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第4部 手負いの獣に蝶と花
第8話 バーンスタイン邸の訪問者
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バーンスタイン邸は小さいながらも隅々まで手入れのされた庭がある。夏の夜ともあってか、風通しのいいガゼボに案内された。日中の予熱が天に昇る不思議な感覚はより一層庭の緑を魅惑的にさせていた。その緑に虫の音が涼やかに響く。
僕がガゼボに着くなり、バーンスタイン家の使用人、オットーが立ち上がり椅子の背を引いた。目の前にはすでにクルトが座っていたのだ。
「お待たせしたようで申し訳ございません」
クルトは慌てて立ち上がり、僕とオットーを交互に見る。オットーはそれを悟って、お茶を淹れたら早々に屋敷へ引っ込んだ。
「先日は……その……」
「まずはお茶をいただきましょう。今日は日中暑かったですが馬で来られたのですか?」
僕が着席すると、クルトはおずおずと座りそしてカップを口に運んだ。
「今日はバーンスタイン家に宿泊させていただき、明日の朝に帰ります。馬車で来ましたので……坊ちゃんには2日暇を出してもらったのです」
あの惨状を見てからというもの、クルトの発する「坊ちゃん」という呼び名には違和感しかない。
「先日のことは誰にも口外しておりません。今日もお礼を述べられたと、バーンスタイン卿にはそう申し上げるつもりです。しかし……もしあの商売をやめさせたいという相談であれば……それは僕には……」
「な……なぜです……?」
クルトはきっと僕とカミルが固い友情で結ばれているとでも思っているのだろう。だからその願いを叶えてくれると信じてやってきたに違いない。
「単刀直入に申し上げますと、僕も彼を犯したいという欲望を持っているからです。友情ではなく……彼を……自分のものにしたいと……。それはクルトの本望ではないのでは?」
もし男から乱暴に犯されることを不正義だと感じるのであれば、それが僕にすげ変わったところで同じだろうと思った。
「ああ……どこから話したら……しかし、私は貴方様なら彼を救ってくださるかもしれない、そう思って今日ここまで来ました……」
クルトはそう言うと、カミルが随分幼い時からの話をしだした。
ゲーゲンバウアー家は代々周辺の領地を治める由緒正しき家柄で、魔人の世襲により今日まで受け継がれてきた。前当主は2人の子息に恵まれたが、未子、つまりカミルの出産で母親は死亡。それから男手ひとつで兄弟は育てられたという。
兄弟は6つも離れていたことから、カミルは屋敷でも一際過保護に育てられる。母親に似たのか花や本を愛し、おとなしい性分から兄はいつも弟につきっきりだったという。しかし思春期を境に体つきが屋敷中の誰よりも大きくなったことで状況が一変した。
兄は急にカミルを邪険に扱うようになり、遂には家に寄り付かなくなったのだ。カミルはそれに責任を感じ、当主を兄とすべく自分は軍に入隊したという。
「坊ちゃんは、虫も殺せぬ優しい性分。兄の面目のためとはいえ、軍に入るなど……お父様も反対されていました」
思ってもみなかった話題は迂闊に相槌さえ打てなかった。以前覚えた違和感は解決できたが、新たな疑問が浮かび上がる。なぜ兄が当主とならなかったのか? 僕の疑念を感じたクルトは続けた。
「兄はあれから一度も家に帰って来ず、しかし秘密裏に屋敷を抵当に借金を繰り返していたのです。それがわかったのは父上が亡くなった時でした。兄は家を継ぐ気もなければ家にも寄り付かない。カミル様も軍に馴染んだ頃でした。なので私めは恐れ多くも屋敷を手放すことを進言しました」
急に僕は婚姻の儀の時の情景を思い出す。大きな体で庭が見たいと言ったカミルを。
「坊ちゃんは私めの進言を受け入れず、軍で得た財産を全て投じて屋敷を残しました。しかし兄はどこかで借金を繰り返していて……首が回らなくなった頃、債権者からあのような客が寄越されるようになったのです……」
寂しそうに笑うカミル。僕は彼を前にすると、いつだって認めたくないことを飲み込まなければならなくなる。あの惨状を見せつけられた時も、今も。
「カミルは、兄上に戻ってきてもらいたいのですね」
