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3部番外編
消耗戦(アシュレイ視点)
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駐屯地には演習場が設られており、日々兵卒が教官に絞られながら切磋琢磨している。春も麗かな陽気に似つかわしくない男の怒声が遠くから響き渡ってくる。
「バーンスタイン卿。僕に剣術の稽古をつけていただけませんか?」
「剣術? それならばブラウアー兄弟の方が……」
「バーンスタイン卿にご教授いただきたいのです」
ソバカスの散る鼻筋が緊張からか少し震えていた。ただならぬ雰囲気に息をのむ。普段の執務で教官以外が兵卒を指導することなどないし、テオがこんなことを申し出るなんてはじめてだった。
2人の視線が絡み合い、その間を兵卒たちの喧騒が通り抜けた。真意が計りきれずしばらく膠着状態が続いたが、俺が根負けして息を吐いた。
「わかった。我流だからクセがあるぞ」
俺が剣を抜くと、テオもおずおずと剣を抜く。構えは基本に忠実。兵卒らしい初々しさが残る隙の多さだったが、右足をジリッと前に出した時に、それは俺の先入観だと知る。
「上手いな。攻防とはなんたるか心得ている」
テオは俺が攻撃しやすいようわざと隙を作っているのだ。視線、力の抜け具合、そして剣の向く先が、俺をつぶさに観察していることを物語っている。
グリップを握り、テオが誘う通りに小手を目掛けて走り出す。期待通りの攻撃にテオは剣で剣の側面を弾き、そこから型通りの攻防が続いた。
キン、キンと甲高い音と、テオの低い息づかいが、空中に放り出されていく。
「テオ、俺は不満の言い難い上官か?」
剣身をグッとテオ側に押し当て、お互いの鍔が鈍い音を立ててぶつかり合う。そのまま力任せに突き放すと、テオは呆気ないほど簡単にヨレヨレと後退した。
「状況を窺っているだけでは消耗戦になるだけだぞ!」
構えが中途半端になってしまったテオに数歩で走り寄り、腕の先の鋒が弧を描く。形の崩れたテオは這々の体を演じ、片手であげた剣から悲鳴があがる。振り下ろした剣が火花を散らしてテオの剣身を走り抜けたら、俺は体を返して左から打ち込む。予想していただろうテオは地面を蹴って後ろに飛んだ。
「バーンスタイン卿に……不満などありません……」
震えるテオの喉元に俺の剣の鋒が光る。また2人に沈黙の膠着状態が訪れたので、俺は息を吐きながら剣を鞘に納めた。
「剣の稽古ではないだろう? なにが望みだ」
テオのソバカスはまだ緊張で震えている。それを見ると、自分こそが言いづらい雰囲気にさせているのではないかと不安になる。
「明日、陛下はリアムを迎えに上がるのですか?」
秘匿性の高い情報を突きつけられ、今まで勘づくことすらできなかったテオの気持ちに目を見開く。テオの同郷で先日まで同じ軍に所属していたリアムは、現在王都で暮らしている。国王陛下が明日、催事の帰りにリアムが身を寄せている貸屋に立ち寄り、婚約を済ませる手筈だった。
「バーンスタイン卿の仰る通りです。相手の出方を窺うだけで、消耗戦でした」
「違う、そういった意味で言ったのでは……」
「リアムが……幸せなら、それでいいんです」
鞘に収められるわけでもなく、かろうじてテオの指にかかっていた剣が、乾いた音を立てて地面に転がる。
俺は走り寄って前に倒れかけたテオを抱いた。
「攻めずにはいられない相手が見つかる。国王陛下だってそうだったのだ」
テオは俺の慰めに答えなかった。腕の中で愛らしいソバカスが涙に濡れていると思うと、いたたまれず両腕に力を込めて抱きしめた。
「バーンスタイン卿。僕に剣術の稽古をつけていただけませんか?」
「剣術? それならばブラウアー兄弟の方が……」
「バーンスタイン卿にご教授いただきたいのです」
ソバカスの散る鼻筋が緊張からか少し震えていた。ただならぬ雰囲気に息をのむ。普段の執務で教官以外が兵卒を指導することなどないし、テオがこんなことを申し出るなんてはじめてだった。
2人の視線が絡み合い、その間を兵卒たちの喧騒が通り抜けた。真意が計りきれずしばらく膠着状態が続いたが、俺が根負けして息を吐いた。
「わかった。我流だからクセがあるぞ」
俺が剣を抜くと、テオもおずおずと剣を抜く。構えは基本に忠実。兵卒らしい初々しさが残る隙の多さだったが、右足をジリッと前に出した時に、それは俺の先入観だと知る。
「上手いな。攻防とはなんたるか心得ている」
テオは俺が攻撃しやすいようわざと隙を作っているのだ。視線、力の抜け具合、そして剣の向く先が、俺をつぶさに観察していることを物語っている。
グリップを握り、テオが誘う通りに小手を目掛けて走り出す。期待通りの攻撃にテオは剣で剣の側面を弾き、そこから型通りの攻防が続いた。
キン、キンと甲高い音と、テオの低い息づかいが、空中に放り出されていく。
「テオ、俺は不満の言い難い上官か?」
剣身をグッとテオ側に押し当て、お互いの鍔が鈍い音を立ててぶつかり合う。そのまま力任せに突き放すと、テオは呆気ないほど簡単にヨレヨレと後退した。
「状況を窺っているだけでは消耗戦になるだけだぞ!」
構えが中途半端になってしまったテオに数歩で走り寄り、腕の先の鋒が弧を描く。形の崩れたテオは這々の体を演じ、片手であげた剣から悲鳴があがる。振り下ろした剣が火花を散らしてテオの剣身を走り抜けたら、俺は体を返して左から打ち込む。予想していただろうテオは地面を蹴って後ろに飛んだ。
「バーンスタイン卿に……不満などありません……」
震えるテオの喉元に俺の剣の鋒が光る。また2人に沈黙の膠着状態が訪れたので、俺は息を吐きながら剣を鞘に納めた。
「剣の稽古ではないだろう? なにが望みだ」
テオのソバカスはまだ緊張で震えている。それを見ると、自分こそが言いづらい雰囲気にさせているのではないかと不安になる。
「明日、陛下はリアムを迎えに上がるのですか?」
秘匿性の高い情報を突きつけられ、今まで勘づくことすらできなかったテオの気持ちに目を見開く。テオの同郷で先日まで同じ軍に所属していたリアムは、現在王都で暮らしている。国王陛下が明日、催事の帰りにリアムが身を寄せている貸屋に立ち寄り、婚約を済ませる手筈だった。
「バーンスタイン卿の仰る通りです。相手の出方を窺うだけで、消耗戦でした」
「違う、そういった意味で言ったのでは……」
「リアムが……幸せなら、それでいいんです」
鞘に収められるわけでもなく、かろうじてテオの指にかかっていた剣が、乾いた音を立てて地面に転がる。
俺は走り寄って前に倒れかけたテオを抱いた。
「攻めずにはいられない相手が見つかる。国王陛下だってそうだったのだ」
テオは俺の慰めに答えなかった。腕の中で愛らしいソバカスが涙に濡れていると思うと、いたたまれず両腕に力を込めて抱きしめた。
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