった。
「バーンスタイン卿も僕がカミルに気があることを見抜いていたじゃないですか。クルトの名誉のために言いますが、彼は僕に指摘されるまで、カミルが屋敷に固執する理由をわかっていなかったのです」
「それでもテオはカミルの兄を探すのか?」
僕はリアムへの恋慕で感じた後悔を話そうか悩んだ。しかしそう話すこと自体が言い訳がましい気がしたのだ。
「今度はちゃんと選んでもらいたい。その土俵に立つためにカミルの兄を探し出します」
「別に……探し出さなくとも……」
「僕の中には、バーンスタイン卿にも見せられないような醜く凶暴な心があるのです」
リアムの女性やカミルの兄が見つからなければいいと願う汚い心や、彼の罪悪感を利用して関係を持とうとする狡猾さ。それに、あの惨状を思い出して昂る自分の劣情。なににも向き合わないまま真に彼を幸福にすることはできない。幸福を願うことすらできないのだ。
「男はみんな持っているさ。明日念のためブラウアー兄弟に声をかけるが、兄の居場所まではわからないだろうから、手がかりになる情報を集めよう」
「バーンスタイン卿……」
「なんだ?」
「ありがとうございます……」
バーンスタイン卿が笑い出す。なぜこのタイミングで笑い出すのか分からず困惑していると、彼は目尻を拭いながら言った。
「頼ってくれて嬉しいのだ。テオは俺が喜ぶことばかりする」
彼が人のものになるとわかっていたら、彼を愛さなかっただろうか。あの幸福そうな顔を見たいと願わなかっただろうか。
リアムの背中には鞭で打たれた痕があった。一般的に考えるような鞭の傷ではなかった。まるで猛獣に襲われ肉を食いちぎられたかのような傷跡。
その傷跡を癒せるのは彼の愛する女性だけだと思っていた。しかし心のどこかでリアムは女性と巡り会えないと高を括っていた部分があった。本人ではなく他人の僕がそう思っていたのだ。
愛する人の不幸を願わなければ、自分の幸福に辿り着けない、そんな運命に僕は疲れていた。
「カミルへの説得は僕でも難しいというのは、今の話でわかったかと思います。しかしここで話を終わらせては今日の貴方の労力に報いることができない」
カミルは兄と自分を引き裂いた、自分の体を憎んでいるのだろう。だからあんな常軌を逸した商売も受け入れられるのだ。こうなってしまっては誰がなんと言おうと、説得することは不可能だと思えた。兄以外は。
「カミルの兄上を探してみたいと思います。家に戻るかどうかはやってみないとわかりませんが、少なくとも浪費を食い止めることはできるかもしれません」
クルトは感極まったのか俯き、震え出してしまった。
「友人として、なので安心してください。そのかわり、僕の上官にも協力いただいてもよろしいでしょうか?」
「勿体ないお言葉……テオ様……テオ様……」
彼の嗚咽が止むのを待ったら、2人はバーンスタイン邸にゆっくり歩き出した。
屋敷の正面扉を叩いたら、軍服のままのバーンスタイン卿が飛び出してきた。きっと僕を案じ、エントランスでウロウロしていたに違いない。だから僕は笑って端的に伝えた。
「バーンスタイン卿、僕の消耗戦に少々付き合っていただけませんか?」
バーンスタイン卿の自慢の手料理をいただいたらクルトのみならず、僕も泊めてもらうことになった。そして就寝前、彼の部屋でカミルの兄の話をする。カミルの商売には触れず、ただ借金に困っているとぼかして話したが、それがかえってバーンスタイン卿の勘を鋭くさせた。
「なぜクルトはテオを頼ったのだ?」
バーンスタイン卿から見れば、婚姻の儀以来、僕とカミルの接点はない。至極当然な質問だった。
「バーンスタイン卿も僕がカミルに気があることを見抜いていたじゃないですか。クルトの名誉のために言いますが、彼は僕に指摘されるまで、カミルが屋敷に固執する理由をわかっていなかったのです」
「それでもテオはカミルの兄を探すのか?」
僕はリアムへの恋慕で感じた後悔を話そうか悩んだ。しかしそう話すこと自体が言い訳がましい気がしたのだ。
「今度はちゃんと選んでもらいたい。その土俵に立つためにカミルの兄を探し出します」
「別に……探し出さなくとも……」
「僕の中には、バーンスタイン卿にも見せられないような醜く凶暴な心があるのです」
リアムの女性やカミルの兄が見つからなければいいと願う汚い心や、彼の罪悪感を利用して関係を持とうとする狡猾さ。それに、あの惨状を思い出して昂る自分の劣情。なににも向き合わないまま真に彼を幸福にすることはできない。幸福を願うことすらできないのだ。
「男はみんな持っているさ。明日念のためブラウアー兄弟に声をかけるが、兄の居場所まではわからないだろうから、手がかりになる情報を集めよう」
「バーンスタイン卿……」
「なんだ?」
「ありがとうございます……」
バーンスタイン卿が笑い出す。なぜこのタイミングで笑い出すのか分からず困惑していると、彼は目尻を拭いながら言った。
「頼ってくれて嬉しいのだ。テオは俺が喜ぶことばかりする」
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