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3部 王のピアノと風見鶏
第54話 幸福な家庭
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「リアム、勝手は承知で、今日訪問することを面倒をみてくれている夫婦に伝えてある」
今日は朝に小隊の他の兵を先に出発させ、ジルと2人領地に留まった。2人で馬に跨ろうとした時に、ジルがそう言った。
「だからこんなに過酷な旅になってしまった。すまないな」
ジルは申し訳なさそうに俺に振り返る。俺が首を横に振ると、ジルは優しく微笑んで、馬に跨った。だから俺もそれに続き馬に跨り、先に走り出したジルの馬を追った。
昨日からなんとなく見覚えのある草原だと思っていた。以前来た時とは違う麗かな風の中、しばらくジルと2人馬を走らせると、草の遠い先に風見鶏が見えた。
マリーが生前、下宿させてもらっていたという家は、なかなか立派な家だった。立地こそ辺鄙な場所だが、王都にある貴族の屋敷のようだった。こんな草原の中に建っているのに、屋敷の周りをぐるっと塀で囲み、外壁にはバラの葉がのぞく手入れされた庭もあった。
門扉の前でジルが馬を降りた。だから俺も馬を降りて手綱を握って門に近づく。ジルは不思議と俺に振り返らない。しかし門に近づくにつれ、その理由がわかった。
「お父さん! お水が止まらないよ!」
女の子の甘えて笑う声が門を抜けて俺に届いた。俺は馬の手綱を離し、門にしがみつく。玄関アプローチの脇で綺麗な服を着た女の子が、ジョウロを傾けたまま父親を探していた。
「エマ! そんなに水をやってしまっては、お花も苦しいよ!」
「お父さん、止まらないよぉ」
俺の視界の横から男が飛び出してきて、女の子のジョウロを水平にする。
「エマ濡れてない?」
「大丈夫、冷たくないよ!」
「ああ、よかった。じゃあお父さんと一緒にお花に水をあげようか?」
背が小さく、柔和な印象の男が女の子を抱えて水をやりはじめる。その時に女の子が俺たち、正確にはジルに気づいて息を潜めた。男は女の子の異変に気付いたのか振り返って門を見た。その時の2人の表情で、俺がまたいいように風景をねじ曲げていたことを悟る。
「フィーネ! フィーネ! お客さんが来たよ!」
男は玄関口に向かって叫び、女の子を抱いたまま門へ駆け寄ってくる。
「あ……書簡をお送りいただいた、ジルベスタ=ブラウアー様ですよね?」
ジルは甲冑の紋章を男に見せながら、頷く。
「ジルと呼んでください。こちらはリアム……その……」
ジルは言い淀み、女の子の顔色を窺っていた。それもそのはず、女の子はさっきから目を見開き、震えていた。こんな辺境には滅多に魔人貴族など通り掛からないのであろう。ジルを見る女の子の目は恐怖に染まっていた。それを察してか男は慌てふためきながら門を開け、俺たちを家に案内してくれる。
「あ、あの。朝食は召し上がられましたか? 昼食には早いかもしれませんが妻が料理を用意しておりまして……」
歩きながら男は呑気に話しているが、男に抱きついたまま震える女の子までは隠せなかった。家に入るなり、男は女の子を部屋に入れて、俺たちを別の部屋に案内した。
「す、すみません。こんな場所ですのでなかなか人に会うことも少なくて……エマはその……」
「いえ、私は魔人の中でも大きい方です。気が回らず申し訳ない。泣いてはいなかったですか?」
「大丈夫です、少ししたら慣れると思いますので、まずは食事を……」
そう言って男が扉を開くと、その先に朝食というには豪華すぎる食事が置かれたテーブルがあった。
「フィーネ! お客さんがいらしたよ!」
奥にキッチンがあるのだろうか、男がそう叫ぶと、男と同じくらいの歳の女性が出てきた。
「この度は遠路はるばるお越しいただき……」
