幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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3部 王のピアノと風見鶏

第52話 家事の分担

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 俺の担当は洗濯と買い物だった。
 リナは昼間にサロンに食事を提供するという驚きの職に就いていた。父は金で法服貴族になった庶民なのだからいいのだとリナは言い放つが、それは彼女なりの建前であった。彼女は身分など関係なしに料理を愛していた。だからどんなに忙しくても俺たちに料理を振る舞ってくれるのだ。

 これでこの家に出入りする人間は全て働いていることになる。家事を分担するのは至極当たり前のことだった。

 俺は正午前にメモに書かれた品を市場に買い出しに行く。王都はとても賑やかで毎日新鮮な気持ちになる。気分転換にとリナは俺に割り当てたのではないのかと思うほどだった。

「リアム!?」

 人でごった返す市場の真ん中で、男性の声が響いた。振り返ってみると、ルイスが笑って駆け寄ってきてくれた。

「ああ、久しぶり。ノアがとても会いたがっていたよ。でも軍を退役すると塔には入れないんだね……。仕事には慣れた?」

 あのコンクールからすでに3週間が過ぎていた。俺は胸に手を突っ込み、紙と木炭を取り出す。

 来週ジルにお世話になります。仕事にも慣れ、特別に休暇をもらいました。

 ルイスが俺の文字を追う間に俺はもう一枚取り出し文字を書く。ノアに宛てた手紙だった。

 俺もノアに会いたい。スプーンは誓いを果たしたからバーンスタイン卿に返してもらった。毎日大切に磨いている。

 俺の紙を受け取ると、ルイスは大切そうにしまった。

「ジルはとても繊細だから、リアムが相談相手になってあげて。出発前には必ず僕の家に寄ってね! スコーン焼いておくから」

 俺が目を輝かせると、ルイスは笑う。

「それにしても、リアムはすごくオシャレなんだね。最初見かけた時全然わからなかったよ」

 唐突の賛辞に俺は疑問符を浮かべるがすぐに思い立って紙に書く。

 これはラルフの伴侶のリナが着なくなった服をくれたんだ。時々新品の服も貸してくれる。俺と同じ背格好の大きな女性だ。

 それを見るなりルイスは笑い出した。

「ごめん、笑ったりして。オシャレにうるさいところまでノアに似たのかと思ったから……」

 ルイスは目に溜まった涙を拭ったら俺の頭を撫でた。

「仕事が落ち着いたら、友情の証をみんなで食べたいね」

 市場の追い込みの掛け声が響き渡ったら、ルイスは申し訳なさそうに、俺に挨拶をして買い物へ戻った。


 来週、ジルと共にあの風見鶏の孤児院に行く。それは引越しの日にバーンスタイン卿に提案されたものだった。ジルは残件処理で小隊を連れて国境近くまで赴くという。マリーのこどもが身を寄せている夫婦の家もその辺りだから、ジルと一緒に訪れてはどうか、というものだった。

 俺は王から貰った金貨を使い、馬を借りて1日でもはやく赴こうと考えていた。しかし土地勘もなければ地図も読めないことを彼はわかっていたのだろう。

「もしこどもに会って、一緒に暮らすとなったら今のままでは引き取るにも心許ないだろう。ジルと行くには少し時間は空いてしまうが、それまでに生活を安定させてみてはどうか?」

 そうバーンスタイン卿は優しく俺を諭し、スプーンを返してくれたのだ。彼の思慮深さに敬服するとともに、自分の無鉄砲で幼稚な思考に恥じ入る。生活はこの瞬間瞬間ではなく永続的に続くものなのだ。こどもを第一に考えるのであれば、生活を安定させることが先決だった。ただでさえ最初の一週間は寝不足だったのだ。こんな状態でこどもを受け入れられるわけがないのに。

 市場の雑踏が俺の風見鶏を揺らす。俺は急いで買い物をしてラルフの家に急ぐ。

 ラルフの家の戸の前で、リナの声が聴こえて、慌てて中に入る。リナは仕事があっても昼食を作りに帰ってくる。俺は買い物が遅くなってしまい譜面を破られるかと思ったのだ。

 しかし、リナは怒っているどころか、ラルフと楽しそうに会話していた。窓際から漏れる陽だまりの中で、向かい合って雑談をしている。その2人の瞳が日差しよりも柔らかかった。

「あ、リアム! おかえりなさい」

 リナが俺に気づいて席を立った。そのときに胸がギュッと縮まる。今自分が感じる気持ちを言葉にするのはとても難しい。でもフレーズでなら言い表すことができる。それはラルフの「望郷」であり、愛だった。

「今日はリアムの大好きなリゾットよ!」

 ラルフの曲はリナへの愛だった。そして母への愛でもあったのだ。俺が思いつくはずもないフレーズだった。リナの眩しい笑顔で、優しい理解に目を細めた。
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