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3部 王のピアノと風見鶏
第14話 荷馬車
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引き渡しの当日の夕方、捕虜とともに両国要人は国境線に立つゴルザ帝国側の詰所に到着予定だった。日が傾いても今日は宴がない。その寂しさを打ち消すように、俺は詰所から抜け出す算段をしながら馬を走らせていた。
異変は隊列の前から始まった。
「バーンスタイン卿! 至急、後列へ!」
前から来たであろう兵が、彼に近づき、耳打ちをする。情報を伝えた兵が隊列に戻るよう指示されたのか、馬の駆ける音が隊列の前へ消えていく。その間中、バーンスタイン卿は黙り、そして一瞬俺を見た気がした。
「ジル!」
バーンスタイン卿は短く呼び、異変を察知したジルは素早く彼の元へ馬で駆け寄る。2人が話している間、周りの隊列が止まり、後列が淀んでしまっていた。それを見かねたバーンスタイン卿が後ろの士官に指示を出して、隊列を進ませてその横に留まった。なにかあったのだろうかと心配こそしたが、隊列を崩すわけにもいかず、馬の腹を蹴ろうとした時、バーンスタイン卿の声が響き渡った。
「テオ、ルーク、リアム! 来い!」
唐突な指示にテオと顔を見合わせている間に、ジルとバーンスタイン卿、そしてルークは馬で駆け出していた。以心伝心というには速すぎる行動に驚きながらも、テオと俺は慌てて馬を走らせる。
後列は移動物資の荷車が多い。国境線まで5日分ともあってそれなりの量があったが、出征とは違い補給線としては短い。後方の一際大きな屋根付きの荷台にバーンスタイン卿の馬の足が止まる。
「この荷台を置いて先に行け!」
更に後列の兵たちに指示を出し、隊列を見送る。最後の荷台が行き過ぎるのを5人で見送っている時に、荷台の馬を操っている老人と目が合う。
「あ、あなたは……?」
「また会いましたね、先日の非礼をお詫びいたします。野営地でアシュレイ様にこっぴどく怒られました」
「オットー、余計なことを言うな。リアムも迂闊に話しかけると、オットーの小言が止まらなくなるぞ」
「小言なんてそんな! アシュレイ様、私はバーンスタイン家に支える一介の使用人です。しかしなぜ最近はこんな使用人以上のことをさせるのです!? 老体に鞭打って仕事に励みバーンスタイン家の繁栄を願っているのに、最近では国王の密偵のようなこともさせられ……そもそもギード様は私の主人ではないのに、なぜ彼の名誉を守るために王宮に赴かなければならないのです! 嫌な顔をせず命令に従っているのにもかかわらず、アシュレイ様の叱責しかいただけないなんて……あまりに……」
「ほらな、こうなる」
バーンスタイン卿は、オットーに話しかけるとどうなるか実証しながらも、馬を降り、荷台の後部扉に手をかける。
「オットー、有事だ。荷台に誰も近づけるな」
さっきまでしおらしく小言を言っていたオットーの目つきが変わる。さっきまでの口うるさい老人は演技だったのか、と思えるほどに背筋が伸び、まるで武人のような警戒態勢になった。
「私とジルの判断で荷台を隊列から切り離しました。ルーク、テオ、リアム。馬を降り荷台に入れ」
荷台に誰かいるのか、バーンスタイン卿は中に話しかけながら、指示を出す。テオが慌てて馬を降りて荷台に入ったので、俺も続いた。そして絶句する。
「こ、国王陛下!? な、なぜそんな荷物に囲まれて……」
テオの戸惑いの言葉が言い終わるや否や、全員が荷台に入り後部扉が閉められる。
「代々この国の王は馬車に興味がなくてね。さすがにこの体たらくを隣国に知られたくなくて後列にしてもらったのだ」
「陛下、簡潔に申し上げます。領主の姿が昼あたりから見あたらないと、前列の兵より報告を受けました」
王の言葉を遮ってバーンスタイン卿が報告した内容に戦慄する。その俺を王の赤眼が捕らえた。
「お、俺はまだ殺していない! 隠してなどもいない!」
慌てふためいて、バーンスタイン卿のマントを掴み、無実を主張する。
「リアム、ここに呼んだのはお前を疑っているからではない」
「随分と信頼されているのだな。奇跡の器よ」
