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3部 王のピアノと風見鶏
第7話 ヤギの戯れ
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「ノア。こんなことをいうのもなんだが……右手が普通に動く……」
「は、あわわ……ごめんなさいちょっと待ってください、あ! ゆっくりやるので安心してください」
ノアは真っ赤な顔で、フーフー息をしながら不思議な力を操る。しかしさっきからこの調子で完璧な拘束ができていなかった。
「ノア」
「ひゃぁっ! 痛かったですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫。それにこの部屋は窓も扉も開かないから、そんなに無理して拘束しなくても大丈夫だ」
「は、は、あ、よかったぁ……」
ノアはヨレヨレと顔面から床に突っ伏し、尺取虫のようになっている。一挙一動なにもかもが子どもじみていて、バーンスタイン卿の恋人などというのはタチの悪い冗談なのかと思えてくる。それに不思議な装束を着ているが、どう考えても男だった。
「そうだ!」
ノアは突然大声を出して部屋に入ってきたときに持っていた布の包みを掴む。
「あ、あの。僕、今日ルイスと一緒にスコーンを焼いたんです」
「スコーン?」
ノアは布の中からまるで宝物を取り出すような手つきで、紙の包みを出した。
「こ、これ……」
受け取って包みをあけるといい匂いがふわっと鼻を刺激する。宝石か何かと思ったが、どうやら食べ物らしい。ノアは固唾を飲んで俺を見つめているから、控えめにそれをかじった。風味が鼻を通り抜けた後に、甘さが口いっぱいに広がる。その香ばしさ、なによりこの世のものとは思えない美味しさに目を見開き、声を漏らしてしまう。
「お……美味しい……こんな美味しいものを食べたのは初めてだ……ほっぺたが落ちてしまいそうだ……」
もう一口食べようとしたときに、こんな美味しいものを一人占めしていいものかと疑問に思いノアを見た。ノアは顔を真っ赤にして喜んでいる。
「こ、これ。俺が全部食べてもいいのか?」
「もちろんです! これは僕とルイスの友情の証で、今日は紅茶の茶葉、ホワイトチョコレート、クルミのフルスペック友情なんです!」
「ルイスが誰だかわからないが、きっと偉大な友人なのだろう? こんな美味しいものを……ああ……でも食べたい……」
「どうぞどうぞ! まだまだあるんです! 僕は紅茶を淹れてきますね! 美味しいけど食べすぎると口の中が砂漠みたいになるんです!」
これだけ美味しいものにはやはり毒性があるということか。
「ノア、ありがとう。一生の思い出にする。こんなに美味しいものが世の中にあったなんて……」
16歳で村を飛び出し国境線を越えても、腹が満たされることは一度たりともなかった。軍に入っても魔人との格差は大きく、支払われる報酬では、駐屯地の食堂ですら注文をできない。住むのが精一杯で村に帰ることも、マリーを探すことも出来なかった。
「僕もここの塔に幽閉されるまで、こんな美味しいものを食べたことがありませんでした。リアムにも喜んでもらえて、僕、僕も嬉しい」
「幽閉?」
「あ、はい。幽閉といっても……とてもよくしてもらってます。その前は孤児院にいたのですが、とても貧しく、でも子どもはいっぱいいるからみんなで草を探してよく食べていました」
「ノアは今何歳なんだ?」
「16歳です」
それを聞いてホッとする。あまりに体が小さいから少年かと思っていたが、成人はしているようだ。
「リアムは?」
「20歳……」
年上なのに、美味しいものにはしゃいでしまった事実が恥ずかしくて、俯いた。
「俺も貧しくてよく草を食べた。ヤギとはそういうことだったのか」
「リアムの故郷の話も知りたいです! 紅茶を淹れてきます!」
ノアは部屋の隅にある台所に走り出す。その小さな体を見て、魔人にも小さいのがいるのだな、とぼんやり思った。
「は、あわわ……ごめんなさいちょっと待ってください、あ! ゆっくりやるので安心してください」
ノアは真っ赤な顔で、フーフー息をしながら不思議な力を操る。しかしさっきからこの調子で完璧な拘束ができていなかった。
「ノア」
「ひゃぁっ! 痛かったですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫。それにこの部屋は窓も扉も開かないから、そんなに無理して拘束しなくても大丈夫だ」
「は、は、あ、よかったぁ……」
ノアはヨレヨレと顔面から床に突っ伏し、尺取虫のようになっている。一挙一動なにもかもが子どもじみていて、バーンスタイン卿の恋人などというのはタチの悪い冗談なのかと思えてくる。それに不思議な装束を着ているが、どう考えても男だった。
「そうだ!」
ノアは突然大声を出して部屋に入ってきたときに持っていた布の包みを掴む。
「あ、あの。僕、今日ルイスと一緒にスコーンを焼いたんです」
「スコーン?」
ノアは布の中からまるで宝物を取り出すような手つきで、紙の包みを出した。
「こ、これ……」
受け取って包みをあけるといい匂いがふわっと鼻を刺激する。宝石か何かと思ったが、どうやら食べ物らしい。ノアは固唾を飲んで俺を見つめているから、控えめにそれをかじった。風味が鼻を通り抜けた後に、甘さが口いっぱいに広がる。その香ばしさ、なによりこの世のものとは思えない美味しさに目を見開き、声を漏らしてしまう。
「お……美味しい……こんな美味しいものを食べたのは初めてだ……ほっぺたが落ちてしまいそうだ……」
もう一口食べようとしたときに、こんな美味しいものを一人占めしていいものかと疑問に思いノアを見た。ノアは顔を真っ赤にして喜んでいる。
「こ、これ。俺が全部食べてもいいのか?」
「もちろんです! これは僕とルイスの友情の証で、今日は紅茶の茶葉、ホワイトチョコレート、クルミのフルスペック友情なんです!」
「ルイスが誰だかわからないが、きっと偉大な友人なのだろう? こんな美味しいものを……ああ……でも食べたい……」
「どうぞどうぞ! まだまだあるんです! 僕は紅茶を淹れてきますね! 美味しいけど食べすぎると口の中が砂漠みたいになるんです!」
これだけ美味しいものにはやはり毒性があるということか。
「ノア、ありがとう。一生の思い出にする。こんなに美味しいものが世の中にあったなんて……」
16歳で村を飛び出し国境線を越えても、腹が満たされることは一度たりともなかった。軍に入っても魔人との格差は大きく、支払われる報酬では、駐屯地の食堂ですら注文をできない。住むのが精一杯で村に帰ることも、マリーを探すことも出来なかった。
「僕もここの塔に幽閉されるまで、こんな美味しいものを食べたことがありませんでした。リアムにも喜んでもらえて、僕、僕も嬉しい」
「幽閉?」
「あ、はい。幽閉といっても……とてもよくしてもらってます。その前は孤児院にいたのですが、とても貧しく、でも子どもはいっぱいいるからみんなで草を探してよく食べていました」
「ノアは今何歳なんだ?」
「16歳です」
それを聞いてホッとする。あまりに体が小さいから少年かと思っていたが、成人はしているようだ。
「リアムは?」
「20歳……」
年上なのに、美味しいものにはしゃいでしまった事実が恥ずかしくて、俯いた。
「俺も貧しくてよく草を食べた。ヤギとはそういうことだったのか」
「リアムの故郷の話も知りたいです! 紅茶を淹れてきます!」
ノアは部屋の隅にある台所に走り出す。その小さな体を見て、魔人にも小さいのがいるのだな、とぼんやり思った。
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