幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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3部 王のピアノと風見鶏

第10話 夜営

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 朝出発の時刻になると、昨日の老人が迎えに来た。国王陛下は準備があるので、と老人は短く言い、俺に馬を用意してくれた。老人が先導して駐屯地まで駆ける。

「中でアシュレイ様がお待ちです」

 老人は振り返ってそう言った後、不自然に俺を見続けた。だから丁度良い機会だと思い、礼を述べた。

「色々とご迷惑をおかけしました」

「昨日はお一人でもゆっくり休めましたか?」

「はい、大きなお風呂にフカフカのベッド。もう2度とこんな機会はないかと存じます。何から何までありがとうございました」

 老人は駐屯地に着くなり馬を降り、門番に合図を送る。そして門が開くまで横に直立し動かなくなった。このまま馬で入ってもいいだろうかと少し躊躇したら、老人はなんだか眩しそうに目を細めた。

「似ている……」

 昨日バーンスタイン卿も言っていた。薄寒さが体を震わせたら、馬がウロウロし始めたので、腹を蹴って駐屯地に入った。


 駐屯地でバーンスタイン卿の元へ着いたらすぐに出発だった。だから今日の野営地に着くまでひたすらに馬で駆けた。馬は隊列で走るから団体行動のように見えるが、その実1人だ。

 だから気づいたことがある。国王というのはあんなに間近で見られる機会はないのだと。王と共に領主の姿も見えないから、俺の列順はそれを配慮したのかもしれない。それにしても、さほど長くはない隊列なのに、要人がどこにいるのかわからない。

 国境を越えるまで恨みを果たす事はない。そう自分でも決意していた。テオやバーンスタイン卿、そしてノアに迷惑をかけるわけにはいかないという恩義くらいあった。

 だから要人がどこにいようと構わないのに、なぜだか気になって仕方がない。そうやって考え事をしている間に、今日の野営地にたどり着いた。


 バーンスタイン卿は士官なのでテントで寝られるが、俺やテオのような兵卒は、基本その辺に雑魚寝だ。だから俺は寝心地のいい草むらを探して少し森の方へ入りかけた。その時、後ろから呼び止められた。

「リアム、ちょっと付き合わないか?」

 振り返ってみると、声の主はバーンスタイン卿だった。俺は付き合うとはなにかわからないまま、バーンスタイン卿に連れられ、テント郡からだいぶ離れた焚き火まで歩かされた。

「ジル、ルーク! 紹介するぞ! ノアとルイスの友達、そしてテオと同郷のリアムだ!」

 バーンスタイン卿の声で、焚き火の周りを囲んでいた巨大な影が2つ立ち上がる。そしてその影に隠れていたのはテオだと知った。

「はじめまして、ルーカス=ブラウアーだ。ルークと呼んでくれ」

 やけに男前な魔人が俺に手を伸ばしたので、反射的にそれを握った。するとその手を引っ張り、俺を抱きしめた。そうしてあろうことか、俺の額に唇をつける。

「な、な、な!」

「ほら、こっちが弟のジル。大きいからびっくりしただろう? でも兄弟の中で1番優しいんだ」

 ルークが目配せした後に見たジルとやらは、事前に聞いていてもびっくりするほど大きかった。

「ジルベスタ=ブラウアーだ。ジルと呼んでくれ。ノアとルイスの友達ならば俺の家族だ」

 ジルは俺の手を握るでもなく、俺の腰を掴んでヒョイと持ち上げる。そして抱きしめられ、額にキスをもらう。

「り、リアムです。家名はありません」

 俺の言葉になぜかブラウアー兄弟は笑い出し、ルークが震える声で言うのだ。

「じゃあ、次からはルイスとノアの友達、そしてブラウアー兄弟と奇跡の器の友だと凄めばいい」

「おい、ルークやめろ。リアム、家の料理ほど美味しくはないが、一緒に食べないか?」

 ブラウアー兄弟。称号もなければ武勲があるわけでもないが、その名を知らぬ者などいない。魔人の中でも一際体の大きな兵を集めたクレマー師団配下で、武勲がなくとも知れ渡るほど戦闘能力が抜きん出ていた。上官が持て余していたのかは不明だが、バーンスタイン卿に引き抜かれたと聞く。奇跡の器とブラウアー兄弟が揃って焚き火を囲んでいるなど、恐れ多くてご相伴に預かるとは答えられなかった。

「リアム、僕も誘ってもらえたのは初めてなんだ。リアムのおかげだよ。だから一緒にご馳走になろう?」

 テオはソバカスの散る鼻筋をクチャクチャにして笑う。

「テオ、秘密結社というわけではないんだぞ。ブラウアー兄弟のバカ騒ぎは下士官の教育に悪くてな。だから普段は気の合う者同士だけでこうやって離れて火を囲むのだ」

 バーンスタイン卿の高潔で冷たい印象は、先日ノアが訪れた時から揺らいでばかりだ。テオもきっとそうなのであろう。彼の新しい一面を垣間見て目をキラキラさせて喜んでいた。


 5人で火を囲み、食事をして、酒を飲み交わす。確かにブラウアー兄弟の話は教育に悪かった。上官の無能さや、聞いても大丈夫なのだろうかと思えるほどの裏話。そしてなんといっても弟を2人で溺愛する、その独特な倫理観と無邪気さだ。この話を聞いてはじめて、ルイスはブラウアー兄弟の末っ子だと知った。

「あ、あの。俺はノアとスコーンで固い友情を結びましたが、ルイスにはまだ会ってもいません」

「なに、こんなに話しやすいんだ。ノアと仲が良ければきっとルイスともすぐに仲良くなるさ。それにリアムはルイスと同じ歳だしな」

 ルークは酔いが回っているのかよくわからない理論で、俺とルイスの友情を結ぶ。

「ああ、それにしても。アシュレイの言う通りだな」

 ルークが酔いに任せて口を滑らせたのか、彼の胸をジルが横から叩いた。でもルークが言おうとしていた事はすぐに分かった。今日見送られた老人と同じように、眩しいものを見るように俺を見ていたからだ。

「俺は誰に似ているんですか? 今日、見送りの老人にも言われました」

「まったく、オットーはそういうところが迂闊だな」

 バーンスタイン卿は吐き捨てるように言い、しばらく黙った。そして俺を見据えて、困ったように笑う。

「俺の父親に似ているんだ」
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