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3部 王のピアノと風見鶏
第27話 スプーンの誓い
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「リアム、夜営が恋しいのであれば、俺たちはピアノを聴きに、お前の元へ集まろう。どうだ、ピアニストを目指してみないか?」
バーンスタイン卿は、この国に戻って来ると誓ったフォークを取り出し、それを差し出しながら言った。俺は困惑し、ノアを見る。ノアは真っ赤な顔で大きく頷き、そしてベッドの横にある引き出しから、俺の唯一の持ち物であったスプーンの包みを持ってきてくれた。
「リアムは無事にこの国へ戻った。リアムはこの国でピアニストになる。今度はスプーンの誓いだ」
ノアが持ってきたスプーンを取り上げて、バーンスタイン卿はフォークを差し出したまま動かなかった。そのフォークの先を見て思い出したことは、マリーが俺の首に突きつけたナイフと言葉だった。
『運命に翻弄され、自ら行動しないことを他人のせいにして』
俺は誰のためでもなく、自分のためにしたいこととはなんだ。俺はマリーのピアノの続きが聴きたいと思っていた。マリーとあの風見鶏の名前がこの世から無くなることが悲しかった。バーンスタイン卿やルーク、ジル、テオやノアに喜んでもらいたい。俺はここに生かされた意味を知りたい。俺は自分の意思で行動したい。
俺はバーンスタイン卿の瞳をじっと見つめて、大きく頷いた。スプーンを受け取ったのを見たブラウアー兄弟が俺をさらに抱きしめた。
「兄様たちがついている、リアムは素晴らしい演奏家になる!」
「僕も応援しているよ!」
テオがくちゃくちゃの笑顔で俺に叫ぶ。ノアは茹で上がってしまうのではないかと思えるほど顔を真っ赤にして笑っていた。
幸せ、その言葉がこの場の空気を言い表す最適な言葉だった。
「リアム、現実的な話なのだが、家主が軍に乗り込んできてな」
唐突な話題に自分でも目が丸くなるのがわかった。そうだ、あれから1ヶ月経ってしまっているのだ。生活がギリギリで傭兵の給金が支払われるその日に家主に家賃を渡していた。あの日から一度も家に帰っていないということは先月分の家賃を滞納している。まさか1ヶ月で家主が怒鳴り込んでくるなんて。
「気を悪くしないでもらいたいのだが……先月分の家賃は俺が建て替えておいた。しかしリアムは今月軍で働いていないから、来月は支払えないと思ってな」
バーンスタイン卿に先月分を建て替えさせるなど、恥ずかしさで目の前の風景が歪んだ。
「すまんが、あの家を引き払って、荷物は俺の家で預からせてもらっている。ピアニストとして生計を立てられるまで、俺の家で預かっていても構わないか?」
俺の家には大した荷物などなかった。それを見られたという恥ずかしさも相まって、俺は視線を外したまま顔を上げられなかった。カサッと音がしたと思ったら、アシュレイ、ありがとうと書かれた紙が俺の視界に入ってきた。
「ノアには何枚も書いてくれたそうだな。自慢をされたことがとても悔しくてな。また書いてくれないか?」
バーンスタイン卿の言葉で、ブラウアー兄弟は俺を床に下ろし、ノアはペンと紙を持ってきてくれた。俺は床に座り込み、文字を書く。しかし最後に書きたい言葉のスペルが分からず、ノアに口の動きで聞いた。ノアは嬉しそうにスペルを教えてくれて、俺はそれを丁寧に書き写した。
ノアに支えられながら、立ち上がりその紙をバーンスタイン卿に渡す。ありがとうの後に、ピアニストになる、と付け加えたその紙を見て、バーンスタイン卿は顔をくちゃくちゃにして子どものように笑った。ノアにしか見せないあの顔で笑ってくれたのだ。
