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3部 王のピアノと風見鶏
第11話 父親の面影
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聞けばバーンスタイン卿の父は最近亡くなったとのこと。形式ばかりのお悔やみを言ったが、正直彼の悲しみを癒すほど心を込めて言えなかった。俺には親がいないからだ。
「俺はバーンスタイン家に養子で入ってな」
バーンスタイン卿のその言葉にブラウアー兄弟が一気に慌てだす。しかし彼は手を上げ兄弟を宥めながらテオに微笑む。
「貴族ならば一度は聞いたことがあるだろう。奇跡の器は庸人だと」
テオは答えづらそうに、しかししっかりと頷いた。
「あの噂は半分本当でな。子どもの頃は庸人だったが、二次成長で魔人になった。稀なケースだから周囲から迫害されないようにと、養子縁組の便宜を図ってくれた……それが国王だったのだ」
バーンスタイン卿は俺の顔をチラリと見た後、気まずそうに俯いた。
「リアム、昨日帰ってから……ノアに聞いた。俺の勘違いだった……すまなかった……」
それはきっと、王と俺が愛し合っているという勘違いのことだろう。しかしなぜ、彼の出生にまつわる話でその話題を取り沙汰したのかがわからなかった。
「いえ……ノアに親切にしていただいたのは自分の方です。勘違いをさせてしまい申し訳ございませんでした。でもそのおかげで一生の思い出ができました。ノアはとても優しく、聡明で、美しい」
王を刺した時の目を思い出す。だからポケットに入れてきたスプーンだけを取り出して、前に置く。
「こんな綺麗なスプーンを見たことがないと言ったら、食後に布に包んで俺にくれました。俺は貧しく親もいない。だからこの優しさの意味を理解できていませんでした。それは、また料理を作りにきてくれるという意味だと、王の言葉で知りました……」
「王? 王はなんと?」
「ここに居ればまたノアが作りにきてくれると。そして……」
王の家畜を見るかのような目。俺はそれを思い出し、最後まで言えなかった。だから、隠していた方のフォークを取り出し、置いた。血のついたそれを見て、全員が息をのんだのが、わかった。
「バーンスタイン卿、ノアのくれた親切を俺は踏みにじりました。これで……王を……。俺はどうしても……どうしても……」
俺の前で布が擦れる音が響いた。きっとバーンスタイン卿が立ち上がり剣を抜いたのだろう。ノアの与えてくれた親切で、あろうことか王を刺したのだ。
しかし俺の頭に感じた感触は、剣のそれではなかった。柔らかく大きなそれは俺の髪の毛を優しく撫でる。バーンスタイン卿はそのまま、戸惑う俺の横に座った。
「予想はできていたのに、2人きりにしてしまってすまなかった。怖かっただろう」
顔を上げるとそこには優しく笑う、バーンスタイン卿がいた。彼の大きな手が俺を不安にさせまいと、頭を撫で続けてくれている。
「よ、予想?」
「王は俺の父を愛していてな」
「え!? 初耳だぞ!」
ルークがしゃしゃり出てきて、それをジルに止められた。
「多分、母と結婚する前からだ。王の愛情表現は変わっていてな。俺の父親を幸せにするためにならなんでもした。父が母を愛していると言えば身を引き、母に子どもができないといえば養子縁組を勧め、父が倒れれば看病できるようにと武官の俺を文官にした。きっと父は生きている間、王の気持ちなど気づいていなかった。それでも父が息を引き取るその日まで、王は献身し続けたのだ」
「アシュレイはどうしてそれに気づいたんだ?」
ジルに髪の毛を引っ張られながらも、ルークは質問をする。
「父が死んだ日の夜に、我が家に来たのだ。護衛もつけず、たった1人で。5分だけでいいから2人の時間が欲しいと、懇願された。旧友という事は知っていたからその時はなにも思わなかったが……。後になって考えてみれば、生きている間、たった5分も父との時間などなかったのだ。俺が知り得る限り、父の心に母と俺以外がいた日など……なかった……」
突然背負わされた重くるしい話に、俺は戸惑った。それに、男という理由ではなく、過去に愛した人に似ているからという理由であんなことをされたという事実が、無性に腹立たしく思えた。
「こんな話をしたから、王のことを許してくれとは言わない。大体あいつはノアの乳も尻も触ったというからな。フォークでなく剣で刺されても文句は言えまい。むしろリアムがフォークで我慢してくれて感謝しているくらいだ」
フォークで突き刺した時に王が言ったことを、バーンスタイン卿はそのまま言う。不思議な感覚だった。
「でもリアムがノアの友達ということには変わりはない。ノアは幽閉塔の生贄だから、非番のときにでも塔に遊びに行ってやってくれ。きっと喜ぶぞ?」
幽閉、その言葉でノアの言っていたことと事実が合致する。宮廷の端に、誰も近づかない塔がある。まさかノアが生贄だったなんて。
「我が弟、ルイスは塔の管理者だ。行きたい時にはルイスに許可をもらえば入れるぞ。最初のうちは兄様のどちらかに言ってくれ」
ルークがまだジルに髪の毛を引っ張られながら、目配せをする。髪の毛が本当に毟りとられてしまうのかと俺が心配していたら、ルークが笑いながら言った。
「大丈夫だ、これも弟の愛情表現なんだ。な? ジルは兄様のこと好きなんだもんな?」
「人前でそういうことを! 言うんじゃない!」
