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第4部 手負いの獣に蝶と花
第5話 屋敷と使用人
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カミルの住う屋敷は王都から馬車で1日、早馬で半日といった場所にあった。決して王都から近いとはいえないが、それでも僕の家の領地よりは王都に近い。あれから1週間、ここに来るための様々な言い訳を考えていたが、それを考える時点で会いに行きたいのだと納得し、非番のこの日にゲーゲンバウアー邸の門の前に立った。
庭の手入れに才がないと彼は言っていたが、丹念に切り揃えられた芝生は初夏の光を反射して、青く光っている。その先の屋敷は石造の立派なものだった。
門番がいないことから、僕は馬ごと門を潜り、玄関アプローチを駆ける。来客か使用人の馬かはわからないが、玄関先に馬が乗り捨てられていたので、僕もそこで馬を降りて玄関の戸を叩いた。
中から顔を出した使用人は、婚姻の儀に来ていた庸人だった。
「先日はご迷惑をおかけいたしました。本日はそのお礼に参りました。突然の訪問をお許しください」
「ああ、ああ。テオ=フューラー様。カミル様を身を挺してお守りくださったと後で聞き及びました。本来ならばこちらからお礼に上がるところを……」
彼はわずかに頭を下げて、玄関戸を開けた。
「カミル様もきっと御喜びになります。本日は生憎、使用人が私しかおりませんゆえ。後ほど茶を運びますので、先にカミル様のお部屋にお向かいください」
「使用人が貴方だけなのですか?」
この広い屋敷に使用人が1人だけというのに驚き、つい声をあげてしまう。彼が僕の疑問に気まずそうに俯いたので、自分の失言を詫びた。
「カミルの部屋はどちらになりますか?」
「2階のつきあたりになります。昼食は召し上がられましたか?」
「はい、道中に済ませてきたので、お構いなく」
使用人は首を垂れて、階段に手を差し出したので、誘われるまま進む。階段を登る時に、胸にしまったハンカチ2枚を確かめた。
カミルが僕の傷口に巻いてくれたハンカチは、綺麗に血を落とすことができなかった。だから王都で新しいハンカチを購入したのだ。蝶の刺繍のものはついぞ見つからなかったが、あの日見られなかった庭園に擬え、花の刺繍が入ったものを選んだ。
喜んでくれるといい、そう胸を高鳴らせて2階奥の部屋の前に立った時、勢いよく扉が開け放たれた。飛び出してきたのは、カミルよりやや小さめの、しかし大きさから魔人とわかる中年男性だった。身なりからいってかろうじて貴族なのだろうが、服があちこちはだけてだらしのない印象が拭えない。
「ああ、なんだ。こんな若い客もとるのか? ああ、でも体が小さいから、大きいのを虐めたくなっちゃうのかな?」
気味の悪い笑みを浮かべ、中年男性は僕を舐めるように見る。その視線が気持ち悪くて、僕は顔を背けて彼が去るのを待った。
「若いのにこんな趣味を? 君、もしかしてそっちもいけるクチなら、おじさんのところにおいでよ。あいつと違って君はかわいい顔をしているから、腹の中優しくかき混ぜて出したことない汁を出せるようにしてあげるよ」
吐き気を感じ、端的に問う。
「家名とお名前を」
彼の顔を見ていないからわからないが、一瞬の沈黙のあと、舌打ちをしながら去った。僕は童顔でよく子どもに間違われる。だから貴族として、成人男性として、至極真っ当な礼節に驚き去っていったのだろう。
そして顔を上げ、開け放たれた扉の先が見えるや否や、僕は走り出してしまう。
「カミル!」
叫び出してしまうほどの惨状だった。カミルは手足をベッドに縛りつけられ、うつ伏せに沈んでいた。背中には無数の傷があり、そしてーー。
「なんてことを……!」
僕は上着を脱いで彼の腰にそれを被せた。ハンカチが落ちてしまったが気になどとめていられない。
