幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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3部 王のピアノと風見鶏

第58話 ブラウアー家

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 今日ここまで来るのに4日強。通常5日はかかる道のりを短い隊列で半日縮めた。それをジルは3日で帰るという。俺の体力ではなく、最終的に馬の体力任せになった。途中自分たちと馬の食事以外止まることなく、日が落ちてもしばらく走った。部隊の馬は夜戦も見越して夜も放牧しているのだ、とジルは得意そうに言うが、夜は馬と共に倒れるように雑魚寝だった。馬さえも足を投げ出し横倒しで寝ていたのだ。それが道中の過酷さを物語っていた。

 ジルは最後の最後まで檄を飛ばし続け、3日とまではいかなかったが、3日半で王都まで戻ってきた。つまり3日後の夜に王都に着いた。一旦王都の端に位置するジルの家に寄った時、ルイスがびっくりするほどジルは消耗していた。無口なジルに代わって俺がルイスに報告をする。

「ルイス、手前勝手な要求でジルをこんなに疲弊させてしまった。申し訳ない。しかし俺はこのまま失礼する」

 ルイスは俺の声に驚き、そして俺の腕を掴んだ。

「せっかく寄ってくれたんだから、家で少し休んでいって。ジルより、リアムの方が心配だよ」

「急いでいる、急いでいるからジルにこんな無理をさせたんだ」

「リアム、夜は宮廷の敷地に入れても王宮へは上がれない。俺に義理を感じているのであれば、今晩はここに泊まっていけ。ルイス、リアムに風呂と食事を……兄様はもう限界だ……」

 最後の方はムニャムニャと可愛い声でジルは玄関先に倒れてしまう。ルイスと俺はビックリしてジルを起こそうとするが、この巨体を庸人2人でどうこうできるはずもなかった。

 ルイスはすぐさま屋敷の中に走り出してしまい、俺はこのまま去ることもできず立ち往生してしまう。しばらくするとルイスがルークを連れてきた。

「リアム! ジルが面倒をかけたみたいだな、あとは任せてゆっくりしていけ」

「面倒をかけたのは俺です。馬が走れなくなるからと、ジルは食事を少なくしていた」

 ルイスと同じ顔でルークが俺の声に驚く。しかしすぐに笑って、ジルを担ぎ始めた。

「そういう無茶をしてリアムに面倒をかけたと言っているのだ。ルイス、風呂に案内して一緒に入ってあげなさい」

「はぁい!」

 こうなってしまっては厚意を無下にもできず、なされるがままルイスに連れ去られる。

 バーンスタイン家の屋敷も貴族然とした屋敷だったが、ブラウアー家の屋敷の広さはそれを上回っていた。あんな巨体2人が違和感なくいるのだ。その広さも納得だったが、風呂に案内されたときには度肝を抜かれた。

「リアム、ビックリしたでしょ? 僕はこの家で育ったから、よその風呂に入るまでこの異常さがわからなかったんだよね」

 まるで公衆浴場のような広さに絶句する。

「兄様以外と入るのは初めてだからすごく嬉しいよ。そのうちノアと3人で入りたいね」

 ルイスもまたノアと同じく恥も衒いもない物言いをする。さっさと服を脱ぎ捨て、俺を待つ様は、ノアが痛くならない方法を教えてくれたあの時と同じ空気だった。


 だだっ広い風呂に小さな庸人が2人。ルイスになされるがまま体を洗い合い、洗髪をする。

「リアムは元傭兵だけあって、筋肉がすごいね」

 鞭で打たれた痕を洗いながらルイスはそんなことを言う。きっと訓練や実戦の傷だと勘違いしているのがわかる口調だった。それがなんだか心地がいい。

「腕と脚を怪我してからは、少し筋力が落ちたんだ。ジルはそれも気遣って夜通し走ることはしなかった」

「そっか……」

 ルイスが洗ってくれたから今度は俺がルイスの体を洗う。力加減がわからずそっと撫でたらルイスはくすぐったいと笑い出し、ゴシゴシと洗うと嬉しそうに笑った。

 洗髪も終えていざ巨大な湯溜りに浸かる。あまりの広さに居場所がわからず、自然とルイスの横に寄り添ってしまう。

「ジルは豪快だけど、すごく繊細なんだ。道中黙り込んだりしてリアムを困らせなかった?」

「帰りは過酷で、話らしい話ができなかった。でもジルはあえてそうしてくれたのかもしれない。そうでもしなければ俺は夜に余計なことを考え込んでしまった」

「余計なこと?」

 ルイスの疑問符が風呂に響き渡る。俺は首を何度も横に振った。

「時間が経てば、また弱い自分が本当の気持ちを捻じ曲げそうだったんだ。俺は王に一刻もはやく会いに行って、そして……」

 最後まで言えず俯くと、ルイスが急に立ち上がった。綺麗な体を惜しげもなく見せつけて、笑う。

「じゃあ、今から行こう!」
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