幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
197 / 240
3部 王のピアノと風見鶏

第53話 春の夜の庭

しおりを挟む
 いざその時になると、この数奇な巡り合わせに戸惑うものだ。それは王宮の天井に張り付いていた時。王と風見鶏を見た時。そして王都最大のコンサートホールの前で馬車の扉が開いた時。そうした岐路を前に何度か死を覚悟したこともあった。しかし俺は生きながらえ、今日ジルと共にマリーのこどもの元へ赴く。

 この人生に、その時々の使命に、なにか意味があったとするならば。そう思い続けて、今まで生きながらえてきた。しかし5人のあの眩しかった日々を経て、再びジルと共に同じ道を辿ることに、少しの戸惑いと、感慨を抱いた。

 ルイスは見送りにスコーンを持ってきてくれた。数度しか会ったことのない俺のために、早起きをして用意をするその親切さに、思うことがあった。

 この国は好きか?

 王が俺に問うた唐突な質問が俺の胸を締め付ける。ジルを見送るルイスの表情に、王の赤眼が脳裏にチラついた。富む者も貧しい者も、人肌を離れるのは苦しい。なぜこんな当たり前のことに気づかなかったのかと、目の覚める思いだった。


 俺はジルが率いる兵の末尾で必死に馬を走らせる。今回は残件処理ということで、小隊というには人が少なすぎる隊列で、数が少ない分出征の時より日程が前倒しで組まれていた。それに俺の後ろに物資部隊がいないことから、自ずとスピードが上がる。以前の時のような余裕はなく、1日中馬を走らせる過酷な旅となった。

 今回は夜営ではなく各領地の領主に寝床を借りた。兵にもそれぞれ部屋を割り当てられ、領地に着くなりジルは決まって俺や他の兵を置いてどこかへ姿を消してしまう。領主の用意してくれる寝床はとても過ごしやすく、夜営の野宿とは雲泥の差だったが、俺は少し寂しさを抱いていた。

 今日までに4人の領主に寝床を借りた。ということは予定では明日、あの風見鶏の孤児院へ着くはずだった。日中馬にしがみついていたから、体は重くベッドを恋しがっている。しかし目が冴えて物音が気になりはじめた。

 俺は外の空気を吸いに、部屋をそっと抜け出す。月明かりで照らされた庭は、草木の芽吹がその空気を緑に染めていた。春の陽気は予熱が夜に高揚感をもたらす。庭を仕切る腰ほどの塀に座りその美しい風景を眺めた。

 今の気持ちを簡単に言葉にすることができなかった。だから持ってきていた五線譜に気持ちを綴る。ラルフが与えてくれた能力で、ピアノがなくとも気持ちを綴ることができる。文字を与えてくれた時と同じように、ずっと心に滞留していたモヤモヤが、出口を見つけてサラサラと流れ出す快感が体を包んだ。

「リアム、眠れないのか?」

 俺は熱中していて人の気配に全く気づかなかった。ジルの響く声が後ろから聞こえた。

「ああ、すごいな。ピアノを弾かなくても曲を作れるのか。どんな曲か聴いてみたい、帰ったら……」

 ジルは変なところで言葉を切って、俺の横に座り、腕を腰に回した。続きを聞かせてくれるのかと思ったが、ジルは俺の額に3度祝福を落とす。様子がおかしかったから、俺は紙を取り出そうと胸に手を突っ込んだら、ジルがその腕を掴んだ。

「大丈夫だ。仕事を邪魔したくない。少し隣に座っていてもいいか?」

 ジルはその言葉を最後に、俺の隣で一点を見つめ続けた。彼を気にするとかえって気を遣わせるだろうと思い、俺は譜面を書き始める。

 俺が紙に綴る音がサラサラと響いては夜空に吸い込まれていった。月明かりをたよりに男が2人、庭に流れるたったひとつの音を聴いているのがとても不思議だった。俺が短編のアウトロに終止線を書いたところでジルがつぶやく。

「なんだか不思議だが、前からわかっていたようにも思う」

 ジルの言葉の真意が分からず、譜面を胸にしまい、彼の顔を覗き込んだ。

「愛には人それぞれ、いろんな形があるのだな。俺も因習にとらわれ、大切な人を失うところだった」

 語感から、おそらくルイスの話をしているのだろうと思った。兄弟3人で愛し合う今の形になるまでに、傷つけあったりしたのだろうか。

「少し冷えてきたな。そろそろ部屋に戻るか」

 ジルが立ち上がろうとした時、夜営で見た炎が心の中で音を立てて爆ぜ、衝動的に彼の腰に抱きついた。夜営との違いにずっと抱いていた不安が一気に噴き出したのだ。王の愛を裏切り、マリーのこどもに会いに行く俺を、ジルはどう思っているのだろう。そう思うと怖くてジルの顔を見上げることができない。

「リアムは間違っていない。俺は王とお前の選択に敬意を抱いている」

 ジルは声を胸に響かせ、俺を優しく抱きしめてくれる。

「リアムがこの先どんな選択をしても、俺はお前の友でありたい。リアムもそう思ってくれていると、わかっている」

 ぎゅうっと抱きしめられて、体温が一気にあがる。ジルの熱い体が俺のあらゆる部分を綻ばせてしまう。俺はそれを結ぶことに必死で、彼にしがみつくことしかできない。

 春の庭が静寂を取り戻し、朝を迎える準備をはじめる。その草の匂いに王とノアの顔が浮かんだ。
しおりを挟む
口なしに熱風| ふざけた女装の隣国王子が我が国の後宮で無双をはじめるそうです

口なしの封緘

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...