幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
185 / 240
3部 王のピアノと風見鶏

第41話 風見鶏の向く先

しおりを挟む
 鍵盤に指を添える。王の部屋のピアノのように冷たくはなかった。それは今までさまざまな演奏者がこのピアノに想いを託したからだろう。

 息を吸って課題曲を奏でる。テクニックを要する曲だった。でも失敗しないことがわかっていた。不思議な感覚だが10秒先の自分を見ているようなのだ。上手く弾けている自分が見えている。それは今日ノアの手を引かれている感覚と似ていた。

 最後のフレーズを駆け上がり、そして演奏を終えた。拍手はない。他の出場者も皆そうだった。課題曲と自由曲を続けて演奏することもあって、途中で拍手を挟まないのだ。それは課題曲は弾けて当たり前ということなのだろう。本題は自由曲だった。今までの演奏は自由曲にこそ自己の表現を託していた。

 俺はこのピアノに何を託すか。考えているようで、勝手に指は動き出した。冬の朝の幸せ、つらい労働、空腹、痛み、絶望、やりきれなさ。そして夜の開放感。

 マリーのこどもが俺の心の奥底で膝を抱えて沈んでいる。マリーのこどもは、彼女に似てきっと美しいだろう。そうでなくとも美しく愛おしいのだ。そんなこどもに、もしなにか与えられるとしたら、それはなにか。俺はきっと母にはなれない。マリーは俺に母は務まらないと風見鶏を呼び、そして1人で母になったのだ。

 もし俺が与えられるものがあったとしたら、風見鶏という希望しかなかった。生活が豊かになっても、心の安寧は手に入らない。母を恋しがって暗闇で絶叫したマリー。でもあの風見鶏に希望を託し、荒れ狂う人生を歩んでこれたのだ。

 マリーが目指した風見鶏の向く方へ、導いてやりたい。

 いつもだったら、心の乱れが演奏をかき乱していただろう。でもあの日と同じだった。俺は知ってもらいたいのだ。世界の片隅でこうやって痛みや絶望に耐え忍び、希望を抱いている人間がいるということを。無関心という名の無言の暴力で、誰かの幸福が奪われているということを、知ってもらいたかった。

 最後の音を会場に置いたら、スッと冷たい沈黙が会場を支配した。伝わらなかったか、そう思って盤上で震えてた指を握った時、あちらこちらからガタガタと変な音がした。その音で会場を向くと、豪雨のような拍手に打たれた。

 慌てて立とうと思ったら、ノアが走り寄ってきてくれた。支えられて立ち上がる時、皆口々に叫んでいる不明な言葉の意味を、ノアに質問する。

 みんななんて言ってるの?

「最大の賞賛を表す言葉だよ。リアム、本当に素晴らしい演奏だったよ」

 ノアの目に涙が溜まる。
 そして会場の人々が叫ぶ聞きなれない言葉があの風見鶏を呼ぶマリーと重なった。まるであの風見鶏に人々が叫んでいるようだった。

 ノアに促されるまま会場に向かって一礼をする。その時に俺は涙を溢してしまった。

 ノアのせいだ

 会場を後にする時にノアにそう伝えると、彼は優しい笑顔でまた泣いた。
しおりを挟む
口なしに熱風| ふざけた女装の隣国王子が我が国の後宮で無双をはじめるそうです

口なしの封緘

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...