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3部 王のピアノと風見鶏
第33話 その道の専門家
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バーンスタイン卿がいつか言っていたように、ノアはその道の専門家だった。
なにがすごいのかといえば、第一に恥じらいがないこと。肛門や陰茎など普段口にすることさえ憚られる単語を当然のように言い、事細かに体の構造を教えてくれた。第二に旺盛な探究心や好奇心。ノアはバーンスタイン卿に尽くすため様々なことに挑戦していた。特に男性器を口で慰める方法は、興奮で顔を真っ赤にしながら教えてくれた。きっとノアも、その手法には自信があるのだろう。
バーンスタイン卿のおかしな性癖を聞いた時には耳を疑い、そんなことを教えても大丈夫なのだろうかと心配した。しかしいろんな意味で口を挟めなかったので、ノアの気の済むまで語っていただいた。
ノアが飛んで帰り持ってきてくれた変な道具で、説明されたように腸を洗い、それに備え付けられた拡張機で十分に後ろをほぐした。正直さっきから椅子に座ると違和感しかない。王の帰りをこんな変な気分で待つ日が来るとは思いもしなかった。
今日はピアノを弾いていない。ノアの説明が長引き、そして慣れない道具を使いこなすのに苦心したからだ。だから王が帰ってきた音がした時、思わず立ち上がり、ピアノの響板の端を掴んだ。王はその様子をみて笑う。
「ちゃんとなにも書いていない譜面を取り寄せたぞ。これを五線譜というのだな」
王は俺にまっさらな五線譜を差し出した。俺はそれを待っていたのではない、と垂れ下がった王の髪の束を柔らかく掴む。
「ああ、リアム。私を待っていてくれたのか?」
王はピアノの響板に五線譜を置きながら、その腕で俺を抱き寄せる。頭を数回撫でたら、王はいつもの手順で俺の唇にキスをしてくれた。
「リアム、今日は新しい譜面が無いから、昨日の曲を弾いてくれないか? 明日、このまっさらな譜面に曲を書いたら、また弾いてほしい」
俺が頷き、王の髪をもう一度握りしめると、王は笑いながら額にキスを落とす。
「ああ。しかしリアムのピアノも心が癒される。後でたくさんしてあげるから、まずはピアノを弾いてくれないか?」
王はそう言って俺の手を引き、いつもの左側に座った。こんなことであれば今日、ちゃんとピアノを弾いておけばよかった。大丈夫だろうか、と両手の指をほぐしながら王の右に座る。
息を吸って、長く吐き出す。しかしこういってはなんだが、尻に違和感があり集中できない。何度か座り直し、モゾモゾと動いていたら、王が俺の腰に手を据えた。
「大丈夫か? 調子が悪いのなら無理にとはいわないぞ」
その大きな手が俺の欲望を掻き立てる。指を鍵盤に置き、そうして、冬の朝を思い浮かべる。最初の一音を鳴らしたら、今日の朝の情景が入り混じってしまった。ここから取り返しがつかなくなった。演奏に集中できないのではない。昨日王に抱きついてしまった時の感情が音を構成してしまう。王に知ってほしいという感情だけではなく、もっと愛されたいという欲望だけになってしまった。しかし不思議とタッチはしっかりしていて、ラルフ=ハーマンの「望郷」を思い出すのだ。
最後の一音を昨日とは違う感情で鳴らし終える。「望郷」は故郷を愛しているということなのだ。愛しあった記憶を慈しむその心が、ラルフ=ハーマンの故郷だった。
今日は息も上がっていなかったし、興奮もしていなかった。ただ静かな理解が納得とともに俺の心を宥めていた。
「リアムはピアノで喋るのだな」
王の理解が本当に俺と同じなのかが不明で、思わず顔を見る。しかしそれを遮り、王は俺を抱え上げて、王の膝に座らせた。股間が当たって恥ずかしい、その焦りから、俺は昼に書いた紙を取り出し王の顔の前に差し出した。
ノアに痛くならない方法を教わった。
愛してほしい。
