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3部 王のピアノと風見鶏
第26話 人の可能性
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ノアの慌てた様子を見かねてか、バーンスタイン卿は俺の横に回り、その紙を覗き込んだ。
「ああ、そうか……リアム。俺の考えが浅はかだった。すまないな、王はもうリアムをそういう風に見られないのか」
バーンスタイン卿の言葉に、俺はまた首を傾げる。
「そういえば父と陛下が最後に交わした言葉も、この言葉だった。そして、ノアがこの言葉で謝辞を述べた時も、なんともいえない寂しそうな顔をしていた。すまない、俺が舞い上がってしまって、王にも渡すよう言ったが……すっかりそのことを忘れていた……」
俺は紙を持ったまま呆然とする。お礼を言われてなぜ寂しくなるのかわからなかったのだ。
「父やノアの言葉に疎外感を感じていたのかもしれない……。俺たちのように、友であれば嬉しいのかもしれないが……」
バーンスタイン卿は心底申し訳ないといった表情で俺を見るから、いたたまれなくなって大きく首を横に振った。しかしそんなことではこの場の空気を払い去ることはできなかった。
「そ、そういえば! リアムはとってもピアノが上手なんです! 皆さんも演奏を聴かせてもらってはいかがでしょうか?」
ノアが顔を真っ赤にして言い放ち、そしてはしゃぎはじめた。その顔に全員の顔が綻び、そして俺に視線が集まった。俺は人前でピアノを弾くなど恐れ多くて辞退したかったが、同時にノアからもらった親切に少しでも報いたかった。彼が俺のピアノを誇らしいと思ってくれたのであれば、俺はそれに応えたい。
ノアに連れられピアノの椅子に座る。なにを弾こうか迷った。でも、俺の心には、マリーが弾いていたあの曲しか思い浮かばなかった。
この曲は軽やかなタッチでの駆け上がりが多く、難易度が高い。しかしこれまでの治療と練習で、弾くことはもちろん、思いを込める余裕があった。だから5人の夜営がいかに楽しかったか、心を込めて弾くことができた。最後の跳躍を繰り返す箇所では、この感謝の気持ちが伝わればいい、と必死で願った。一音鳴らすたびに、俺を見る様々な表情が思い浮かぶ。
そして、最後の音で王の赤い瞳が脳裏をよぎった。そこで演奏は終了した。
後ろで聞いていた全員が静かだった。拍手が欲しかったわけではない。最後に王の瞳がよぎったことに罪悪感を感じ、俺自身も黙ってしまう。ゆっくり振り返ると、ノアは顔を真っ赤にして喜んでいた。しかしノア以外の顔は無表情だった。
「リアム、フォークを返す」
バーンスタイン卿の拒絶ともとれるその言葉に愕然とし、思わず立ち上がった。ノアは急いで俺に駆け寄り、横にピタッと張り付く。
「傭兵はこんな可能性を奪っているのか? リアムは傭兵を辞めてピアニストになるんだ。まだ若い。今からだって遅くはない」
可能性、その聞き馴染みのない言葉に思考が停止してしまう。ポカンとしている間に、ルークとジルが俺を担ぎ上げた。
「すごい才能だぞ! ピアノの音でこんなに心が満たされるものなのか!?」
「ルイス以外に心を満たしてくれるものがあるなんてな。ああ、そうだ。ルイスはこういったことも詳しいから、コンクールの情報収集を頼んでおこう」
それぞれに言いたいことを言い、そしてテオを見れば、瞳から何粒か涙を溢していた。我に返った俺はバーンスタイン卿と共に働きたい、と口を動かす。
「リアム、俺たちが軍を退役しても、傭兵になりたいと思うか? 職はそういう観点で選ぶものではない。それに命がかかっているのだ。こんな可能性を知りながら、俺はお前を戦場に出すことはできない」
バーンスタイン卿は色の違う左右の瞳で俺に力強い視線を送る。
