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3部 王のピアノと風見鶏
第55話 豪華な食事
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女の子は部屋に入ってこなかった。だから勧められるがまま、俺とジルは料理を頂いた。どれもこれも手間のかかった料理でとても美味しく、こんな朝ごはんを毎日食べているのかと感嘆するほどだった。ラルフの家に来てからというもの毎日3度リナに手料理を振る舞ってもらっていたが、こんな豪華な食事は昼食でも振る舞われたことはない。
「お口にあいますでしょうか……」
俺はもとよりジルも無言で食べ続けていた。
「すみません、あまりに美味しくて言葉を失っておりました……」
確かに美味しいが、ジルの様子はなんだかおかしかった。だから俺は紙を取り出そうと胸に手を突っ込んだら、ジルがそれを止めた。それを見た男がジルに向かって言った。
「書簡でいただいたのでリアム様の件は存じております。エマにもよく言ってあるので……」
男の言葉で、なぜジルが俺を止めたのかよくわからなくなった。俺の混乱を察したのか、男はさっきまでとは打って変わって、ぎこちない笑顔で取り繕う。
「あの女の子がエマですか?」
ジルは俺の腕を掴みながら男に質問をする。そうすると、夫婦は揃って前に着席をして、姿勢を正した。
「はい。マリーがつけた名です。歳は5つ。マリーはエマが生まれる前からここに下宿をしており、この家でエマを産みました。私と妻が、出産を介助いたしました。私は医者ですので……」
マリーの名に、ジルを握る手に力が入る。それをジルは宥めながら俺が聞きたいことを質問してくれる。
「リアムはマリーの幼馴染です。マリーの話を少しお聞かせいただけませんか?」
ジルの言葉になぜか夫婦は安堵した様子で、マリーがこの国に来た時のことを話してくれた。
マリーは身重の体で国境を渡り、この草原を彷徨っていたところ、夫人のフィーネと知り合った。知り合ったといっても、フィーネが持病の発作を起こして倒れているところ、奇跡的にマリーが通りかかったのだという。マリーは身重にも関わらずフィーネを担いで主人に知らせたため、夫人はことなきを得た。主人が医者ということもあって、下宿を勧め、ここで子を産み、子を育て、そして子だけが残ったという。
「マリーは時々仕事に行くと言っては3日ほど帰ってきませんでした。命の恩人に家賃を請求する人間などいない、そう何度も止めたのですが……。エマが大きくなるにつれてマリーの仕事は頻度が増えていって……私どもも彼女の立たされていた苦境に気づくことができず……」
フィーネ夫人はそう言うと、しばらく俯き黙ってしまった。
「恐れ多くも、私たち夫婦にはこどもがおらず、マリーもそしてエマも、神様が与えてくれた奇跡だと、そう思っていたのです。しかしいつのまにか私ども夫婦もマリーと同じ目線でエマ中心で物事を考えていたことも事実です。マリーの死に私たち夫婦になにも罪がないとは……思っておりません……」
主人の声は段々と細く情けないものになっていく。ジルはそれを大声で止めに入る。
「今日はあなた方を断罪しに来たわけではございません」
しかし夫婦は肩を寄せ合い、なおも怯え悲しむ。
「リアム様……道理的におかしいことは重々承知しております……しかしあなたと同じように私たちもマリーを失ったのです……エマを……エマを……連れて行かないでください……」
主人の声に隣のフィーネ夫人が、机に突っ伏し咽び泣く。
俺はこの時になって、ようやく豪華すぎる食事の意味を理解した。ジルと俺に対する精一杯のおもてなし。ジルが書簡でなにを送ったのか俺にはわからない。しかし、同郷の幼なじみがこどもに会いたがっていると聞けば、考えることはひとつ。夫婦は書簡を受け取った日から今日まで、不安と戦っていたに違いない。夫婦が震える様子でそれがよくわかった。
俺は知らずに彼らの脅威になっていたのだ。今まで富む者と貧しい者との2つだけで自分の権利ばかりを主張してきた。こうやって立場の弱い者たちのことをなにひとつ考えもしなかった。貧しい者や苦しい者が生きていることを知ってもらいたい。それを知ってもらって俺はなにを望んでいたのだろう。