見ていられないほどだったのだ。さっきまでなにかを突っ込まれていたであろうそこは閉じることもできず痙攣し、そこから腹の中が見えるほどだった。そして、流れ出す白濁。
僕は足の縄の方から解く。だいぶ抵抗したのだろう、縄が食い込み血が滲んでいた。
庭の手入れに才がないと彼は言っていたが、丹念に切り揃えられた芝生は初夏の光を反射して、青く光っている。その先の屋敷は石造の立派なものだった。
門番がいないことから、僕は馬ごと門を潜り、玄関アプローチを駆ける。来客か使用人の馬かはわからないが、玄関先に馬が乗り捨てられていたので、僕もそこで馬を降りて玄関の戸を叩いた。
中から顔を出した使用人は、婚姻の儀に来ていた庸人だった。
「先日はご迷惑をおかけいたしました。本日はそのお礼に参りました。突然の訪問をお許しください」
「ああ、ああ。テオ=フューラー様。カミル様を身を挺してお守りくださったと後で聞き及びました。本来ならばこちらからお礼に上がるところを……」
彼はわずかに頭を下げて、玄関戸を開けた。
「カミル様もきっと御喜びになります。本日は生憎、使用人が私しかおりませんゆえ。後ほど茶を運びますので、先にカミル様のお部屋にお向かいください」
「使用人が貴方だけなのですか?」
この広い屋敷に使用人が1人だけというのに驚き、つい声をあげてしまう。彼が僕の疑問に気まずそうに俯いたので、自分の失言を詫びた。
「カミルの部屋はどちらになりますか?」
「2階のつきあたりになります。昼食は召し上がられましたか?」
「はい、道中に済ませてきたので、お構いなく」
使用人は首を垂れて、階段に手を差し出したので、誘われるまま進む。階段を登る時に、胸にしまったハンカチ2枚を確かめた。
カミルが僕の傷口に巻いてくれたハンカチは、綺麗に血を落とすことができなかった。だから王都で新しいハンカチを購入したのだ。蝶の刺繍のものはついぞ見つからなかったが、あの日見られなかった庭園に擬え、花の刺繍が入ったものを選んだ。
喜んでくれるといい、そう胸を高鳴らせて2階奥の部屋の前に立った時、勢いよく扉が開け放たれた。飛び出してきたのは、カミルよりやや小さめの、しかし大きさから魔人とわかる中年男性だった。身なりからいってかろうじて貴族なのだろうが、服があちこちはだけてだらしのない印象が拭えない。
「ああ、なんだ。こんな若い客もとるのか? ああ、でも体が小さいから、大きいのを虐めたくなっちゃうのかな?」
気味の悪い笑みを浮かべ、中年男性は僕を舐めるように見る。その視線が気持ち悪くて、僕は顔を背けて彼が去るのを待った。
「若いのにこんな趣味を? 君、もしかしてそっちもいけるクチなら、おじさんのところにおいでよ。あいつと違って君はかわいい顔をしているから、腹の中優しくかき混ぜて出したことない汁を出せるようにしてあげるよ」
吐き気を感じ、端的に問う。
「家名とお名前を」
彼の顔を見ていないからわからないが、一瞬の沈黙のあと、舌打ちをしながら去った。僕は童顔でよく子どもに間違われる。だから貴族として、成人男性として、至極真っ当な礼節に驚き去っていったのだろう。
そして顔を上げ、開け放たれた扉の先が見えるや否や、僕は走り出してしまう。
「カミル!」
叫び出してしまうほどの惨状だった。カミルは手足をベッドに縛りつけられ、うつ伏せに沈んでいた。背中には無数の傷があり、そしてーー。
「なんてことを……!」
僕は上着を脱いで彼の腰にそれを被せた。ハンカチが落ちてしまったが気になどとめていられない。
見ていられないほどだったのだ。さっきまでなにかを突っ込まれていたであろうそこは閉じることもできず痙攣し、そこから腹の中が見えるほどだった。そして、流れ出す白濁。
僕は足の縄の方から解く。だいぶ抵抗したのだろう、縄が食い込み血が滲んでいた。
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