庸人だから夫婦はとても小さいが、女性は更に小さくなって畏まる。ジルは困ったような顔で男と俺に交互に笑いかけ、自分の体の大きさを気にしているようだった。
今日は朝に小隊の他の兵を先に出発させ、ジルと2人領地に留まった。2人で馬に跨ろうとした時に、ジルがそう言った。
「だからこんなに過酷な旅になってしまった。すまないな」
ジルは申し訳なさそうに俺に振り返る。俺が首を横に振ると、ジルは優しく微笑んで、馬に跨った。だから俺もそれに続き馬に跨り、先に走り出したジルの馬を追った。
昨日からなんとなく見覚えのある草原だと思っていた。以前来た時とは違う麗かな風の中、しばらくジルと2人馬を走らせると、草の遠い先に風見鶏が見えた。
マリーが生前、下宿させてもらっていたという家は、なかなか立派な家だった。立地こそ辺鄙な場所だが、王都にある貴族の屋敷のようだった。こんな草原の中に建っているのに、屋敷の周りをぐるっと塀で囲み、外壁にはバラの葉がのぞく手入れされた庭もあった。
門扉の前でジルが馬を降りた。だから俺も馬を降りて手綱を握って門に近づく。ジルは不思議と俺に振り返らない。しかし門に近づくにつれ、その理由がわかった。
「お父さん! お水が止まらないよ!」
女の子の甘えて笑う声が門を抜けて俺に届いた。俺は馬の手綱を離し、門にしがみつく。玄関アプローチの脇で綺麗な服を着た女の子が、ジョウロを傾けたまま父親を探していた。
「エマ! そんなに水をやってしまっては、お花も苦しいよ!」
「お父さん、止まらないよぉ」
俺の視界の横から男が飛び出してきて、女の子のジョウロを水平にする。
「エマ濡れてない?」
「大丈夫、冷たくないよ!」
「ああ、よかった。じゃあお父さんと一緒にお花に水をあげようか?」
背が小さく、柔和な印象の男が女の子を抱えて水をやりはじめる。その時に女の子が俺たち、正確にはジルに気づいて息を潜めた。男は女の子の異変に気付いたのか振り返って門を見た。その時の2人の表情で、俺がまたいいように風景をねじ曲げていたことを悟る。
「フィーネ! フィーネ! お客さんが来たよ!」
男は玄関口に向かって叫び、女の子を抱いたまま門へ駆け寄ってくる。
「あ……書簡をお送りいただいた、ジルベスタ=ブラウアー様ですよね?」
ジルは甲冑の紋章を男に見せながら、頷く。
「ジルと呼んでください。こちらはリアム……その……」
ジルは言い淀み、女の子の顔色を窺っていた。それもそのはず、女の子はさっきから目を見開き、震えていた。こんな辺境には滅多に魔人貴族など通り掛からないのであろう。ジルを見る女の子の目は恐怖に染まっていた。それを察してか男は慌てふためきながら門を開け、俺たちを家に案内してくれる。
「あ、あの。朝食は召し上がられましたか? 昼食には早いかもしれませんが妻が料理を用意しておりまして……」
歩きながら男は呑気に話しているが、男に抱きついたまま震える女の子までは隠せなかった。家に入るなり、男は女の子を部屋に入れて、俺たちを別の部屋に案内した。
「す、すみません。こんな場所ですのでなかなか人に会うことも少なくて……エマはその……」
「いえ、私は魔人の中でも大きい方です。気が回らず申し訳ない。泣いてはいなかったですか?」
「大丈夫です、少ししたら慣れると思いますので、まずは食事を……」
そう言って男が扉を開くと、その先に朝食というには豪華すぎる食事が置かれたテーブルがあった。
「フィーネ! お客さんがいらしたよ!」
奥にキッチンがあるのだろうか、男がそう叫ぶと、男と同じくらいの歳の女性が出てきた。
「この度は遠路はるばるお越しいただき……」
庸人だから夫婦はとても小さいが、女性は更に小さくなって畏まる。ジルは困ったような顔で男と俺に交互に笑いかけ、自分の体の大きさを気にしているようだった。
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