咽び泣く夫人の声が、俺の心をバラバラに引き裂く。そしてその声に引き寄せられるように、客間の扉が開いた。
「お口にあいますでしょうか……」
俺はもとよりジルも無言で食べ続けていた。
「すみません、あまりに美味しくて言葉を失っておりました……」
確かに美味しいが、ジルの様子はなんだかおかしかった。だから俺は紙を取り出そうと胸に手を突っ込んだら、ジルがそれを止めた。それを見た男がジルに向かって言った。
「書簡でいただいたのでリアム様の件は存じております。エマにもよく言ってあるので……」
男の言葉で、なぜジルが俺を止めたのかよくわからなくなった。俺の混乱を察したのか、男はさっきまでとは打って変わって、ぎこちない笑顔で取り繕う。
「あの女の子がエマですか?」
ジルは俺の腕を掴みながら男に質問をする。そうすると、夫婦は揃って前に着席をして、姿勢を正した。
「はい。マリーがつけた名です。歳は5つ。マリーはエマが生まれる前からここに下宿をしており、この家でエマを産みました。私と妻が、出産を介助いたしました。私は医者ですので……」
マリーの名に、ジルを握る手に力が入る。それをジルは宥めながら俺が聞きたいことを質問してくれる。
「リアムはマリーの幼馴染です。マリーの話を少しお聞かせいただけませんか?」
ジルの言葉になぜか夫婦は安堵した様子で、マリーがこの国に来た時のことを話してくれた。
マリーは身重の体で国境を渡り、この草原を彷徨っていたところ、夫人のフィーネと知り合った。知り合ったといっても、フィーネが持病の発作を起こして倒れているところ、奇跡的にマリーが通りかかったのだという。マリーは身重にも関わらずフィーネを担いで主人に知らせたため、夫人はことなきを得た。主人が医者ということもあって、下宿を勧め、ここで子を産み、子を育て、そして子だけが残ったという。
「マリーは時々仕事に行くと言っては3日ほど帰ってきませんでした。命の恩人に家賃を請求する人間などいない、そう何度も止めたのですが……。エマが大きくなるにつれてマリーの仕事は頻度が増えていって……私どもも彼女の立たされていた苦境に気づくことができず……」
フィーネ夫人はそう言うと、しばらく俯き黙ってしまった。
「恐れ多くも、私たち夫婦にはこどもがおらず、マリーもそしてエマも、神様が与えてくれた奇跡だと、そう思っていたのです。しかしいつのまにか私ども夫婦もマリーと同じ目線でエマ中心で物事を考えていたことも事実です。マリーの死に私たち夫婦になにも罪がないとは……思っておりません……」
主人の声は段々と細く情けないものになっていく。ジルはそれを大声で止めに入る。
「今日はあなた方を断罪しに来たわけではございません」
しかし夫婦は肩を寄せ合い、なおも怯え悲しむ。
「リアム様……道理的におかしいことは重々承知しております……しかしあなたと同じように私たちもマリーを失ったのです……エマを……エマを……連れて行かないでください……」
主人の声に隣のフィーネ夫人が、机に突っ伏し咽び泣く。
俺はこの時になって、ようやく豪華すぎる食事の意味を理解した。ジルと俺に対する精一杯のおもてなし。ジルが書簡でなにを送ったのか俺にはわからない。しかし、同郷の幼なじみがこどもに会いたがっていると聞けば、考えることはひとつ。夫婦は書簡を受け取った日から今日まで、不安と戦っていたに違いない。夫婦が震える様子でそれがよくわかった。
俺は知らずに彼らの脅威になっていたのだ。今まで富む者と貧しい者との2つだけで自分の権利ばかりを主張してきた。こうやって立場の弱い者たちのことをなにひとつ考えもしなかった。貧しい者や苦しい者が生きていることを知ってもらいたい。それを知ってもらって俺はなにを望んでいたのだろう。
咽び泣く夫人の声が、俺の心をバラバラに引き裂く。そしてその声に引き寄せられるように、客間の扉が開いた。
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