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3部 王のピアノと風見鶏
第50話 新しい日々
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王と別れたあの日、帰り際にバーンスタイン卿は塔に寄り、彼のマントで覆っていたノアをルイスに預けた。ノアは後1年強、この塔から出られないとのことだったから、俺は手紙を書くことを約束して彼に最大の敬意と謝辞を込めて額に祝福を落とした。ルイスはブラウアー家から塔に通っているということだったから、後日会う約束をして別れた。
ラルフ=ハーマンとの食事は、バーンスタイン卿同席で実現した。後から聞いて驚いたが、バーンスタイン卿はラルフが俺を陥れようとしているのではないかと勘繰っていたそうだ。しかしラルフの話を一緒に聞けば、バーンスタイン卿も彼の置かれた複雑な立場を理解し、俺と仕事をすることに賛成してくれた。
ラルフは魔人貴族でありながら未子であるため家の継承権がなく、周りから軍に入ることを強く勧められていたという。しかし彼は音楽の情熱を捨てきれず半ば勘当のような形で王都に単身、拠を構えた。
彼は音楽が献上されるという文化に疑問を持っていたのだ。どうせ暇を持て余しているのならば、与えられたものを楽しむだけではなく、その可能性を追求し後世の芸術に貢献するのが本当の貴族のあり方だというのが彼の主張だった。
彼は貴族でサロンへの顔がきく。だから優秀な曲を、自分が出入りするサロンを通して広めたいのだという。その他利優先の壮大な話にバーンスタイン卿は物申した。
「疑り深くてすまんな。友の将来がかかっているのだから許してくれ。そんなことをして、貴殿やリアムに何の利があるのだ?」
「バーンスタイン卿、誰もこの理念に共感してくれないからよくされる質問です。気になさらず。リアムは今あそこで弾いている曲の作曲者の名はわかるか?」
曲に覚えはあるが、作曲者名まではわからなかったので首を横に振った。
「よっぽどのことがない限り、大抵の音楽を聴く人は、作曲者の名前など知りたがらない。しかし世の多くの作曲者は自分の名を残すことに執着して、内容がそれに伴わないことが多い」
俺とバーンスタイン卿は、いよいよ話の着地点がわからなくなり、顔を見合わせる。
「私の目標は素晴らしい曲を後世に伝えること。だから誰が作ったかなどどうでもいいのです。例え自分の曲であっても。重要なのは、その曲の内容と、曲をどうやって残していくか。人生は有限だ。作曲できない時には友の演奏を引き受けたり、アイデアを出しあったりして、曲の完成度を高めたい。それにサロンに一曲持っていくのも10曲持っていくのも、労力は大差ないのであれば、多いに越したことはない」
彼の先進的すぎる考えに、空いた口が塞がらなかった。彼はその強面とは裏腹に情熱的で、音楽への愛に溢れていた。
「なるほどな。とても愛にあふれる結果主義だ。軍の統制とも似ている」
バーンスタイン卿は共感できたのか、俯き加減で笑った。正直なところ俺は生活の心配しかしていなかったから恥ずかしくて俯いた。
「リアム。しばらくは私の家で下宿するのだ。生活のことはいったん気にせず、思い切って彼の理想に飛び込んでみたらどうだ?」
「リアムは生活の心配をしているのか? それなら最も効率の良い方法がある。私が住む部屋の隣が空いている。食事と住処は安く提供できるぞ。衣服に関しては……お下がりでも少々大きすぎるかな……」
ラルフの困った顔に、バーンスタイン卿は大笑いして、俺の肩を叩く。
「私の屋敷の女中が、お下がりを持て余していてな。ノア先生より少し大きいお下がりがないか帰ったら聞いてみよう。嬉々として持ってくるぞ!」
こうしてこの日のうちに、ほぼ住み込みという形でラルフと生計を共にすることが決まった。
ラルフ=ハーマンとの食事は、バーンスタイン卿同席で実現した。後から聞いて驚いたが、バーンスタイン卿はラルフが俺を陥れようとしているのではないかと勘繰っていたそうだ。しかしラルフの話を一緒に聞けば、バーンスタイン卿も彼の置かれた複雑な立場を理解し、俺と仕事をすることに賛成してくれた。
ラルフは魔人貴族でありながら未子であるため家の継承権がなく、周りから軍に入ることを強く勧められていたという。しかし彼は音楽の情熱を捨てきれず半ば勘当のような形で王都に単身、拠を構えた。
彼は音楽が献上されるという文化に疑問を持っていたのだ。どうせ暇を持て余しているのならば、与えられたものを楽しむだけではなく、その可能性を追求し後世の芸術に貢献するのが本当の貴族のあり方だというのが彼の主張だった。
彼は貴族でサロンへの顔がきく。だから優秀な曲を、自分が出入りするサロンを通して広めたいのだという。その他利優先の壮大な話にバーンスタイン卿は物申した。
「疑り深くてすまんな。友の将来がかかっているのだから許してくれ。そんなことをして、貴殿やリアムに何の利があるのだ?」
「バーンスタイン卿、誰もこの理念に共感してくれないからよくされる質問です。気になさらず。リアムは今あそこで弾いている曲の作曲者の名はわかるか?」
曲に覚えはあるが、作曲者名まではわからなかったので首を横に振った。
「よっぽどのことがない限り、大抵の音楽を聴く人は、作曲者の名前など知りたがらない。しかし世の多くの作曲者は自分の名を残すことに執着して、内容がそれに伴わないことが多い」
俺とバーンスタイン卿は、いよいよ話の着地点がわからなくなり、顔を見合わせる。
「私の目標は素晴らしい曲を後世に伝えること。だから誰が作ったかなどどうでもいいのです。例え自分の曲であっても。重要なのは、その曲の内容と、曲をどうやって残していくか。人生は有限だ。作曲できない時には友の演奏を引き受けたり、アイデアを出しあったりして、曲の完成度を高めたい。それにサロンに一曲持っていくのも10曲持っていくのも、労力は大差ないのであれば、多いに越したことはない」
彼の先進的すぎる考えに、空いた口が塞がらなかった。彼はその強面とは裏腹に情熱的で、音楽への愛に溢れていた。
「なるほどな。とても愛にあふれる結果主義だ。軍の統制とも似ている」
バーンスタイン卿は共感できたのか、俯き加減で笑った。正直なところ俺は生活の心配しかしていなかったから恥ずかしくて俯いた。
「リアム。しばらくは私の家で下宿するのだ。生活のことはいったん気にせず、思い切って彼の理想に飛び込んでみたらどうだ?」
「リアムは生活の心配をしているのか? それなら最も効率の良い方法がある。私が住む部屋の隣が空いている。食事と住処は安く提供できるぞ。衣服に関しては……お下がりでも少々大きすぎるかな……」
ラルフの困った顔に、バーンスタイン卿は大笑いして、俺の肩を叩く。
「私の屋敷の女中が、お下がりを持て余していてな。ノア先生より少し大きいお下がりがないか帰ったら聞いてみよう。嬉々として持ってくるぞ!」
こうしてこの日のうちに、ほぼ住み込みという形でラルフと生計を共にすることが決まった。
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