幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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第4部 手負いの獣に蝶と花

第1話 婚姻の儀

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 初夏の柔らかな陽気に、宮殿前の芝生が碧く光る。このベルクマイヤ王国の主が住う宮殿は王都を見下ろす小高い丘に位置する。その宮殿前の広場で婚姻の儀が執り行われた。

 前代未聞の婚姻は、なにも番う者が男同士という問題だけではない。国王の結婚にしてはやけに厳重な装備での参列を求められ、集められた貴族もごくわずかだった。つはりは国王の婚儀とは思えないほど質素だったのだ。

 でも僕が愛する人はとても幸せそうだった。

 今日は彼のどんな顔を見ても決して泣かないと心に決めてきたのに。頬や耳を染めて国王に笑いかける彼を見ていられず、宮殿のはずれまで歩いてきてしまった。

 僕が4年想い続けた同郷のリアムは今日この日、国王と婚姻を結んだ。彼はこれから宮殿内で暮らす。

 自分が幸せにできないからといって、心からリアムを祝福できないのはあまりに薄情な気がした。でも考えずにはいられないのだ。もしかしたら僕にだってチャンスがあったのかもしれない、と。

 彼は隣国からの難民で、4年前我が家の領地で保護した庸人だった。僕は魔人といえど体の小さな同じ年。辺境貴族の三男坊に身分など無いに等しく、彼と出会ってから仲良くなるまでにそう時間はかからなかった。

 でもその関係に異変が生じたのは僕だけだった。彼が女性を探すために故郷を飛び出してきたという秘密を打ち明けてくれた時、僕の中に眠る仄暗い欲望に気づかされた。

 彼は女性を愛していた。彼女を救うため自らの運命に立ち向かっていたのだ。

 でも僕はそんな彼を組み敷いて、自分のものにしたいという欲望に苛むこととなった。黒く染められたシルクのような髪、夜を宿した漆黒の瞳、彼女の話をする時にだけ僅かに紅が差す柔らかそうな頬。庸人とは思えないほどの鍛えられた体躯。

 たった一度でもいい、そう願って幾つもの夜を超えた。しかし友人という境界線を越えられなかったのは、彼が女性を愛していたからだった。そんな彼が今日、男性と結婚をした。

「消耗戦か……」
 
 心の中で薪の爆ぜる音が響く。

ーーだが思いを馳せた時間だけが愛の証明と言うのであれば、これから先誰も愛せない。

 思い出したのは、野営の薪が燃える音とルーカス=ブラウアーの言葉。捕虜を隣国に引き渡す任務で野営の宴を開いた時、リアムに向けられた言葉だった。

 過去の自分はその言葉に安堵に似た感情を覚えたものだ。たとえ国王陛下であろうとリアムの心も体も奪うことはできない、と。その呑気さと、言葉の苦味を噛み締める。

「ご気分がすぐれませんか?」

 急に投げかけられた男の声に思わず剣の柄を掴んだ。しかしすぐに巨大な影に包まれて、後ろに立っているのは魔人だと理解する。

「少し……お酒を飲みすぎたようで……」

「慎ましくも美しい婚姻の儀でした。お2人とも幸せそうで。リアム殿のご友人ですか?」

 痛む心から逃れるように振り返る。影の大きさから予想はしていたが、見上げるほどの大きな魔人貴族だった。

「はい。リアムの同郷の友人で、バーンスタイン卿の配下の、テオ=フューラーと申します」

 僕は自己紹介をしながら視線を上げていく。僕が知る一番大きな魔人は、ジルベスタ=ブラウアー。今目の前にいる魔人はジルと同じくらいの巨体だった。しかし切り揃えられた黒髪の間からのぞく目は、僅かな憂いを帯びていて、豪快な印象のあるジルとは似ても似つかない。男の色気を纏うその美しい顔に釘づけになった。

「私はカミル=ゲーゲンバウアーです。国王陛下とも、リアム殿ともあまり面識がなく……もしかして貴方も、と思って声をかけたのですが……」

 困ったように笑うその顔が更に色香を放つ。

「面識がない……?」

「ええ、私の屋敷に召し抱えた庸人の使用人が、国王の古い友人のようで。当主である私はついでに呼ばれたようなものです」

「そう……ですか……」

 確かに婚姻の儀の間中不思議に思っていたのだ。バーンスタイン卿、ブラウアー兄弟は年老いた庸人の使用人も連れ立って参列していた。庸人の使用人を連れていないのは僕の家だけだったのだ。

「バーンスタイン卿の配下と仰っていましたが、テオ様は軍人なのですね」

「テオとお呼びください。しがない兵卒です。貴方の方がよっぽど軍人らしい」

 自分も同じ魔人男性というにはおこがましいほどに。リアムが愛した国王陛下にしてもそうだ。それが僕の劣等感を駆り立てる。

「では私をカミルとお呼びください。酔い覚ましに少し歩きませんか? こんな機会がなければ王宮になど上がれない。庭園を見てみたいと思っていたのです」

「以前友人の見舞いでこの宮殿に出入りしたことがあるのです。この先によく手入れのされた花の庭園がございました。僕が案内いたします」
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