王は文字を読むが、黙ったままだった。また受け取りもせず、その辺に置かれるだろうか、という恐怖が紙を持つ手を震わせた。
なにがすごいのかといえば、第一に恥じらいがないこと。肛門や陰茎など普段口にすることさえ憚られる単語を当然のように言い、事細かに体の構造を教えてくれた。第二に旺盛な探究心や好奇心。ノアはバーンスタイン卿に尽くすため様々なことに挑戦していた。特に男性器を口で慰める方法は、興奮で顔を真っ赤にしながら教えてくれた。きっとノアも、その手法には自信があるのだろう。
バーンスタイン卿のおかしな性癖を聞いた時には耳を疑い、そんなことを教えても大丈夫なのだろうかと心配した。しかしいろんな意味で口を挟めなかったので、ノアの気の済むまで語っていただいた。
ノアが飛んで帰り持ってきてくれた変な道具で、説明されたように腸を洗い、それに備え付けられた拡張機で十分に後ろをほぐした。正直さっきから椅子に座ると違和感しかない。王の帰りをこんな変な気分で待つ日が来るとは思いもしなかった。
今日はピアノを弾いていない。ノアの説明が長引き、そして慣れない道具を使いこなすのに苦心したからだ。だから王が帰ってきた音がした時、思わず立ち上がり、ピアノの響板の端を掴んだ。王はその様子をみて笑う。
「ちゃんとなにも書いていない譜面を取り寄せたぞ。これを五線譜というのだな」
王は俺にまっさらな五線譜を差し出した。俺はそれを待っていたのではない、と垂れ下がった王の髪の束を柔らかく掴む。
「ああ、リアム。私を待っていてくれたのか?」
王はピアノの響板に五線譜を置きながら、その腕で俺を抱き寄せる。頭を数回撫でたら、王はいつもの手順で俺の唇にキスをしてくれた。
「リアム、今日は新しい譜面が無いから、昨日の曲を弾いてくれないか? 明日、このまっさらな譜面に曲を書いたら、また弾いてほしい」
俺が頷き、王の髪をもう一度握りしめると、王は笑いながら額にキスを落とす。
「ああ。しかしリアムのピアノも心が癒される。後でたくさんしてあげるから、まずはピアノを弾いてくれないか?」
王はそう言って俺の手を引き、いつもの左側に座った。こんなことであれば今日、ちゃんとピアノを弾いておけばよかった。大丈夫だろうか、と両手の指をほぐしながら王の右に座る。
息を吸って、長く吐き出す。しかしこういってはなんだが、尻に違和感があり集中できない。何度か座り直し、モゾモゾと動いていたら、王が俺の腰に手を据えた。
「大丈夫か? 調子が悪いのなら無理にとはいわないぞ」
その大きな手が俺の欲望を掻き立てる。指を鍵盤に置き、そうして、冬の朝を思い浮かべる。最初の一音を鳴らしたら、今日の朝の情景が入り混じってしまった。ここから取り返しがつかなくなった。演奏に集中できないのではない。昨日王に抱きついてしまった時の感情が音を構成してしまう。王に知ってほしいという感情だけではなく、もっと愛されたいという欲望だけになってしまった。しかし不思議とタッチはしっかりしていて、ラルフ=ハーマンの「望郷」を思い出すのだ。
最後の一音を昨日とは違う感情で鳴らし終える。「望郷」は故郷を愛しているということなのだ。愛しあった記憶を慈しむその心が、ラルフ=ハーマンの故郷だった。
今日は息も上がっていなかったし、興奮もしていなかった。ただ静かな理解が納得とともに俺の心を宥めていた。
「リアムはピアノで喋るのだな」
王の理解が本当に俺と同じなのかが不明で、思わず顔を見る。しかしそれを遮り、王は俺を抱え上げて、王の膝に座らせた。股間が当たって恥ずかしい、その焦りから、俺は昼に書いた紙を取り出し王の顔の前に差し出した。
ノアに痛くならない方法を教わった。
愛してほしい。
王は文字を読むが、黙ったままだった。また受け取りもせず、その辺に置かれるだろうか、という恐怖が紙を持つ手を震わせた。
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