クルトは息を飲んだ。まるでそう考えたことはなかったとばかりに。そうでなければ僕に、こんなお願いをするのは残酷すぎる。
2人が沈黙したことで、虫の音がやけに耳に響く。そして思うのだ。
ーーこんな役回りばかりだな。
僕がガゼボに着くなり、バーンスタイン家の使用人、オットーが立ち上がり椅子の背を引いた。目の前にはすでにクルトが座っていたのだ。
「お待たせしたようで申し訳ございません」
クルトは慌てて立ち上がり、僕とオットーを交互に見る。オットーはそれを悟って、お茶を淹れたら早々に屋敷へ引っ込んだ。
「先日は……その……」
「まずはお茶をいただきましょう。今日は日中暑かったですが馬で来られたのですか?」
僕が着席すると、クルトはおずおずと座りそしてカップを口に運んだ。
「今日はバーンスタイン家に宿泊させていただき、明日の朝に帰ります。馬車で来ましたので……坊ちゃんには2日暇を出してもらったのです」
あの惨状を見てからというもの、クルトの発する「坊ちゃん」という呼び名には違和感しかない。
「先日のことは誰にも口外しておりません。今日もお礼を述べられたと、バーンスタイン卿にはそう申し上げるつもりです。しかし……もしあの商売をやめさせたいという相談であれば……それは僕には……」
「な……なぜです……?」
クルトはきっと僕とカミルが固い友情で結ばれているとでも思っているのだろう。だからその願いを叶えてくれると信じてやってきたに違いない。
「単刀直入に申し上げますと、僕も彼を犯したいという欲望を持っているからです。友情ではなく……彼を……自分のものにしたいと……。それはクルトの本望ではないのでは?」
もし男から乱暴に犯されることを不正義だと感じるのであれば、それが僕にすげ変わったところで同じだろうと思った。
「ああ……どこから話したら……しかし、私は貴方様なら彼を救ってくださるかもしれない、そう思って今日ここまで来ました……」
クルトはそう言うと、カミルが随分幼い時からの話をしだした。
ゲーゲンバウアー家は代々周辺の領地を治める由緒正しき家柄で、魔人の世襲により今日まで受け継がれてきた。前当主は2人の子息に恵まれたが、未子、つまりカミルの出産で母親は死亡。それから男手ひとつで兄弟は育てられたという。
兄弟は6つも離れていたことから、カミルは屋敷でも一際過保護に育てられる。母親に似たのか花や本を愛し、おとなしい性分から兄はいつも弟につきっきりだったという。しかし思春期を境に体つきが屋敷中の誰よりも大きくなったことで状況が一変した。
兄は急にカミルを邪険に扱うようになり、遂には家に寄り付かなくなったのだ。カミルはそれに責任を感じ、当主を兄とすべく自分は軍に入隊したという。
「坊ちゃんは、虫も殺せぬ優しい性分。兄の面目のためとはいえ、軍に入るなど……お父様も反対されていました」
思ってもみなかった話題は迂闊に相槌さえ打てなかった。以前覚えた違和感は解決できたが、新たな疑問が浮かび上がる。なぜ兄が当主とならなかったのか? 僕の疑念を感じたクルトは続けた。
「兄はあれから一度も家に帰って来ず、しかし秘密裏に屋敷を抵当に借金を繰り返していたのです。それがわかったのは父上が亡くなった時でした。兄は家を継ぐ気もなければ家にも寄り付かない。カミル様も軍に馴染んだ頃でした。なので私めは恐れ多くも屋敷を手放すことを進言しました」
急に僕は婚姻の儀の時の情景を思い出す。大きな体で庭が見たいと言ったカミルを。
「坊ちゃんは私めの進言を受け入れず、軍で得た財産を全て投じて屋敷を残しました。しかし兄はどこかで借金を繰り返していて……首が回らなくなった頃、債権者からあのような客が寄越されるようになったのです……」
寂しそうに笑うカミル。僕は彼を前にすると、いつだって認めたくないことを飲み込まなければならなくなる。あの惨状を見せつけられた時も、今も。
「カミルは、兄上に戻ってきてもらいたいのですね」
クルトは息を飲んだ。まるでそう考えたことはなかったとばかりに。そうでなければ僕に、こんなお願いをするのは残酷すぎる。
2人が沈黙したことで、虫の音がやけに耳に響く。そして思うのだ。
ーーこんな役回りばかりだな。
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