「貴方がそう仕向けたのだ。今更白々しく称号で呼ぶのはおやめください。リアム、ジルの助言もあったが、今から命令することは俺の意思でもある。リアムはこのまま王と国境を越えてくれ」
異変は隊列の前から始まった。
「バーンスタイン卿! 至急、後列へ!」
前から来たであろう兵が、彼に近づき、耳打ちをする。情報を伝えた兵が隊列に戻るよう指示されたのか、馬の駆ける音が隊列の前へ消えていく。その間中、バーンスタイン卿は黙り、そして一瞬俺を見た気がした。
「ジル!」
バーンスタイン卿は短く呼び、異変を察知したジルは素早く彼の元へ馬で駆け寄る。2人が話している間、周りの隊列が止まり、後列が淀んでしまっていた。それを見かねたバーンスタイン卿が後ろの士官に指示を出して、隊列を進ませてその横に留まった。なにかあったのだろうかと心配こそしたが、隊列を崩すわけにもいかず、馬の腹を蹴ろうとした時、バーンスタイン卿の声が響き渡った。
「テオ、ルーク、リアム! 来い!」
唐突な指示にテオと顔を見合わせている間に、ジルとバーンスタイン卿、そしてルークは馬で駆け出していた。以心伝心というには速すぎる行動に驚きながらも、テオと俺は慌てて馬を走らせる。
後列は移動物資の荷車が多い。国境線まで5日分ともあってそれなりの量があったが、出征とは違い補給線としては短い。後方の一際大きな屋根付きの荷台にバーンスタイン卿の馬の足が止まる。
「この荷台を置いて先に行け!」
更に後列の兵たちに指示を出し、隊列を見送る。最後の荷台が行き過ぎるのを5人で見送っている時に、荷台の馬を操っている老人と目が合う。
「あ、あなたは……?」
「また会いましたね、先日の非礼をお詫びいたします。野営地でアシュレイ様にこっぴどく怒られました」
「オットー、余計なことを言うな。リアムも迂闊に話しかけると、オットーの小言が止まらなくなるぞ」
「小言なんてそんな! アシュレイ様、私はバーンスタイン家に支える一介の使用人です。しかしなぜ最近はこんな使用人以上のことをさせるのです!? 老体に鞭打って仕事に励みバーンスタイン家の繁栄を願っているのに、最近では国王の密偵のようなこともさせられ……そもそもギード様は私の主人ではないのに、なぜ彼の名誉を守るために王宮に赴かなければならないのです! 嫌な顔をせず命令に従っているのにもかかわらず、アシュレイ様の叱責しかいただけないなんて……あまりに……」
「ほらな、こうなる」
バーンスタイン卿は、オットーに話しかけるとどうなるか実証しながらも、馬を降り、荷台の後部扉に手をかける。
「オットー、有事だ。荷台に誰も近づけるな」
さっきまでしおらしく小言を言っていたオットーの目つきが変わる。さっきまでの口うるさい老人は演技だったのか、と思えるほどに背筋が伸び、まるで武人のような警戒態勢になった。
「私とジルの判断で荷台を隊列から切り離しました。ルーク、テオ、リアム。馬を降り荷台に入れ」
荷台に誰かいるのか、バーンスタイン卿は中に話しかけながら、指示を出す。テオが慌てて馬を降りて荷台に入ったので、俺も続いた。そして絶句する。
「こ、国王陛下!? な、なぜそんな荷物に囲まれて……」
テオの戸惑いの言葉が言い終わるや否や、全員が荷台に入り後部扉が閉められる。
「代々この国の王は馬車に興味がなくてね。さすがにこの体たらくを隣国に知られたくなくて後列にしてもらったのだ」
「陛下、簡潔に申し上げます。領主の姿が昼あたりから見あたらないと、前列の兵より報告を受けました」
王の言葉を遮ってバーンスタイン卿が報告した内容に戦慄する。その俺を王の赤眼が捕らえた。
「お、俺はまだ殺していない! 隠してなどもいない!」
慌てふためいて、バーンスタイン卿のマントを掴み、無実を主張する。
「リアム、ここに呼んだのはお前を疑っているからではない」
「随分と信頼されているのだな。奇跡の器よ」
「貴方がそう仕向けたのだ。今更白々しく称号で呼ぶのはおやめください。リアム、ジルの助言もあったが、今から命令することは俺の意思でもある。リアムはこのまま王と国境を越えてくれ」
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