「なに? 夜営で馬鹿騒ぎしたいとか言ってるのか? アシュレイも同じこと言っていたが、それはアシュレイがこの職に名誉ではなく使命を抱いているからだぞ」
ルークが俺を見て微笑んだ。
「ああ、そうか……リアム。俺の考えが浅はかだった。すまないな、王はもうリアムをそういう風に見られないのか」
バーンスタイン卿の言葉に、俺はまた首を傾げる。
「そういえば父と陛下が最後に交わした言葉も、この言葉だった。そして、ノアがこの言葉で謝辞を述べた時も、なんともいえない寂しそうな顔をしていた。すまない、俺が舞い上がってしまって、王にも渡すよう言ったが……すっかりそのことを忘れていた……」
俺は紙を持ったまま呆然とする。お礼を言われてなぜ寂しくなるのかわからなかったのだ。
「父やノアの言葉に疎外感を感じていたのかもしれない……。俺たちのように、友であれば嬉しいのかもしれないが……」
バーンスタイン卿は心底申し訳ないといった表情で俺を見るから、いたたまれなくなって大きく首を横に振った。しかしそんなことではこの場の空気を払い去ることはできなかった。
「そ、そういえば! リアムはとってもピアノが上手なんです! 皆さんも演奏を聴かせてもらってはいかがでしょうか?」
ノアが顔を真っ赤にして言い放ち、そしてはしゃぎはじめた。その顔に全員の顔が綻び、そして俺に視線が集まった。俺は人前でピアノを弾くなど恐れ多くて辞退したかったが、同時にノアからもらった親切に少しでも報いたかった。彼が俺のピアノを誇らしいと思ってくれたのであれば、俺はそれに応えたい。
ノアに連れられピアノの椅子に座る。なにを弾こうか迷った。でも、俺の心には、マリーが弾いていたあの曲しか思い浮かばなかった。
この曲は軽やかなタッチでの駆け上がりが多く、難易度が高い。しかしこれまでの治療と練習で、弾くことはもちろん、思いを込める余裕があった。だから5人の夜営がいかに楽しかったか、心を込めて弾くことができた。最後の跳躍を繰り返す箇所では、この感謝の気持ちが伝わればいい、と必死で願った。一音鳴らすたびに、俺を見る様々な表情が思い浮かぶ。
そして、最後の音で王の赤い瞳が脳裏をよぎった。そこで演奏は終了した。
後ろで聞いていた全員が静かだった。拍手が欲しかったわけではない。最後に王の瞳がよぎったことに罪悪感を感じ、俺自身も黙ってしまう。ゆっくり振り返ると、ノアは顔を真っ赤にして喜んでいた。しかしノア以外の顔は無表情だった。
「リアム、フォークを返す」
バーンスタイン卿の拒絶ともとれるその言葉に愕然とし、思わず立ち上がった。ノアは急いで俺に駆け寄り、横にピタッと張り付く。
「傭兵はこんな可能性を奪っているのか? リアムは傭兵を辞めてピアニストになるんだ。まだ若い。今からだって遅くはない」
可能性、その聞き馴染みのない言葉に思考が停止してしまう。ポカンとしている間に、ルークとジルが俺を担ぎ上げた。
「すごい才能だぞ! ピアノの音でこんなに心が満たされるものなのか!?」
「ルイス以外に心を満たしてくれるものがあるなんてな。ああ、そうだ。ルイスはこういったことも詳しいから、コンクールの情報収集を頼んでおこう」
それぞれに言いたいことを言い、そしてテオを見れば、瞳から何粒か涙を溢していた。我に返った俺はバーンスタイン卿と共に働きたい、と口を動かす。
「リアム、俺たちが軍を退役しても、傭兵になりたいと思うか? 職はそういう観点で選ぶものではない。それに命がかかっているのだ。こんな可能性を知りながら、俺はお前を戦場に出すことはできない」
バーンスタイン卿は色の違う左右の瞳で俺に力強い視線を送る。
「なに? 夜営で馬鹿騒ぎしたいとか言ってるのか? アシュレイも同じこと言っていたが、それはアシュレイがこの職に名誉ではなく使命を抱いているからだぞ」
ルークが俺を見て微笑んだ。
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