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3部 王のピアノと風見鶏
第37話 盗み聞き
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こんなことをしてはダメだとわかっている。だけど俺は王とジルがいる応接室の扉の前に張り付いていた。足が完治していないから音を立てずにここまでくるには、かなり時間を要してしまった。
「子どもの親権を強請りのネタに誘拐をさせていたということか? しかし今までの話ではマリーという女性は強姦に近く、望まぬ妊娠だったのではないのか?」
王の声が俺の頭を殴るように響く。胃の下に穴が空いたような寒気が襲い、足がガクガクと震え出した。マリーに子どもがいる?
「本人死亡とあって本当のところはよくわかりませんが……一般的に父親は誰であれ、子は手放し難く、幸せを願うのは当然のことかと思います。腹を痛めて産んだ子です。領主にはその苦痛がわからないから、自分の子であっても利用したのではないかと存じます」
「殺された他の女性にも領主の子がいるのか?」
「はい。全員同様に領主が脅していたのだと、本日自白しました」
領主は強姦した上に子どもを産ませ、その子どもをネタに強請って、他の子どもを誘拐させていた。
今俺の足を震わすこの傷。彼女たちはなぜあんなに躊躇いなく人の肉を裂けるのか。そしてマリーの非道な言葉についても、人はここまで冷酷になれるのかという疑問があった。しかしそうまでして楽な暮らしをしたいと願う、変わり果てたマリーを認めたくなくて、俺はあの日のことを意識的に考えないようにしていた。
「子どもたちは今どうしているのだ?」
「マリーにはこの国で人助けをしたことがあったそうで。それが縁でこの国の庸人宅に下宿していたようなのですが、その夫婦が子どもを引き取って育てているそうです」
母親に助けを求めていたマリーはいつの間にか母親になり、そして子どものために生きていた。俺に取り繕うこともなく、純粋に母として、あんな暴言を吐き、そしてナイフを突きつけた。俺はその事実に呆然とする。
「陛下。もし言いづらいようでしたら私からリアムに……」
「いや……お前には散々難しい決断を委ねてきたのだ。そこまでは迷惑をかけられん……」
「しかし……」
「明後日コンクールだ。ピアニストとして生計を立てられるかは不明だが、子を育てるのに職は必要になるだろう。だから、終わるまでは黙っててもらえないか? コンクール後に私から話そう」
「リアムは陛下を……」
「リアムはまだ若い。何者にもなれる。したいようにさせてやればいい、リアムの望むままに」
「恐れながら陛下。私であれば、都合の悪い情報など決して渡さず、なんとしてでも自分の手で伴侶を幸せにします。絶対に誰にも渡さない」
ジルの熱意があたりを飲み込み、沈黙が訪れた。
「ルークやルイスは幸せ者だな」
王が立ち上がったのか、布の擦れる音がする。俺は扉から体を離して部屋に急いだ。
王の言葉が残響のようにこびりついて離れない。今日まで何度も体を重ね、愛を確かめ合ってきたと思っていた。しかし、その愛を問う先は王にだけ向けられたものでもなかった。自分自身もまた、マリーの子どもという存在に揺らいでいた。
マリーは立派な母親だった。俺のように欲するだけではなく、子どもに愛を注いでいたのだ。自分が寂しい思いをした分、子どもになんでも与えたかったのだろう。俺に向けたあの残忍な声がそれを物語っていた。
「子どもの親権を強請りのネタに誘拐をさせていたということか? しかし今までの話ではマリーという女性は強姦に近く、望まぬ妊娠だったのではないのか?」
王の声が俺の頭を殴るように響く。胃の下に穴が空いたような寒気が襲い、足がガクガクと震え出した。マリーに子どもがいる?
「本人死亡とあって本当のところはよくわかりませんが……一般的に父親は誰であれ、子は手放し難く、幸せを願うのは当然のことかと思います。腹を痛めて産んだ子です。領主にはその苦痛がわからないから、自分の子であっても利用したのではないかと存じます」
「殺された他の女性にも領主の子がいるのか?」
「はい。全員同様に領主が脅していたのだと、本日自白しました」
領主は強姦した上に子どもを産ませ、その子どもをネタに強請って、他の子どもを誘拐させていた。
今俺の足を震わすこの傷。彼女たちはなぜあんなに躊躇いなく人の肉を裂けるのか。そしてマリーの非道な言葉についても、人はここまで冷酷になれるのかという疑問があった。しかしそうまでして楽な暮らしをしたいと願う、変わり果てたマリーを認めたくなくて、俺はあの日のことを意識的に考えないようにしていた。
「子どもたちは今どうしているのだ?」
「マリーにはこの国で人助けをしたことがあったそうで。それが縁でこの国の庸人宅に下宿していたようなのですが、その夫婦が子どもを引き取って育てているそうです」
母親に助けを求めていたマリーはいつの間にか母親になり、そして子どものために生きていた。俺に取り繕うこともなく、純粋に母として、あんな暴言を吐き、そしてナイフを突きつけた。俺はその事実に呆然とする。
「陛下。もし言いづらいようでしたら私からリアムに……」
「いや……お前には散々難しい決断を委ねてきたのだ。そこまでは迷惑をかけられん……」
「しかし……」
「明後日コンクールだ。ピアニストとして生計を立てられるかは不明だが、子を育てるのに職は必要になるだろう。だから、終わるまでは黙っててもらえないか? コンクール後に私から話そう」
「リアムは陛下を……」
「リアムはまだ若い。何者にもなれる。したいようにさせてやればいい、リアムの望むままに」
「恐れながら陛下。私であれば、都合の悪い情報など決して渡さず、なんとしてでも自分の手で伴侶を幸せにします。絶対に誰にも渡さない」
ジルの熱意があたりを飲み込み、沈黙が訪れた。
「ルークやルイスは幸せ者だな」
王が立ち上がったのか、布の擦れる音がする。俺は扉から体を離して部屋に急いだ。
王の言葉が残響のようにこびりついて離れない。今日まで何度も体を重ね、愛を確かめ合ってきたと思っていた。しかし、その愛を問う先は王にだけ向けられたものでもなかった。自分自身もまた、マリーの子どもという存在に揺らいでいた。
マリーは立派な母親だった。俺のように欲するだけではなく、子どもに愛を注いでいたのだ。自分が寂しい思いをした分、子どもになんでも与えたかったのだろう。俺に向けたあの残忍な声がそれを物語っていた。
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