幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
217 / 240
第4部 手負いの獣に蝶と花

第8話 バーンスタイン邸の訪問者

しおりを挟む
 バーンスタイン邸は小さいながらも隅々まで手入れのされた庭がある。夏の夜ともあってか、風通しのいいガゼボに案内された。日中の予熱が天に昇る不思議な感覚はより一層庭の緑を魅惑的にさせていた。その緑に虫の音が涼やかに響く。

 僕がガゼボに着くなり、バーンスタイン家の使用人、オットーが立ち上がり椅子の背を引いた。目の前にはすでにクルトが座っていたのだ。

「お待たせしたようで申し訳ございません」

 クルトは慌てて立ち上がり、僕とオットーを交互に見る。オットーはそれを悟って、お茶を淹れたら早々に屋敷へ引っ込んだ。

「先日は……その……」

「まずはお茶をいただきましょう。今日は日中暑かったですが馬で来られたのですか?」

 僕が着席すると、クルトはおずおずと座りそしてカップを口に運んだ。

「今日はバーンスタイン家に宿泊させていただき、明日の朝に帰ります。馬車で来ましたので……坊ちゃんには2日暇を出してもらったのです」

 あの惨状を見てからというもの、クルトの発する「坊ちゃん」という呼び名には違和感しかない。

「先日のことは誰にも口外しておりません。今日もお礼を述べられたと、バーンスタイン卿にはそう申し上げるつもりです。しかし……もしあの商売をやめさせたいという相談であれば……それは僕には……」

「な……なぜです……?」

 クルトはきっと僕とカミルが固い友情で結ばれているとでも思っているのだろう。だからその願いを叶えてくれると信じてやってきたに違いない。

「単刀直入に申し上げますと、僕も彼を犯したいという欲望を持っているからです。友情ではなく……彼を……自分のものにしたいと……。それはクルトの本望ではないのでは?」

 もし男から乱暴に犯されることを不正義だと感じるのであれば、それが僕にすげ変わったところで同じだろうと思った。

「ああ……どこから話したら……しかし、私は貴方様なら彼を救ってくださるかもしれない、そう思って今日ここまで来ました……」

 クルトはそう言うと、カミルが随分幼い時からの話をしだした。

 ゲーゲンバウアー家は代々周辺の領地を治める由緒正しき家柄で、魔人の世襲により今日まで受け継がれてきた。前当主は2人の子息に恵まれたが、未子、つまりカミルの出産で母親は死亡。それから男手ひとつで兄弟は育てられたという。

 兄弟は6つも離れていたことから、カミルは屋敷でも一際過保護に育てられる。母親に似たのか花や本を愛し、おとなしい性分から兄はいつも弟につきっきりだったという。しかし思春期を境に体つきが屋敷中の誰よりも大きくなったことで状況が一変した。

 兄は急にカミルを邪険に扱うようになり、遂には家に寄り付かなくなったのだ。カミルはそれに責任を感じ、当主を兄とすべく自分は軍に入隊したという。

「坊ちゃんは、虫も殺せぬ優しい性分。兄の面目のためとはいえ、軍に入るなど……お父様も反対されていました」

 思ってもみなかった話題は迂闊に相槌さえ打てなかった。以前覚えた違和感は解決できたが、新たな疑問が浮かび上がる。なぜ兄が当主とならなかったのか? 僕の疑念を感じたクルトは続けた。

「兄はあれから一度も家に帰って来ず、しかし秘密裏に屋敷を抵当に借金を繰り返していたのです。それがわかったのは父上が亡くなった時でした。兄は家を継ぐ気もなければ家にも寄り付かない。カミル様も軍に馴染んだ頃でした。なので私めは恐れ多くも屋敷を手放すことを進言しました」

 急に僕は婚姻の儀の時の情景を思い出す。大きな体で庭が見たいと言ったカミルを。

「坊ちゃんは私めの進言を受け入れず、軍で得た財産を全て投じて屋敷を残しました。しかし兄はどこかで借金を繰り返していて……首が回らなくなった頃、債権者からあのような客が寄越されるようになったのです……」

 寂しそうに笑うカミル。僕は彼を前にすると、いつだって認めたくないことを飲み込まなければならなくなる。あの惨状を見せつけられた時も、今も。

「カミルは、兄上に戻ってきてもらいたいのですね」

 クルトは息を飲んだ。まるでそう考えたことはなかったとばかりに。そうでなければ僕に、こんなお願いをするのは残酷すぎる。

 2人が沈黙したことで、虫の音がやけに耳に響く。そして思うのだ。

ーーこんな役回りばかりだな。
しおりを挟む
口なしに熱風| ふざけた女装の隣国王子が我が国の後宮で無双をはじめるそうです

口なしの封緘

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...