「はは、ジルもルイスも兄様がいないと泣いちゃうもんなぁ! よしよし!」
ルークは激しく髪の毛を引っ張られながらも、ジルの頭を優しく撫でる。本当に色々な愛の形があるものだ。
「俺はバーンスタイン家に養子で入ってな」
バーンスタイン卿のその言葉にブラウアー兄弟が一気に慌てだす。しかし彼は手を上げ兄弟を宥めながらテオに微笑む。
「貴族ならば一度は聞いたことがあるだろう。奇跡の器は庸人だと」
テオは答えづらそうに、しかししっかりと頷いた。
「あの噂は半分本当でな。子どもの頃は庸人だったが、二次成長で魔人になった。稀なケースだから周囲から迫害されないようにと、養子縁組の便宜を図ってくれた……それが国王だったのだ」
バーンスタイン卿は俺の顔をチラリと見た後、気まずそうに俯いた。
「リアム、昨日帰ってから……ノアに聞いた。俺の勘違いだった……すまなかった……」
それはきっと、王と俺が愛し合っているという勘違いのことだろう。しかしなぜ、彼の出生にまつわる話でその話題を取り沙汰したのかがわからなかった。
「いえ……ノアに親切にしていただいたのは自分の方です。勘違いをさせてしまい申し訳ございませんでした。でもそのおかげで一生の思い出ができました。ノアはとても優しく、聡明で、美しい」
王を刺した時の目を思い出す。だからポケットに入れてきたスプーンだけを取り出して、前に置く。
「こんな綺麗なスプーンを見たことがないと言ったら、食後に布に包んで俺にくれました。俺は貧しく親もいない。だからこの優しさの意味を理解できていませんでした。それは、また料理を作りにきてくれるという意味だと、王の言葉で知りました……」
「王? 王はなんと?」
「ここに居ればまたノアが作りにきてくれると。そして……」
王の家畜を見るかのような目。俺はそれを思い出し、最後まで言えなかった。だから、隠していた方のフォークを取り出し、置いた。血のついたそれを見て、全員が息をのんだのが、わかった。
「バーンスタイン卿、ノアのくれた親切を俺は踏みにじりました。これで……王を……。俺はどうしても……どうしても……」
俺の前で布が擦れる音が響いた。きっとバーンスタイン卿が立ち上がり剣を抜いたのだろう。ノアの与えてくれた親切で、あろうことか王を刺したのだ。
しかし俺の頭に感じた感触は、剣のそれではなかった。柔らかく大きなそれは俺の髪の毛を優しく撫でる。バーンスタイン卿はそのまま、戸惑う俺の横に座った。
「予想はできていたのに、2人きりにしてしまってすまなかった。怖かっただろう」
顔を上げるとそこには優しく笑う、バーンスタイン卿がいた。彼の大きな手が俺を不安にさせまいと、頭を撫で続けてくれている。
「よ、予想?」
「王は俺の父を愛していてな」
「え!? 初耳だぞ!」
ルークがしゃしゃり出てきて、それをジルに止められた。
「多分、母と結婚する前からだ。王の愛情表現は変わっていてな。俺の父親を幸せにするためにならなんでもした。父が母を愛していると言えば身を引き、母に子どもができないといえば養子縁組を勧め、父が倒れれば看病できるようにと武官の俺を文官にした。きっと父は生きている間、王の気持ちなど気づいていなかった。それでも父が息を引き取るその日まで、王は献身し続けたのだ」
「アシュレイはどうしてそれに気づいたんだ?」
ジルに髪の毛を引っ張られながらも、ルークは質問をする。
「父が死んだ日の夜に、我が家に来たのだ。護衛もつけず、たった1人で。5分だけでいいから2人の時間が欲しいと、懇願された。旧友という事は知っていたからその時はなにも思わなかったが……。後になって考えてみれば、生きている間、たった5分も父との時間などなかったのだ。俺が知り得る限り、父の心に母と俺以外がいた日など……なかった……」
突然背負わされた重くるしい話に、俺は戸惑った。それに、男という理由ではなく、過去に愛した人に似ているからという理由であんなことをされたという事実が、無性に腹立たしく思えた。
「こんな話をしたから、王のことを許してくれとは言わない。大体あいつはノアの乳も尻も触ったというからな。フォークでなく剣で刺されても文句は言えまい。むしろリアムがフォークで我慢してくれて感謝しているくらいだ」
フォークで突き刺した時に王が言ったことを、バーンスタイン卿はそのまま言う。不思議な感覚だった。
「でもリアムがノアの友達ということには変わりはない。ノアは幽閉塔の生贄だから、非番のときにでも塔に遊びに行ってやってくれ。きっと喜ぶぞ?」
幽閉、その言葉でノアの言っていたことと事実が合致する。宮廷の端に、誰も近づかない塔がある。まさかノアが生贄だったなんて。
「我が弟、ルイスは塔の管理者だ。行きたい時にはルイスに許可をもらえば入れるぞ。最初のうちは兄様のどちらかに言ってくれ」
ルークがまだジルに髪の毛を引っ張られながら、目配せをする。髪の毛が本当に毟りとられてしまうのかと俺が心配していたら、ルークが笑いながら言った。
「大丈夫だ、これも弟の愛情表現なんだ。な? ジルは兄様のこと好きなんだもんな?」
「人前でそういうことを! 言うんじゃない!」
「はは、ジルもルイスも兄様がいないと泣いちゃうもんなぁ! よしよし!」
ルークは激しく髪の毛を引っ張られながらも、ジルの頭を優しく撫でる。本当に色々な愛の形があるものだ。
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