「こうやって書くと現実になると聞いたことがある。傭兵に戻さなかった決断が正しかったと、リアムが証明してくれ」
俺は大きく頷き、そしてバーンスタイン卿に抱きついた。
バーンスタイン卿は、この国に戻って来ると誓ったフォークを取り出し、それを差し出しながら言った。俺は困惑し、ノアを見る。ノアは真っ赤な顔で大きく頷き、そしてベッドの横にある引き出しから、俺の唯一の持ち物であったスプーンの包みを持ってきてくれた。
「リアムは無事にこの国へ戻った。リアムはこの国でピアニストになる。今度はスプーンの誓いだ」
ノアが持ってきたスプーンを取り上げて、バーンスタイン卿はフォークを差し出したまま動かなかった。そのフォークの先を見て思い出したことは、マリーが俺の首に突きつけたナイフと言葉だった。
『運命に翻弄され、自ら行動しないことを他人のせいにして』
俺は誰のためでもなく、自分のためにしたいこととはなんだ。俺はマリーのピアノの続きが聴きたいと思っていた。マリーとあの風見鶏の名前がこの世から無くなることが悲しかった。バーンスタイン卿やルーク、ジル、テオやノアに喜んでもらいたい。俺はここに生かされた意味を知りたい。俺は自分の意思で行動したい。
俺はバーンスタイン卿の瞳をじっと見つめて、大きく頷いた。スプーンを受け取ったのを見たブラウアー兄弟が俺をさらに抱きしめた。
「兄様たちがついている、リアムは素晴らしい演奏家になる!」
「僕も応援しているよ!」
テオがくちゃくちゃの笑顔で俺に叫ぶ。ノアは茹で上がってしまうのではないかと思えるほど顔を真っ赤にして笑っていた。
幸せ、その言葉がこの場の空気を言い表す最適な言葉だった。
「リアム、現実的な話なのだが、家主が軍に乗り込んできてな」
唐突な話題に自分でも目が丸くなるのがわかった。そうだ、あれから1ヶ月経ってしまっているのだ。生活がギリギリで傭兵の給金が支払われるその日に家主に家賃を渡していた。あの日から一度も家に帰っていないということは先月分の家賃を滞納している。まさか1ヶ月で家主が怒鳴り込んでくるなんて。
「気を悪くしないでもらいたいのだが……先月分の家賃は俺が建て替えておいた。しかしリアムは今月軍で働いていないから、来月は支払えないと思ってな」
バーンスタイン卿に先月分を建て替えさせるなど、恥ずかしさで目の前の風景が歪んだ。
「すまんが、あの家を引き払って、荷物は俺の家で預からせてもらっている。ピアニストとして生計を立てられるまで、俺の家で預かっていても構わないか?」
俺の家には大した荷物などなかった。それを見られたという恥ずかしさも相まって、俺は視線を外したまま顔を上げられなかった。カサッと音がしたと思ったら、アシュレイ、ありがとうと書かれた紙が俺の視界に入ってきた。
「ノアには何枚も書いてくれたそうだな。自慢をされたことがとても悔しくてな。また書いてくれないか?」
バーンスタイン卿の言葉で、ブラウアー兄弟は俺を床に下ろし、ノアはペンと紙を持ってきてくれた。俺は床に座り込み、文字を書く。しかし最後に書きたい言葉のスペルが分からず、ノアに口の動きで聞いた。ノアは嬉しそうにスペルを教えてくれて、俺はそれを丁寧に書き写した。
ノアに支えられながら、立ち上がりその紙をバーンスタイン卿に渡す。ありがとうの後に、ピアニストになる、と付け加えたその紙を見て、バーンスタイン卿は顔をくちゃくちゃにして子どものように笑った。ノアにしか見せないあの顔で笑ってくれたのだ。
「こうやって書くと現実になると聞いたことがある。傭兵に戻さなかった決断が正しかったと、リアムが証明してくれ」
俺は大きく頷き、そしてバーンスタイン卿に抱きついた。
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